よう、お頭
「……今、何か音がしなかったか?」
「あの木箱からだな」
「何もないだろうが、一応確認するか」
俺の立てた小さな音に反応した男たちが、こちらに向かって来る。
サーカス場で相手したなまくら令息とは違って、屈強な体つきの男が八人。
倒せないこともないが一瞬にして、というのは無理な話だろう。
そうなると援軍がやって来る。
セリーヌの体では、何十人いるかわからない相手を全員倒すのは不可能だ。
俺はう~んと考える。
そうこうしている間に、木箱の蓋が開けられそうになって……。
「うりゃあー!」
蓋ごと中から頭突きをする。
ガコン!
「うげっ!」
俺は木箱の中から飛び出ると、蓋を顔面に乗せたままぶっ倒れている男の顔を踏みつけた。
「な、なんだ、こいつ⁉」
「え? こいつは例の拉致ってきた女じゃないか」
「なんでこんな所に?」
「それよりも、三日は起きないんじゃなかったのかよ」
ギャーギャーと喚く男たちを無視して、少しクワンクワンする頭を横に振り、俺は側にあるジャガイモを男たちに投げつけた。
ガンッ。
「ぎゃっ!」
見事顔面に命中して、一人の男が倒れた。
「うわっ、何しやがる」
「やめろ。やめねえと痛い目にあわすぞ」
ジャガイモと人参を手当たり次第に投げつけながら、何か武器はないかと周囲を探る。
手の中に納まる小型ナイフでは役に立たないからな。
あ、いい物めっけ。
野菜を投げつくした俺は、数歩先にあった錆びた包丁を手に取った。
「てっめえ、それで何をするつもりだ? そんな物で逃げ切れるとでも思っているのか?」
一人の男が腰に下げていた剣をスラリと抜き、こちらに突進してくる。
「おい、待て。殺したら意味がない……」
剣を抜いた男に驚いた男が止めに入ろうとしたのだが、言い終わらないうちに男は俺に向かって剣を振り下ろす。
俺は振り下ろされた剣を包丁ではじき返すと、男の腹を思いきり蹴った。
「ぐへぇ」
倒れた男を目の当たりにした他の男たちは驚きながらも、それぞれに武装し始める。
俺はその男たちの目の前に、包丁を突き付ける。
息を呑む男たちに、俺はニッコリと微笑んだ。
「ちょーっと、お聞きしたいんですけどぉ」
「は?」
「私を拉致して痛い目にあわせろと命令した依頼主って、誰ですか?」
一瞬呆けた顔をした男たちだが、すぐにニヤリと笑った。
代表して一人の男が答える。
「はっ、言う訳ないだろう。まあ、三日後には会えるからその時にわかるんじゃねえか」
俺は唇を突き出した。
「三日間もお世話になる気はないですよ。教えてくれないのなら、もう帰っちゃおうかな」
「ハハハ、帰れるとでも思っているのか?」
「本当は手を出すなと言われているが、こんなおいたをするお転婆娘には躾が必要だよな。ちょっと可愛がってやるから、こっちに来い」
そう言って、男たちがじりじりと距離を縮めてくる。
「何の騒ぎだ?」
突然、濁声の男たちとは違った少し高めの男の声が部屋中に響いた。
扉に視線を向けると一人の男が、何人もの男を従えてむさ苦しい厨房に足を踏み入れた。
一目で、他のゴロツキ風情の男たちとは違うとわかる。
こげ茶色の髪をビッチリと後ろ手に撫で付け、眼鏡をかけた美形だ。
貴族と間違えでもおかしくない様相のその男は、柔軟な笑みを顔に浮かべている。
「おや、お客人はもうお目覚めか」
「お邪魔してます。貴方が私を攫った〔闇夜の蛇尾〕のお頭さん?」
包丁を突き付けながら怯むことなく、そう訊ねた俺にお頭らしき男は一瞬目を丸くしたが、すぐにニヤリと笑った。
「ふっ、なかなか肝の座ったお嬢さんのようですね。そうです。私がこの組織のトップです。少々むさ苦しい所ではありますが、ゆっくりしていってください」
男はあっさりと認めた。
俺が小娘と侮っているのだな。
俺はヘラリと笑い、丁寧にお断りした。
「せっかくのお誘いですけど、急いでますので長居は出来かねます。因みに依頼主の名前なんか言ってくれたりしませんかね?」
「それは無茶な要望ですね。一応、信頼が重要な商売なもので」
「じゃあ、仕方ありませんね。帰ります」
「まあ、そう急ぐこともないでしょう。お茶の用意をさせますので、その物騒な物を置いて、こちらへどうぞ」
包丁を奪おうと伸ばしてきたお頭の手を、俺はバシッと叩きつけた。
「お頭!」と野太い声で周りの男たちが叫ぶ。
「触らないでもらえます⁉ 一応これでも貴族令嬢なので」
ツンと澄ました顔をする俺に、叩かれた手を押さえながらもお頭は憤る男たちを制する。
「ハハハ、これは失礼いたしました。ですが、お嬢様は素直に部屋に戻ってはくれないのでしょう? でしたら私がエスコートをしなければ」
「女性に嫌がることを強要する男性は、嫌われますよ」
「それは残念。私は女性にあまり嫌われた記憶がないのですよ」
「でしたら私が嫌って差し上げます。あと、私は手癖が悪いので嫌いな人には攻撃するかも」
「ほう、それはどんな攻撃ですか?」
「私も試したことがないので知らないのですけどね」
「では、どうぞ。試してみてください」
そう言って、お頭の隣にいる男がさっと間合いを詰めて俺の腕を掴んだ。
俺はアレンにもらった指輪を男に向けた。
すると突然、眩い閃光が走る。
バリバリバリ!
「「「「「ふぎゃー‼」」」」」
数人の男の悲鳴が聞こえ、目を開けた時には半分以上の男が体を痙攣させて倒れ込んでいた。
プスプスと焦げているようにも見える。
「……指輪から、雷が出た、だと⁉」
攻撃から逃れたお頭が驚愕しながらも、わざわざ説明してくれる。
ほう、どうやらアレンがくれた指輪が放電したらしい。
一応、死んではいないよな⁉
俺は近くにいる男を軽く蹴ってみる。
うん、ピクピクしてるし……死んでないと、思う。
俺は倒れている男たちから視線を逸らし、生き残った男たちに視線を向けた。
「では、帰りますね。お邪魔しましたー」
俺は指輪を向けながら、扉の前にいる男たちにそこをどけと包丁を振り回した。
「待て! ここを出たところで、どこに行くというのだ? ここは王都から離れた人気のない森の中だぞ。迷うのがオチだ」
お頭が先ほどまでの余裕をどこにやったのか、口調を荒げて俺を止める。
「けど、ここは王都から馬で一日もかからない場所ですよね。私が意識を失っていたのは、それくらいでしょうから。ということは、拉致された昨日の今日、今はまだ昼前かな」
俺がそう言うと、お頭はグッと黙り込んだ。
どうやら正解らしい。
それならばアレンに居場所は届いているので、すぐにでも迎えに来てくれるだろう。
まあ、依頼主の名前は聞き出せなかったけど、こうしてお頭が目の前にいるのだ。
一網打尽にするなら、ここでアレンを呼ぶ方がいいかもしれない。
俺はお頭に向き直った。
「心配ご無用です。私、これでも準備万端ですので」
「は? なんの準備だ?」
俺の言葉に、お頭は素っ頓狂な声を上げる。
クールな二枚目の仮面も、あっさりと外れたようだな。
「もちろん、拉致された時の準備です」
「え?」
「とにかく、ここはもう飽きました。どいてください」
俺は指輪をお頭に向けながら、スタスタとお頭の後ろにある扉に向かう。
「行かせる訳にはいかない! 大人しくここに居ろ!」
指輪の攻撃は怖いだろうに、お頭は果敢にも俺に掴みかかろうとした。
それを視界にとらえた俺は、めいっぱいに叫ぶことにした。
「御免被る! アーレ……むっ」
アレンの名前を最後まで叫ぶ前に、大きくてごつい手に口を塞がれた。




