とりあえずストレス解消
「ねえねえ、貴方。今の話、本当?」
頭の悪そうな声で、女が俺の前に立っている。
俺が顔を上げると、六人の貴族らしい青年と三人の少女がニヤニヤと笑って俺を見ていた。
――迂闊だった。
エリザベート様の話にすっかり気を取られていて、こんなに近くに大人数がいたことに気付かなかったのだ。
お姫様にどれだけ振り回されているんだ、俺は。
チラリとトイレの方を見るが、外で待機している侍女たちも違う方向にいて、こちらには気付いていないようだった。
不意に、青年の一人が「おっ、凄い美少女」と言って、俺に近付いて来る。
俺は一定の距離を保ったまま表情を崩さずに、そいつらを見つめた。
「今ここにいたのは、第一王女のエリザベート様よね。てことはお兄様って第一王子のオクモンド様のことかしら⁉ 貴方、どこの家の娘よ? オクモンド様に告白されたっていうのは本当なの?」
キンキンと甲高い声で喚く少女の横から、他の少女も負けじと喚く。
「ちょっと、黙ってないで答えなさいよ」
「貴方ごときがオクモンド様を振ったっていうの? 嘘でしょう?」
「おいおい、落ち着けよ。そんなに喚いたら、この子だって答えられないよな」
少女たちの詰問に、一人の青年が止めに入る。
少女たちを押しのけた青年たちは、俺の顔を覗き込んでくる。
「いやあ、本当に美少女だよな。俺、こんなに可愛い子、初めて見た」
「さっきの話が本当なら、オクモンド様が見初めた相手だぜ。そりゃ普通の容姿じゃ勤まらないよな」
「ねえ、オクモンド様とはどこまでいってんの?」
「おい、下世話なこと言うんじゃねえよ。可哀想に、ビビってるじゃねぇか」
「やりてぇ……」
最後の奴の言葉は明らかにおかしいが、それに触発された他の男たちの眼が光る。
おいおいおい。
俺のことを、王族と付き合いのある貴族の令嬢と承知の上で、手を出そうとしているのか?
お茶会の時も思ったが、頭の悪い貴族が多過ぎる。
俺に何かあれば必ず探しだされて処罰されるだろうに、そんなこともわからないのだろうか?
俺が半眼になって見つめていると、少女三人が青年たちを押しのけた。
「ちょっと、先に話していたのは私たちの方よ」
「そうよ。聞きたいことさえ聞けたら、後は好きにしていいから少し待ちなさい」
「待って。少し可愛いからって、こんな子供をあのオクモンド様が相手にするかしら?」
二人の少女が男たちに先に質問に答えさせろと迫って来たが、一人の少女の疑問に振り返る。
「エリザベート様の勘違いってこと?」
「ありえるわね。あのお姫様、人の話を聞かないところがありそうだもの」
「でも、最近あのイザヴェリ様がオクモンド様の側にいる女を虐めようとして、逆に罰を受けたと聞いたわ。その女がもしかしたら、こいつかもよ」
「違うだろ。コンウェル様の女だって、俺は聞いたぜ」
「え、あれは王宮魔法使いの女じゃなかったっけ? えっと、名前は……忘れた」
「いや、あれはバトラード公爵が自滅したんだろう。今までの悪行がバレて大暴れしたって。その暴れた場所にオクモンド様がいたから問題になったって」
「ん~、俺が聞いた話では暴れたのは王宮魔法使いで、イザヴェリ様がオクモンド様を押し倒したところを、助けたとか」
「俺はイザヴェリ様が開いた乱交パーティーにオクモンド様を呼んで、コンウェル様が怒ったとか何とか……」
「いや、バトラード公爵夫人が三人を一度に相手しようとして大暴れしたとか」
――なんだか滅茶苦茶な噂である。
いくら何でもそれはないだろうと思いながらも、律義に真相を話してやるつもりはない。
ワイワイと騒ぐ集団に付き合っていられるかと、気付かれないように少しずつ後退する。
逃げ出そうとしていた俺に気が付いた一人の男が、サッと後ろに回った。
チッ、逃げそびれた。
「とにかくオクモンド様と彼女が関係あろうかなかろうが、どうでもいいじゃないか。それよりも君、エリザベート様に置いて行かれたんだろう? 可哀想にな。俺たちが家まで送ってってやるよ」
「そうだな。こっちにこ来いよ」
そう言って、舌なめずりをして距離を縮めてくる男たち。
「もう、しょうがないわね」
「いいじゃない。この女、何にも答えそうにないし、さっきから人を馬鹿にした目をしているのよ。少しくらい痛い目みせてやればいいわ」
「そうね。本当にオクモンド様と関係があるのなら、ここでこいつらに可愛がられれば、その縁もなくなるだろうしね」
女三人はどうやら傍観するようだ。
本当にこいつらは貴族なのだろうか?
知性の欠片もない言動に、下町のゴロツキと勘違いしそうになる。
そんなことを考えていると、一人の青年に腕を掴まれた。
「うっわあー、華奢だなぁ。力を入れたら折れそうだ」
そんなことを言って、ニヤニヤと笑いながら腕に力を籠める。
わざと折ろうとする真似をして、俺を怖がらせる気なのだろう。
俺はハアーっと息を吐く。
もうこれって、正当防衛でいいよな⁉
うん、誰が何と言っても正当防衛だ!
俺は不意にグンッとしゃがみ込み、腕を掴んだままの男がよろけている横で見ていた男の足元を蹴った。
「うわっ」
足元を蹴られた男が後ろに転ぶのを見ながら、掴まれていた腕を手前に引き、男がよろけたままこちらに顔を寄せたので、その顔を思いっきり殴りつける。
「ぐえっ」
そして後ろに倒れ込んでいた男の腹に、全体重を込めて肘鉄を喰らわす。
「うげっ」
殴られた男が「ううっ」と呻いていたので、その顔を蹴り上げてやったら大人しくなった。
これで二人お眠りだ。
呆気に取られる四人のうちの一人に、下からの突き上げて顎を打つ。
「うぐっ」
セリーヌの力なので吹っ飛ばすことはできなかったが、ちょうど口を開けていたらしく舌を噛んで、そのまま気を失った。
残りの三人はその時になってようやく反撃されていると気が付き、一人が「このアマ」と言って殴りつけて来たので、それをヒョイと避けてやる。
すると前のめりになったので、無防備にさらされている首元に高く上げた踵を落とした。
「がはっ」
「くそっ」と先ほどの男と同じように殴りつけようと向かってくる男の顔面に、回し蹴りをする。
「ぐふっ」
倒れた男の頭をグリグリと踏みつけていると、最後の男が脱兎の如く後ろに走り去った。
仲間を置いて一人逃げる男の頭に、ちょうど落ちていた俺の拳ほどの石を投げつけてやる。
ごんっ。
石は見事に命中して、男はその場に倒れ込んだ。
俺よりはるかに大きな青年六人をあっという間に倒して、少女三人に視線を向けると、彼女たちは青い顔のまま、へなへなと座り込んでいた。
先ほどの威勢はどこへやら。
ブルブルと震える姿は、庇護欲をそそる。
俺は彼女たちに近付いて、ニッコリと笑った。
すると少女たちは、震えながらもニコッと笑い返す。
そして俺は……。
ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ!
少女たちの脳天に拳骨を下ろすと、少女たちは白目をむいたまま、ゆっくりと後ろに倒れ込んだ。
ふうー、スッキリした♡




