サーカスに行くのは
「すまない。サーカスの件、オークに断れなかった」
仕事から帰って来るなりそう言って、次兄は俺と長兄に頭を下げた。
まあ、アレンも言っていたように、そうなるかもしれないと俺と長兄も思っていたので、驚きはしなかったが。
「サーカスもそうだけど、私のセリーヌに対する気持ちも、言えなかった」
シュンと項垂れる次兄に、俺はそこまで話す気だったのかと反対に驚いた。
「いや、言えなくて当然だろう。アーサーという求婚者がいる女性に求婚してキッパリと断られ、その上親友だと思っていた女性の兄が実は血の繋がりがなく、その女性に求婚しました、なんて普通はなんの冗談だと思うぞ」
長兄がズバッと、オクモンド様視点で一連の流れを話す。
「……そう言われると、オークが不憫になります」
ますます項垂れる次兄に、長兄はハッと笑う。
「事実だろう。だがこれだけ聞くと、とんだ悪女だな、セリーヌ」
「バーナードお兄様の言葉からは、悪意が伝わります」
面白がる長兄を、半眼で見つめる。
「まあ、お前が求婚した話はセリーヌの答えが出てからでもいいんじゃないか? 要らぬ波風を立てておいて二人共振られたんじゃ、揉めるだけ損だって」
「それじゃ、オークに対して誠意が足りない気がします」
「無駄に心配させるよりは、いいんじゃないかな?」
長兄と次兄が、俺に対する気持ちをオクモンド様に伝えるか否かを相談している。
俺としては、オクモンド様を秒で断った立場からして次兄のことはまだ話してほしくないと思うが、二人の関係性からしたら俺が口を挟める問題でもないだろう。
暫く二人の論争に耳を傾けていたら、俺のお腹がグーっと鳴った。
話が長過ぎて、夕食のお預けを食らっていたのだ。
「大きな腹の音だな、セリーヌ」
ハハハと笑う長兄に、俺はムーっと唇を突き出す。
「煩いですよ、バーナードお兄様」
「ごめん、セリーヌ。先に食事にしよう」
次兄が労わるように俺に声をかけ、三人での晩餐が始まる。
食べながらでもいいかな? と次兄は話の続きをする。
「サーカスの件を話したら、私に内緒でセリーヌに手紙を送ったことは謝罪してくれたけれど、どうしても諦めきれないと本音も漏らされてしまった。その姿を見ていると、自分と重なってしまって強くは断れなかったんだ。それでも断って兄妹三人で行くと言ったら、それならば私と兄上も招待すると言われてしまった。お茶会の埋め合わせにどうだろうかとね。私がハッキリと返事をしなかったらアーサー殿も誘って全員で行こうと言われては、もう断れなかったんだよ」
次兄の説明に、必死なオクモンド様と困惑する次兄の姿が目に浮かんだ。
二人にそんな思いをさせているのかと思うと、俺ってば本当に悪女になった気分だ。
俺にそんな価値はないのにと、気が重くなる。
「まあ、それが一番いいだろうな。最初からそうしてくれれば、オクモンド様も断られて傷付かなくてもよかったのに」
「無駄なあがきだとわかっていても、したいものなんですよ。特にオークはこの短期間で初恋を経験し、告白して断られるという、究極の体験をしているのですから」
「体験したくね~」
聞いているのが、どんどんと辛くなる。
少々寂しがり屋ではあるが、あの優しくて人格者のオクモンド様を中身おっさんが入っている田舎令嬢の俺ごときが振り回している事実に、胸が締め付けられる。
ううう~、でも、俺がオクモンド様の求婚を受け入れる訳にはいかないんだよ~。
二人共、そのことを十分わかっているうえで話しているのだろうが、聞いている当事者は辛いっす。
思わず目の前の肉を、小鳥が食べる大きさにまで切り分けてしまった。
サーカス滅茶苦茶楽しみだけど、オクモンド様と顔を合わせるのは少々気まずいかも。
俺は小さくなった肉をボソボソと口に運んでは咀嚼した。
サーカス当日。
王都の中心から少し離れた空き地の中央に、見たこともないほど大きなテントがデンッと構え、その周辺にも小さなテントが数多く並んだその場所には、多数の人がざわめきあっていた。
貴族、平民関係なく居並ぶそこには、関係者が説明しながら案内を続けている。
そんな外の様子を見ながら長兄と次兄と俺は、伯爵家の馬車の中でオクモンド様たちが来るのを待っていた。
王族が招待された席に座っていれば、否応無しに注目を浴びる。
それを少しでも回避するために、馬車の中で時間を潰していたのだ。
因みに俺はアレンにもらった装飾品を身に着けている。
それらは何かあった際、とても役に立つ魔法が付加されているのだ。
長兄が初めて見る俺の装飾品に「ルドルフが買ったのか?」と訊ねてきたので「アレンにもらいました」と素直に白状すると、ニヤニヤと笑いだした。
「求婚者三人が揃う中、一人にもらった装飾品を着けてくるなんて、セリーヌもやるな。態度で示したそれが答えか?」
「違います。これには魔法使いであるアーサー殿が、セリーヌの身を案じて魔法を付加しているのです。安全のためです。オクモンド様と私も納得づくです」
「ふぅん」
次兄の説明に長兄は頷きながらも、含み笑いをする。
俺はそっぽを向いて、その視線を遮った。
そうしているうちに、周囲が一層ざわつき始めた。
どうやら王族の馬車が来たようだ。
屋台なども出ている為、サーカスの観客以外にも遊びに来ている民もいるので、王族の来訪には大盛り上がりになる。
ちょっとしたお祭り騒ぎだ。
オクモンド様が馬車から降りると、その見目麗しさに黄色い悲鳴が上がり、次にオクモンド様の手を借りて降りて来た美しいエリザベート様に野太い声が上がった。
周囲の大歓声に、二人も笑顔で対応している。
流石王族。アルカイックスマイルはお手の物だ。
そこで俺は、おや? となる。
アレンが王族の馬車に乗っていなかったのだ。
もしかして来ていないのかと少しだけ心配になっていると、すぐ後ろからいつもの聞きなれた声がしてホッとした。
「どうしたの? そろそろ行かないと、始まってしまうよ」
「アーサー、いつの間に?」
「オークと一緒ではなかったのですか?」
長兄と次兄の質問に、アレンは首を傾げた。
「あの歓声の中に僕も混じれと? 今日は仕事じゃないんだから、絶対に嫌だね。僕には魔法があるんだから、別行動するよ」
肩をすくめたアレンに、長兄は大声で笑い次兄は苦笑した。
ある意味、見世物状態だものな。
国民を喜ばすというのも王族の仕事ではあるが、正直あの中に入るのは御免被りたい。
セディは元王族ではあったが、厭われた存在の王子だったから、あのような目立つ場に立ったことはない。
正直言って、今更あのような場に立てる気もしない。
オクモンド様、やっぱりごめん。と心の中で謝っていると兄たちに行こうと促されたので、皆でメインテントに向かった。
王族の護衛で来ていた騎士が入り口で俺たちの存在に気が付き、先に席へと移動していたオクモンド様たちの元へと案内してくれた。
そこは正面から舞台が見える場所で、周囲とは布で仕切られていた。
簡易の椅子が置かれている周囲とは別に、何か所かには同じように布で仕切られた貴族用の場所はあるが、それらは全て端の方で、このように中央の場所を確保されているのは、流石王族といったところだろう。
布の周りをずらりと並んだ護衛の騎士たちが取り囲み、彼らに会釈された俺たちは、中へと誘導された。
床には厚手の絨毯が敷かれ、用意されているソファも一人用の立派な物であった。
これなら長時間座っていても、疲れることはないだろう。
三つのテーブルを横並びに、ソファが左右一つずつ置かれている中央に、オクモンド様とエリザベート様は座っていた。
俺たちが中に入ると、オクモンド様は嬉しそうに立ち上がった。
「待っていたよ。ここまで来るのに問題はなかったか?」
「ご招待ありがとうございます。お陰様でつつがなく来られることができました」
長兄が挨拶する横で、俺と次兄も礼を取る。
「このような場で堅苦しくせずとも、とりあえず座ってくれ」
オクモンド様に座るよう促された俺たちは、チラリとソファに目を向けた。
――どこに座ればいいんだろう?




