思いもよらぬ方向へ
言っておくが、俺はエリザベート様にアレンのことを言われて怒っていた訳では、いや、虫の居所が悪くはあったが、それだけでこいつらをボコった訳ではない。
理不尽な暴力に耐える気は、さらさらなかった。
やられる前にやれ。
それがセディの頃からの俺の主義だ。
イザヴェリたちにやられたのは、俺が記憶を取り戻した直後だったから。
こいつらは最初から俺を獲物として捉えてきた。
この少女たちの中にオクモンド様を狙っていた者がいたのか、それともただ単に俺を玩具にしようとしたのかは知らない。
けれど理由はどうであれ、確実に俺を傷付けるつもりでいたのは目に見えている。
日常的にこのようなことを続けていたのか、それとも偶然俺に目を付けたのかはわからないが、野放しにしていて、いい輩じゃないことだけはわかる。
俺がふうーっと息を吐いていると、人が近付いて来る気配がした。
振り向くと、そこにはエリザベート様と侍女が目を真ん丸にして口をあんぐりと開けていた。
「お済みですか?」
俺がトイレは終わったのかと訊ねると、エリザベート様はゆっくりとこちらを振り返った。
「……これは貴方がやったの?」
「連れ去られそうになったので」
「貴方、一人でやったのね⁉」
「正当防衛です」
地面に転がっている死屍累々を指差しながら、エリザベート様が責任の所在をハッキリさせようと俺に質問をしてくる。
だが俺は、不可抗力だったことを強調する。
俺からけしかけた訳では、断じてないからな。
「貴方の言い分は後でお兄様にでも言えばいいわ。ちょっと、お兄様にこのことを伝えて騎士を寄越してもらって」
エリザベート様は一切かかわる気がないようで、正当防衛だと言う俺に何があったのかも聞く気がないようだ。
一人の侍女にテントに戻って、オクモンド様に報告するよう命じる。
もうすぐ休憩時間に入る。
人が集まる前に戻りたいのだろう。
それはわかるが、俺を連れ出しておいて問題が生じれば自分は関係ないという態度を取られるのは、流石にいい気はしない。
俺の話も全くと言っていいほど信じていないのだろう。
「……もう少し、考えた行動をとる人だと思っていたけど、買いかぶり過ぎたかしら?」
倒れている青年たちを見ながら、エリザベート様が呟いた
俺には少しも視線を合わせずに。
なにおぅ⁉ 元はといえば、こんな所であんな話をしたお姫様が悪いんじゃないか!
と文句を言いそうになったが、どうにか耐えた。
そんなことを言っても、言い合いになるだけで王族を怒らせたら次兄に迷惑がかかる。
グッと言葉を飲み込んだ俺の背中に、ふと温もりを感じた。
アレンが俺を背中から抱きしめていたのである。
人肌のぬくもりに安堵した俺は、また魔法かよ、とクスクス笑った。
「侍女が報告に来た?」
「知らない。僕はセリーヌの気を辿っていただけ。今が一番、乱れていたから来た」
どうやらアレンは、俺がテントを出た時から気にしてくれていたようだ。
けれど、こいつらが現れたのに気付いていたなら、どうして来なかったのかと問うと「だって、セリーヌってば特に動揺していなかったじゃない。なんならストレス発散できるいいカモが来たと喜んでいたでしょう。それよりも今の方が感情が高ぶっているよ」と返された。
どうしてわかるんだと驚く俺に、だから気を追っていたと言ってるでしょうと呆れられたが、なんだかんだと俺の感情を読み取り、心配して来てくれたのだからありがたい。
「ちょっと、アーサー。この現状を見て真っ先に心配するのは、王族である私のことでしょう⁉」
二人で話をしていると、憤慨したエリザベート様がアレンに詰め寄った。
しかしアレンはキョトンとした顔で、首を傾げる。
「何故? 何度も言うけど、僕はエリザの下についたつもりはないよ」
「下とか上とか関係なくて、幼馴染なんだから心配してくれてもいいじゃない」
「僕が心配するのも気にかけるのも、セリーヌだけだよ」
真面目な顔でそう答えたアレンに、エリザベート様は柳眉を吊り上げ顔を真っ赤にしたが、何も言わずに黙り込んだ。
俺はハッキリと言い切ったアレンに、王宮魔法使いがそれは流石にどうなんだ、と言いたくなったが、その前に顔がにやけそうになった。
そうだよな、アレンが気にかけるのは俺だけだよな。なんて言葉を言いそうになる。
先ほどのエリザベート様のアレンと親密な関係なのは自分発言に、思いのほか対抗意識があったようだ。
「それにエリザは今ここに来ただけで、何も知らないでしょう。巻き込まれたのはセリーヌだもの」
そう言って、後ろから抱きしめたまま俺の手を持ち上げた。
「こんな馬鹿男殴って、手を痛めてない?」
「平気。ほとんど足を使ったし」
「ひねっているかもしれないから、僕が抱いて行こうか?」
「平気だって。別にどこも痛めてないから。ちゃんと加減してやったぞ」
過保護になるアレンに苦笑していると「セリーヌ」と長兄が数人の騎士と共に走って来た。
すぐに一人の騎士がエリザベート様を護衛しながらテントへと戻り、他の騎士は倒れている青年たちを移動させるため、動き出した。
長兄は俺の後ろから抱き着いているアレンに気が付き、苦笑した。
「アーサー、やはりここにいたか。急に消えるからどうしたかと思ったぞ」
「セリーヌが嫌な思いをしてたから、飛んだ」
アレンの言葉に長兄は、なるほどと頷いた。
「そうか、わかった。それでセリーヌ、お前がこれをやったんだな。こいつら、何をした?」
次に俺に視線を合わせた長兄が訊ねてくるので、俺は素直に先ほどエリザベート様にも話したのと同じように正当防衛だと答えた。
「オクモンド様との仲を邪推されて、連れて行かれそうになりました。ですので、これは正当防衛です」
「なるほど。では騎士殿、そいつらは拘束しておいた方がいいですよ」
俺の言葉を一つも疑わずに、騎士たちに彼らへの待遇を助言する長兄。
俺は心がほっこりと温かくなる。
同じ真実を話しても、関係ないとそっぽを向かれるのと真摯に聞き入れてくれるのとでは、こんなにも気持ちが違うのだと、俺は心強くなる。
「セリーヌ、無事だったか? エリザベート様の侍女から、セリーヌが数人の男女に暴行を働いたと聞かされた時は、肝が冷えたよ。ちゃんと理由があるのはわかっているけど、とりあえず怪我はないんだよね?」
テントに着くと、ちょうど休憩に入るところだったらしく、入れ替わりで他の客がざわざわと動き出した。
そして特別にしつらえた先ほどの場所の布を捲ると、次兄が飛び出して来て俺の体をいつもよりは遠慮がちに調べ始めた。
血の繋がりがなかったことを俺に知られたから、配慮したのかな?
俺はその行動を遮って、ペコリと頭を下げる。
「ご心配おかけして、申し訳ありませんでした。しかし、そちらの侍女は私が暴行を働いたと、加害者だと報告されたのですか?」
テントの隅で小さくなっていた侍女をチラリと見ると、彼女はビクッと肩を跳ねさせ視線を逸らして俯いてしまった。
大方、先ほどの俺とエリザベート様とのやり取りで、俺に対していい感情を持たなかったのだろう。
それこそ、オクモンド様を振り回す悪女とでも思ったのかもしれない。
誇張した報告をして、俺を加害者にしようと画策したのだろう。
全く、オクモンド様には悪いがエリザベート様にかかわると碌なことがないと、俺は改めて王族と距離を置きたくなったのである。




