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たまには寝過ごすこともある

「あれ?」

 パチッと目が覚めた俺は、ここがどこか一瞬わからなかった。

 ああ、そうだ。

 ここは王都の屋敷。

 俺はデビュタントのために昨日ここへやって来た、三十一歳独身セドリック・フォーカスの記憶を持つ、超絶美少女セリーヌ・コンウェル伯爵令嬢十五歳。

 少女だが、おっさんでもある、それが俺だ。


 う~ん、複雑ではあるが、ちゃんと覚えていた。

 エライ、エライ。

「セリーヌ様、お目覚めになられましたか?」

 昨日の記憶をちゃんと覚えていた自分を、自分で褒めていたらアクネが寝台の隣に立っていた。

 ちょっと吃驚する。



「おはよう、アクネ」

「食事はこちらにお持ちしますか? それとも食堂に行かれますか?」

 朝の挨拶をしたのに返されることなく、食事の話をされた。

 少しだけムッとしたが、三十一歳の記憶を持つ俺は十九歳のアクネに本気で怒るのも大人げないとスルーしてやることにした。

「お兄様に会いたいから食堂に行くよ」

「それは無理ですわ。もう城に出勤されています」

「こんなに早くから登城するなんて、今忙しいのかな?」

「こんな時間まで出勤していなかったら、お休みだと思われますよ」

「え?」

「もうすぐおやつの時間でしょうか?」

「えええ~~~⁉」


 どうやら俺は昼過ぎまで爆睡していたらしい。

 兄が「今日は疲れているだろうから、自然と目が覚めるまで起こさないように」と言って出かけたそうだ。

 だから誰も俺を起こさずに、このような時間まで安眠を貪る羽目になったのだ。

 いや、いくらなんでも昼までには起こしてくださいよ、アクネさん。

 そう文句を言いそうになってアクネを見ると、反対に彼女にジッと見つめられる。


「え、何? なんか言いたいこと、あったりするのかな?」

 昨日、王都に到着した俺は、一人城に降ろしてもらった。

 領地から俺を乗せてきた馬車は、アクネや荷物を乗せて先に王都の屋敷へと向かってもらったのだ。

 アクネは俺を一人にさせられないと最後まで粘っていたけれど、兄がすぐに来るからと無理を言って先に行かせた。

 そして城で俺は、厄介な揉め事に巻き込まれたのだ。


 そこら辺のことは昨晩、兄が使用人にも話している。

 屋敷にまでイザヴェリたちの魔の手がこないとは思うけれど、念のため不審者などには気を付けるようにと、警戒させるために話したのだ。

 皆、俺を守ると力強く頷いてくれた。

 ただ一人、アクネだけはその話を聞いて、普段表情の変わらない彼女にしては珍しく顔を青くさせていた。

 自分が俺を一人にさせてしまったために起きたことだと、物凄く後悔しているようだった。

 俺は「アクネに責任はないよ。私がウロウロしていたから悪かったの」と慰めたが、アクネは首を横に振り続けた。

 兄が「仕事で迎えに行けなかった私も悪いんだ。誰の所為だと言い出したらきりがない。だからアクネも自分が悪いとは思わないでくれ」と言われて、渋々納得したようだった。


 もしかしてそのことを、まだ気にしていたりするのだろうか?

 泣かれたらどうしようかと俺はビクビクしながら、アクネの顔を覗き込んだ。

「いいえ。昨日のことは今更私が何を言っても仕方がないことです。ルドルフ様が仰られていたように、本日はゆっくりとお過ごしください」

「あ~、うん、ありがとう。じゃあ、お腹空いたし、とりあえず着替えて食堂に行くね」

「畏まりました。それで、あの、肩の痛みは本当にありませんか?」

「うん、全く。お兄様と魔法使い様のお礼を考えないといけないね」

 ニコッと笑うと、アクネはやっとホッとして着替えを取りに行った。



 お腹は空いていたが時期に夕食の時間になるので、物足りないが軽食を口にした。

 ゲーテに歴史の本を見たいと相談すると、快く図書室に案内してくれた。

 普通の屋敷で図書室があるとは⁉

 驚く俺にゲーテが説明してくれた。

「ルドルフ様は幼い頃から本が好きでご自分で集められたのもありますが、お父上やオクモンド様、知人より頂いた物もありまして気付けば部屋いっぱいになってしまい、そこを図書室にしてしまったのです」

「領地の屋敷には、それほど置いてなかったよ」

「はい。領地に帰ればセリーヌ様を愛でるのが忙しくて、本を読む時間がないと仰られていました」

 兄よ、それほど頭がいいくせに俺のこととなると途端に残念になるのはどうしてなんだ?

 俺が笑顔を引きつらせていると、図書室の扉をゲーテが開いてくれた。


 部屋はたいして広くはないが、それでも部屋中ぎっしりと棚があり、そこにはずらりと本が並べられている。

 わかりやすいように本のジャンルもしっかりと区別されていて、どこに何があるか大変わかりやすい。

 おお、俺の好きな冒険ものもあるではないか。

 思わず手に取りそうになって、何しに来たんだと頬を軽く叩く。

 歴史の本を探そうと辺りを見回すと、ゲーテが「こちらです」と本のある場所に呼んでくれた。


「どの時代の物が、必要ですか?」

「魔法使いの待遇が変わった前後の記述とか、ある? 昔は確か、酷かったよね?」

「それでしたら、十二年前ですね。終戦後に改変されましたので」

 そう言ってゲーテは本棚から二冊を引き抜き、近くにある小さな机に置いてくれた。

 十二年前というと、俺が三歳の頃か。

 もっと昔かと思っていたので、少しだけ拍子抜けした。

 コンウェル領は田舎なので戦争の余波はほとんどなかったため、身近に感じられなかったのかもしれない。


「よろしければ、こちらの机と椅子をお使いください。お部屋に運ぶ際にはお手伝いいたしますので、いつでもお呼びください」

 ゲーテはニッコリ笑って、部屋から出て行った。

 残されたのは俺とアクネ。

「アクネも好きな本を読んでいていいよ」

「……肩を治してくださった魔法使い様に、ご興味がおありなのですか?」

「あ~、まあ、ちょっと。なんか以前に、魔法使いが戦争に駆り出されていた記述を読んだことがあったから。また会った時に、不用意な発言をして相手を怒らせないように勉強しておこうかと思って」

「まあ、セリーヌ様がそのようなお気遣いをなさるなんて。その魔法使い様を、とても気に入ったのですね」

 アクネが頬を染めて嬉しそうに笑う。

 いや、それってどういう意味だ?


 俺が怪訝な顔をすると、アクネは「どうぞ、どうぞ。しっかりお勉強なさってくださいな。私は邪魔しませんから」と言って、そわそわしながら恋愛小説が並ぶ棚に近付いて行った。

 無表情がデフォのアクネが、こんなに機嫌がいいのは珍しい。

 だが、アクネが何を言いたかったのかさっぱりわからないし、どうして兄の図書室に恋愛小説の本があるのかもわからない。

 確かここにあるのは、次兄の趣味と人からのもらい物。

 主に男性からのはず……。


 うん、そこは突っ込みなしといこう。

 俺は気を取り直して、ゲーテが用意してくれた歴史の本をぺらりとめくった。

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