一人探検隊
俺はゆっくりと起き上がると、手の中にあるナイフで手と足を拘束していた縄を切った。
そして首元を触って、アレンにもらったネックレスの有無を確認する。
良かった。どうやら奪われてはいないようだ。
それならば名前を呼ばなくても、アレンに俺の居場所は把握されている。
イヤリングと指輪も無事だ。
いくら俺が抵抗なしで攫われたからといって、よく落としもしない上に奪われもしなかったなと感心する。
イヤリングなど、攫われたどさくさに現場に落ちてもおかしくなかったのだが?
俺は不思議に思いながらも、とりあえずこれらがあることにホッとする。
アレンとは繋がっている。
それならば、もう少し探検してもいいだろう。
俺はそっと扉に近付いた。
やはり人の気配がない。
ゆっくりとドアノブを回し、顔を出す。
外に直接出られるかと思っていたのだが、長い一直線の廊下があるだけだった。
暫く歩くと、廊下が三つに分かれていた。
どこを進めばよいのだろう、と耳を澄ましてみれば、真ん中の廊下の先から男たちの声がする。
そして右の方からは爽やかな風の気配。
きっと右の廊下を進むと出入り口に着くのだろう。
ここから出られるのは、右の廊下だ。
よし、左の廊下を突き進もう!
俺は迷わず左の廊下をズンズンと歩き出す。
だって、流石に外の出入り口には見張りが立っているだろうし、これで帰ってはアレンをこの場に呼ばなかった意味がない。
何か一つでも情報を得ようと、俺は決めたのだ。
歩いていると幾つか部屋があった。
そこから男たちの声がする場所は素通りして、人の気配のない部屋を確認したが、どこも何の変哲もない汚いだけの部屋だった。
武器とか大切な書類とか置いてる部屋はないのかよ、と思うものの、誰もいない部屋に無防備に置いてあるはずもないなと納得する。
簡単に証拠になるようなものが手に入ったら、その方が吃驚する。
闇夜の蛇尾よ、大丈夫かと。
何の収穫もないことに落胆しながら歩いていると、またもや分岐点に出る。
二つに廊下が分かれているのだ。
どちらに進むか考えながら右に行くと、今度は階段を降り、また三つに分かれる。
そして二つと。
何だ、ここは? 迷路か?
幾つも枝分かれする廊下に、どんな建物なんだと訝しく思いながらも決意する。
もうここまで来たら、迷っていても意味がない。
とにかく進むのみ。
すると厨房に出た。
元から廃墟のような内部である。
厨房といえども清潔ではないと思っていたが、ここまで汚染されているとは……。
要するに、めっちゃくちゃ汚いのだ。
誰も掃除をせずに使うだけ使って放置、といった状態で悪臭が漂っている。
盗賊団だもんなぁ。ある意味、厨房が綺麗だったら何にこだわっているんだと引くかもしれない。
俺がこんな所に情報はないと踵を返そうとしたところで、ドヤドヤと複数の足音が聞こえてきた。
俺は咄嗟に目の前に幾つもある大きな木箱の一つに隠れる。
ワンピースドレスで助かった。
ボリュームたっぷりのドレスとは違い、キュッとまとめれば場所は取らない。
これらの木箱には、食材を持ち込んでいたのだろう。
俺が隠れたのはジャガイモと人参が半分ほど入った箱だったので、小柄なセリーヌなら十分入ることが可能だった。
おっさんの姿なら、こうはいかなかっただろう。
木箱は荒い物で、幾つもの隙間がある。
そのうちの一つから、外を眺めることができた。
入って来たのは三人の男。
今から何かしらの料理を作るらしく、置いてあった水を適当に鍋に入れたり、窯に火をくべたりしている。
洗うことなど、するはずもない。
「あー、だるい。なんで俺がメシなんか作らないといけないんだ」
「仕方がないだろう。料理人はお頭と一緒に行動している」
「一人くらい残して行ってくれたら良かったのに」
「無理だな。奴らはチームで作っているから、一人でもかけたらお頭の好みのディナーにならないんだそうだ」
「他に雇うか」
「盗賊団に雇われる料理人がいるかよ」
がははと笑い合う男たち。
はい、盗賊団であることは決定。
それとお頭は、常にここにはいないことが判明しました。
因みに美食家であることも。
要するに、ここは下っ端の根城ということかな?
そして攫ってきた者を閉じ込めておく監禁場としても併用。
では、やっぱりお頭の居場所を把握しなければ根絶やしにはできないか。
俺が考え込んでいると、一人の男が隣の木箱から野菜を取り出している。
すると別の男が、俺が入っている木箱にも近付いてきて……。
ゴンッ!
――木箱の上に何か置きやがった。
くっそう、ドキドキして損したぜ。
男たちは四苦八苦しながらも、どうにかスープと肉を焼いて、料理を仕上げていく。
野菜は皮付きだし肉は素手で千切っているが、まあ、匂いだけは真面なのでどうにか食えるだろう。
少しだけ、セディの頃にアレンと旅していた時のことを思い出す。
男二人で作る料理はこいつらほど酷くはないにしても料理人の作る物とは遥かに違っていたからな。
それでも美味かったし、楽しかった。
フフと思わず声を出しそうになって、慌てて口元を押さえる。
「おい、飯はまだか⁉」
バンッとけたたましく扉が開き、五人の男が乱入してくる。
「うるせえ、文句があるなら自分でやれ!」
グルグルと鍋をかき混ぜながら、一人の男が叫ぶ。
「お頭が来る前に腹を満たしとけとの命令なんだよ」
「知らねえよ。だったら、もっと早く言っとけ」
ギャーギャー怒鳴り合う男たちに、本当に統率が取れているのかと訝しむ。
闇夜の蛇尾は、騎士たちの眼を掻い潜り好き放題に暴れている盗賊団のはずだ。
国を相手にそれだけのことができるのだから、それなりに知能の高い奴らだと思っていたのだが、目の前にいる男たちはその辺のゴロツキと変わらない。
〔闇夜の蛇尾〕ではなくて、ただの盗賊団なのか?
「そういえば商品の女、見たか?」
突然、俺の話に切り替わった。
俺は驚きながらも、耳を澄ませる。
何かヒントになるようなことを、言わないだろうかと。
「ああ、滅茶苦茶可愛かったな」
「依頼人に会わせた後、どうするのか知ってるか?」
「依頼人の前で可愛がっていいって話だぜ」
「マジか⁉」
「よっしゃー。じゃあ、俺がやる」
「馬鹿、俺だろ」
「俺だ」
「相手はお頭が決めるだろう。それにその後も好きにしていいって話だから、全員で可愛がれるさ。散々遊んだ後は、売ってもいいそうだし。まあ、どちらに転んでも楽しめることには間違いないさ」
ひひひと下品に笑う男たちに、俺は眩暈がする。
そうなるとは思っていたが、やはりそうなるのか。
俺を辱めたいということは、依頼人はやはりオクモンド様狙いの女か。
これは、お頭とやらが来る前にアレンを呼んだ方がいいかもしれないな。
思わず肩を落とすと、ゴロッとジャガイモが崩れた。
一斉に男たちの眼が、俺の隠れている木箱へと集まった。




