それは我儘というものです
横並びに並んでいる中央のソファにオクモンド様とエリザベート様が座っているのは、立場的にも護衛的にも間違っていない。
そうなると俺たちの、というか俺の座る場所が問題になるのでは?
俺はどこに座るべきなのかと、空いているソファを見つめた。
求婚を断っている以上、オクモンド様の隣に座る訳にはいかない。
そうなると女同士、エリザベート様の横かな?
そう思ってチラリとエリザベート様を見ると、彼女はアレンを手招きした。
「アーサー、こちらにいらっしゃい」
アレンを自分の隣へと呼ぶエリザベート様に、俺たちは目を見開く。
え、どうしてアレンを?
思わず二人を見比べていると、アレンは俺の方を向いた。
「セリーヌはどこに座るの? 僕はその横」
アレンが俺の隣にピッタリとくっついてくる。
「何言ってるの? 兄妹は一緒に座らせてあげるべきよ。私たちは一つズレるから、レディファーストでお兄様の横にはセリーヌ様、お座りなさいませ。それからルドルフ様、バーナード様がお座りになれば問題ないでしょう」
そう仕切ったエリザベート様に俺は『ああ、俺たちを招待したオクモンド様の立場を立てたのと兄妹仲を考慮した発言なのだな』と感心した。
ただそうなると、もしも第三者に見られた場合、俺がオクモンド様の相手と思われる可能性がある。
エリザベート様を差し置いて中央の場所を陣取っているのだ。
かなり深い仲ととられても仕方がないほどに。
それは困ると、兄たちと顔を見合わせる。
するとアレンが、エリザベート様の誘いを無視した。
「じゃあ僕は、セリーヌの後ろに座るよ」
「ちょっと、それじゃあ私一人になっちゃうじゃない。文句言わないで、こちらにいらっしゃい」
一つのテーブルに一人という姿に、エリザベート様は不快感を示した。
「別に、一人じゃないでしょう。ここにいるんだから。それに僕がどこに座ろうと、エリザに指図される謂れは無いよ。今は仕事中じゃないんだから」
そっぽを向くアレンに、俺はドキッとした。
え、今王女様を愛称呼びした?
エリザって……え?
「仕事じゃなかったら、私のお願いは聞けないって言うの?」
「お願いなんてしてないじゃん。エリザは自分の思い通りにしようと命令しただけ」
ム~っと二人が睨み合いに入る。
険悪になる雰囲気に、長兄が「まあまあ」と割って入る。
「このままでは開演時間になってしまいますので、エリザベート様。私がそちらに座ってはいけませんか?
気を使った長兄がエリザベート様に許しを請うと、彼女は不機嫌な顔のまま視線だけをこちらに向けた。
「駄目よ」
「え?」
「駄目だって言ったの。兄妹三人でサーカスを見たかったのでしょう⁉ だったら席を離れさせる訳にはいかないわ。アーサーがこちらに座れば済むことでしょう」
絶対に主張を変えないエリザベート様に、俺たちは呆気にとられ、オクモンド様も渋い顔をした。
「エリザ、何を子供みたいなことを言っているんだ? 誰がどこに座ろうといいじゃないか。だったら私がそちらに回ろう」
「それこそ駄目よ。王子のお兄様が端に座るなんて、絶対に駄目! それにお兄様が最初に招待したのはセリーヌ様なのだから、お兄様の隣にはセリーヌ様が座るのが筋ってものよ」
確かにオクモンド様が端に座るのは、色々な意味で駄目だ。
俺をオクモンド様の隣に座らせたいという意図も見える。
だけどエリザベート様の言い方では、アレンが隣でないと嫌だと言っているようにも聞こえてしまう。
俺は眉間に皺を寄せそうになって、ハッとする。
いけない、いけない。王族に対して不敬になるところだった。
俺が顔を揉んでいると、長兄が耳元で囁いた。
『このままでは埒が明かない。アーサーに大人しく王女様の隣に座るよう、言ってくれないか?』
『え、でも……』
『あの王女様は引かないぞ』
長兄がそう言ってすぐに、テントの外から「サーカスの団長が挨拶に来ました」という騎士の声がした。
エリザベート様以外が突っ立ている姿に、流石に気まずい気持ちになった俺は、アレンに声をかける。
「アレン、悪いけど、そちらに座ってくれないかな。このままでは私たちも座れない」
「オークの隣に座る気?」
「今だけ、だよ。幸い外からは中が見られないし、貴族席も離れているから変な噂にはならないだろう」
「だったら僕は後ろに……」
「アレン」
そう言って眉を八の字にした俺は「頼むよ」とお願いした。
俺がアレンの意思を無視して、行動を強制したのは初めてだ。
正直言うと、俺だって嫌だ。
これは単なるエリザベート様の我儘だ。
それを肯定するような言葉は吐きたくなかった。
けれど開演時間は迫っているし、挨拶に訪れたサーカスの団長をいつまでも待たせているのも申し訳ない。
何より、いつまでも全員が棒立になっている訳にもいかないだろう。
アレンは半眼で俺を見つめた後、無言でエリザベート様の隣に座った。
何とも言えない気持ちでその様子を見ていた俺は、オクモンド様に促されて隣に座る。
すぐに団長が挨拶に来たが、オクモンド様の隣にいる俺を見て意味深な笑みを向けた。
団長の口が堅いことを祈る。
それからエリザベート様が連れて来た侍女たちが、お茶とお菓子をそれぞれのテーブルに並べた。
「ちゃんとチョコレートも用意したよ」
ニコニコと笑うオクモンド様に礼を述べながら、アレンの様子を盗み見る。
エリザベート様が何やら話しかけているが、アレンはそっぽを向いたままだ。
アレンの機嫌を戻すのは骨が折れそうだと思いながらも、エリザベート様が何度もアレンに触れている姿を目にして、何故かもやもやする。
なんだか……楽しくないな。
暫くして周囲が暗くなる。
そうして先ほど挨拶に来ていた団長の声がテント中に響く。
「紳士淑女の皆様、お待たせいたしました。只今よりコリットサーカスの開演です。どうぞ、楽しんでいってください」
仮面の道化師によるパフォーマンスに始まり、素晴らしい曲芸が次々と披露されていく。
複数の物を空中に投げたり取ったりするジャグリングと呼ばれる芸や、美しい女性が一本の棒を使って踊るポールダンス。
二人の青年がお互いにナイフを投げあって、互いに持っている的に当てるナイフ投げ。
そして本日の見せ場である空中ブランコ。
俺は先ほどのもやもやも忘れて、息を呑んで食い入るように舞台を見つめていた。
「楽しそうだね、セリーヌ嬢」
そんな俺を見ながら、オクモンド様がクスクス笑う。
俺は舞台に釘付けになりながらも、コクコクと頷いた。
「はい。とっても面白いです」
「それは良かった」
とろけるような笑みを向けているオクモンド様には気付かずに、俺は隣にいる次兄に視線を向けた。
俺の視線に気付いた次兄が微笑むので、俺も微笑み返す。
やばい、楽しい。
アレンには悪いが、この雰囲気に俺は高揚してきた。
テンション高くする俺にエリザベート様が、オクモンド様の向こうから不意に声をかけてきた。
「ねえ、セリーヌ様。お花を摘みに行かない?」
「え?」




