決めました
全てを話し終えた俺は、反対に質問した。
俺が攫われた後、サーカス場は無事だったのか?
怪我人は出なかったのか、それが心配だったのだ。
「ああ、観客に怪我人は一人も出なかった。ただ獣使いの男が叩きつけられた拍子に肋骨にヒビが入ったらしい。飛び込んできた男は逃げ回る際に舞台から落ちて足の骨を折ったらしいが、それだけだ。猛獣はアーサーが眠らせて、今は静かにしている。火事も最小限の被害ですんだらしい」
あの大騒動でそれくらいですんだことに、安堵する。
「ただ、エリザの侍女の一人がセリーヌ嬢が攫われた際、その場を撹乱しようとした。自分から外に飛び出したとか、子供と一緒に居たとか、情報を曖昧にしたのだ。それでセリーヌ嬢の不在に気付くのが遅れた。アレンが戻って来て、その場に残る微かな匂いと、足跡の痕跡、セリーヌ嬢の無の気配に気付いて攫われたことが発覚した」
オクモンド様の説明に、俺は目を丸くした。
「え? まさか侍女の一人って、あのダークブラウンの髪の?」
「怪しいって、気付いていたのかい?」
俺は慌てて、首を横に振る。
「いえ、そういう訳では。ただ攫われた時に目が合った気がしたので……」
そう説明すると、次兄の眉間に皺が入った。
「……あの侍女、セリーヌがエリザベート様の意に添わなかったから腹が立って、少し困らせてやろうと思って嘘を吐いたと言っていたが、もしかしたら〔闇夜の蛇尾〕と繋がっていたのかもしれないな」
誰かの息を呑む音が聞こえた。
「その侍女は、今どこに?」
「虚偽の報告をしたのだ。牢に入れてある」
どうやらその怪しい侍女はまだ、オクモンド様の手中にあるらしい。
「拷問して吐かせましょうか?」
次兄のお仕事モードの言葉が怖い。
だが、もしも彼女が盗賊団と繋がっていたのなら今回のようなことが今までにも起きていたかもしれない。
余罪を調べるためにも、今回は厳しい詰問が必要だろう。
次兄が行動するために部屋から出て行く。
俺はその姿を見送りながら、長兄に訊ねた。
「今回のことは、どこまで公になっているのですか? 私が攫われて見つかったこと全部?」
「……あの騒動の最中に攫われたからな。しかもその侍女の所為で初動が遅れて、一日が経ってしまった。隠すことはできなかったよ」
苦虫を嚙み潰したような表情の長兄に、俺はふむっと頷く。
「そうですか。では、私は傷物扱いかな?」
この国では年頃の女性が攫われた場合、何もなかったとしても傷物として見られてしまう。
人攫いをするような輩が何もせずに女性を返すはずがないという、下卑た考えをする者が多いのだ。
いや、荒れ狂った戦争中に起きた事実の名残かもしれない。
まあ仕方がないかと俺が暢気に構えていると、長兄がペシリと頭を叩いてきた。
「何をするんですか、お兄様?」
「少しは怒れ。お前は謂れのない噂で汚されるのだぞ」
「えー、貴族なんて人を貶めるために生きているような人たちですよ。別にどう思われたって関係ないです。わかってくれる人がちゃんとわかってくれていたら、それでいいです」
「馬鹿者。それで嫁に行かれなかったら、どうするんだ?」
「え、アレンがもらってくれるんでしょう⁉」
あっさりと答えた俺に、長兄とオクモンド様、そしてアレンまで驚いた表情になっている。
不思議に思う俺に、長兄が自分の額に人差し指を当てた。
「セリーヌ、お前……アーサーに、決めたのか?」
「決めたも何もこんな噂が流れた以上、王族であるオクモンド様に嫁ぐことはできませんし、王宮に勤めるルドルフお兄様にも嫁ぐことはできませんでしょう? アレンは王宮に勤めているけど魔法使いだし、貴族じゃないからそんな噂も関係ないし、傷付けられてないことはアレンが一番わかっているから、いいかなって? 駄目でした?」
人差し指を頬に当てて可愛らしくコテンと首を傾げると、半眼のアレンに問われる。
「……セリーヌ、僕たちのことは真剣に考えるって言ってなかった?」
「だから真剣に考えてるじゃない。王族には処女性が必要だし、ルドルフお兄様だって変な噂のある女を伴侶にしたらこれから先、それを理由に足を引っ張られる可能性があるでしょう⁉ あ、別にアレンなら足を引っ張られてもいいって訳じゃないよ。ただ魔法使いの領域は、貴族が喚いたところで問題にもならないでしょう。実力主義の世界だから」
そう答えると、アレンは何故か蹲ってしまった。
オクモンド様も固まり、長兄も反対方向を向いている。
あれ? 俺、おかしなことを言ったかな?
「セリーヌの考えるって、気持ちの問題じゃなかったんだね」
のっそりと起き上がったアレンがそう呟いたので、俺はムキになって説明した。
「もちろん、気持ちの問題だよ。だけど立場は大事でしょう。それだって判断材料の一つだ」
ふんすと鼻息荒く答えると、アレンはハハハと笑いだした。
「いや、もう、それでもいいや。セリーヌが僕のものになるのなら、理由なんて何だっていい。じゃあ、早速婚約の手続きをしないとね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。今はそんな話をしてる場合じゃないだろう⁉」
オクモンド様が慌てたように立ち上がった。
「大事なことだよ。セリーヌの噂が変に広まる前に婚約を成立させておいたら、それ以上は貴族の馬鹿共も面と向かっては何も言えない。デビュタントで盾になることもできる」
デビュタントは家族との出席が主であるが、婚約者が同行することも可能だ。
長兄と次兄に加えてアレンも傍に居てくれたら、これほど心強いことはない。
アレンの言葉に、オクモンド様はグッと言葉を詰まらせた。
現実問題、オクモンド様に処女性を疑われるような令嬢との婚約はあり得ない。次兄も然り。
そして婚約者のいない俺は、デビュタントで槍玉に挙げられる。
面白おかしく囁かれるのだ。
成人する前に男たちに手籠めにされた令嬢だと。
流石の俺でも、そんな噂が流れる夜会に一人で乗り切れるとは思わない。
助けてくれる存在が必要だ。
そして俺は、それをアレンに託したのだ。
頼ってもいいと、アレンが言ってくれたから……。
俺が微笑みながらアレンを見ると、アレンもまた微笑み返してくれる。
そしてノックと共に、先ほど部屋から出て行った次兄が戻って来た。
次兄のいない間に俺が相手を決めてしまったことに、長兄がこめかみを押さえている。
部屋の異様な雰囲気に、次兄は眉を顰めた。
「何かあったのですか?」
ごめん、次兄よ。今回のことでよくわかった。
やっぱり俺には何もかもわかってくれる、アレンが必要みたいだ。
次兄には、どうしても妹として心配してしまう気持ちが大きい。
それは、オクモンド様も同じで。
だから俺は、アレンと婚約するよ。
俺はへへへと笑ってから、真剣な顔で今の話しをした。
ポカンと呆ける次兄。
まさかこんな理由で、相手を決められるとは思ってもいなかっただろう。
申し訳ないとは思うが、これも俺の意思だ。
そう思って少し照れながらも頷いていると、次兄がポツリと零した。
「……私がセリーヌに求婚していたことも、オクモンド様の前で話してしまったんだね」
あっ。
そういえば次兄が俺に求婚していたこと、オクモンド様にはまだ話せていなかったんだ。
それもあって、オクモンド様はおかしな表情をしていたのか……。
すっかり忘れていたと、俺はチラリとオクモンド様と次兄を見る。
二人共、気まずそうに視線をあちらこちらに向けている。
なんか二人共、本当に……ごめん。




