魔法使い召喚
先ほど腹を蹴って蹲っていた男が、お頭と話をしている間に復活していたらしく、俺は意図も簡単に背後を取られ口を塞がれてしまったのだ。
幸か不幸か男は素手なので例の薬を吸わされて意識を失うことはなかったが、汚い男の手が直に唇に触れているのにはゾッとした。
そして口を塞がれた瞬間、別の男たちが俺から包丁と指輪を奪い取った。
両手を後ろでギッチリ掴まれ拘束された俺は、お頭の前に立たされる。
「全く、お転婆が過ぎますね。貴方にはここで三日間、大人しくしていてもらわないといけないのですが、その様子では、無理そうですね」
お頭が俺に、顔を近付けてくる。
その目には嗜虐な思想が浮かんでいる。
「薬で意識を失った無害な令嬢だと思っていたから、身体検査もしなかったのですが、まだ何か隠し持っている可能性がありますね。これは念入りに調べる必要がありそうです」
ニヤリと笑ったお頭に、男たちが反応する。
「はいはい、お頭。俺がやる」
「いや、俺だ。俺がここで、ひん剥きます」
「うるせぇぞ。俺にやらせろ!」
ギャーギャーと喚きたてる男たち。
先ほどの戦闘で血が滾っているのか、男たちは異常な興奮状態に陥っている。
いつの間にか騒ぐ男たちに、お頭が一喝した。
「黙れ! これは商品だ。依頼主と対面させるまで傷付けることは許さない」
「しかし、お頭~」
泣き言を言う男たちに、お頭はフッと微笑む。
「我慢できるのなら、脱がせるくらいは許可する。そうだな。裸ならば逃げる気力もなくなるかもしれないな」
その一言に、男たちの眼の色が変わった。
「後はお前たちに任せる。私は王都の様子を探って来る」
お頭は俺に薄ら笑いを向けると、くれぐれも一線は超えるなよと言いつけ、従えていた男たちを連れて厨房から出て行った。
後に残った男たちは、先ほどアレンの指輪で倒れた男たちを踏みつけ、俺に近付いて来る。
ハアハアと荒い息を吐く男たちに、鳥肌が立つ。
「お頭の許可も下りたし、ここでひん剥いても構わないよな」
「お貴族様のその白肌を俺たちに拝ませてくれよ」
「もう待てねえよ。早く破いちまえ」
「待てよ。俺が捕まえたんだぜ。俺にやらせろよ」
そして俺を捕まえている男が参戦して、その力が少しだけ緩まる。
チャンスだ。
お頭が部屋から去り、俺を捕まえている男の手は緩まっている。
俺は思いっきり体をひねった。
力が緩まっていた男の手が離れた瞬間、俺は男の顎目掛けて頭突きを食らわせた。
ガチン!
二度目の頭突き成功。
セリーヌは意外と石頭だったらしい。
驚く男たちから一気に距離を取った俺は、壁に張り付いた。
狭い厨房では逃げることもままならない。
すると騒ぎを聞きつけた別の男たちが、駆け付けてくる。
またしても増えた盗賊に、眉を寄せる。
男の一人が、ハハハと笑う。
「どこに逃げるつもりだ? もういい加減観念して、その美味そうな肢体を見せてくれよ」
囲い込んでくる男たちに不愉快さを感じた俺は、思いっきり叫んだ。
「アーレーン‼」
そうして男たちの注目集める俺の前に、不機嫌さ丸出しのアレンが現れたのだ。
決して広くはない厨房に、突如現れた魔法使いに驚く男たち。
そんな盗賊を無視して、アレンは俺に視線を向けるととツカツカと歩み寄った。
抱きしめられるかなと思った俺は、心配かけただろうし、何より俺自身がアレンに触れたくなったので「ん」と両手を広げた。
少しは心細かったのかもしれない。が、アレンは俺の一歩前で止まった。
「馬鹿! なんでさっさと呼ばない?」
いきなり怒鳴りつけられた。
えええ~、こちとら拉致られてたんですけどぉー。声が出せなかったんですけどぉー。
俺はぶっすぅーっと頬を膨らませる。
「無理言わないでくれ。これでも必死で逃げたんだぞ。ほら、前に敵がわんさかいるだろう」
だが俺の言い訳は、アレンにはきかなかった。
「誰が逃げろと言った⁉ 声が出せると判断できたらすぐにでも呼んでよ。何のために色々と仕込んでいると思っているのさ」
「だーかーらー、俺にも俺なりの事情があってだな……」
「どうせ、拉致られたからには土産の一つでも持ち帰ろうと、自分から建物内を探検してたんだろう。外に逃げる機会が、全くなかったとは言わせないよ」
――図星である。
グッと言葉を詰まらせた俺を見て、アレンは大きな溜息を吐いた。
「おい、てめぇ、魔法使い。何しにきやがった⁉」
アレンの登場に呆けていた盗賊たちだったが、彼の溜息で我に返ったらしい。
「魔法使い風情が、お呼びじゃないんだよ。さっさと消えろ!」
「それとも何か? そのお綺麗な面で俺たちを楽しませてくれるとでも言うのか?」
「ハハハ、それはいい。男でもこれほど綺麗な面なら、そこの嬢ちゃんと並べて遊んでやってもいいぜ」
下品な言葉を吐く男たちに、アレンの眼が据わる。
「――煩いよ。僕は今、滅茶苦茶怒っているんだ」
「は? 魔法使いが怒ってるんだってよ。ハハハ、怒ってたらどうするってんだ?」
「お前たち、魔法使いに何ができるってんだよ」
「魔法使いなんて、戦場でしか生きる価値がないんだよ。わかったら、邪魔するな」
過去の差別が抜けてない盗賊の男たちは、アレンを馬鹿にする。
こいつら、俺のアレンを馬鹿にしやがって!
俺がカッとして、その場にある物を掴んで投げようとした瞬間、アレンからゴゴゴッという低い地鳴りのような音が聞こえてきた。
「煩いって言ったよ」
ガガガガガッ!
突如、床が割れてそこから巨大な木の蔦のようなものが突出した。
そしてその蔦は、盗賊たちに絡みつき、体を上空へと持ち上げる。
「ぎゃあ!」
「うわぁ!」
「ひいぃぃぃ」
男たちの悲鳴が続く中、木の蔦は上へ上へと気を失っている男たちを一緒に連れて伸びあがっていく。
建物は破壊され崩れるが、俺はアレンに見えない壁のようなもので守られている。
建物が綺麗さっぱり破壊されて、やっと木の蔦は成長を止めた。
盗賊たちの体は上空へと持ち上げられ、俺は瓦礫の上でぺたりと座り込む。
そして隣で佇むアレンを見上げた。
「……アレン、怒ってるのか?」
おずおずとそう訊ねると、アレンは振り返り俺の手を引いてギュッと抱きしめた。
「心配した。本当に、心配したんだ……」
今にも泣きそうな震える声で呟くアレンに、俺は胸が締め付けられた。
本気で心配かけたんだ。とその時になってようやくわかった。
俺がのほほんと探検している間、アレンは生きた心地がしなかったのだろう。
俺は一度、アレンの目の前で死んで、いなくなったのだから……。
俺は自分の見勝手さを痛感した。
「……ごめん、アレン。ごめんな」
「許さない」
「うん、許さなくていいよ。でも、ごめん」
謝る俺にアレンは許さないと言ったが、それでいい。
簡単に許されるとは俺も思っていない。
それでも謝っておきたかったのだ。
本当にすまなかった。




