成り行きというものだ
小さな魔法使いを乗せた馬車を追っていると、途中で休憩するために川の近くで止まった。
見張りも立てずに寛ぐ兵士たちを横目に、俺は魔法使いが押し込まれている馬車の荷台へと近付いた。
そこで見たのは、魔法が使えなくなる制御装置の首輪をつけられた魔法使いたち。
手と足には逃げられないように枷がつけられている。
これでは戦場に着く前に敵や野盗に襲われれば、簡単に殺されるではないか。
むご過ぎる仕打ちにカッとなった俺は荷台に乗り込み、驚く魔法使いたちの制御装置の首輪と枷を取り外して、彼らを逃がした。
まさかこんな所に魔法使いを助けに来る奴がいるとは思わなかった兵士たちは、魔法使いが全員逃げ去るまで一向に気付かなかったのである。
最後にポツンと残る七歳の子供を抱き上げて、俺はその場から逃亡した。
暫く馬を走らせ、追手の来ないことを確認すると、俺は馬から子供と共に降りた。
地面に足が着くと、子供は見るからにホッとした表情になる。
もしかして人攫いに捕まったと勘違いされていたのかもしれない。
だが死ぬまで戦争に駆り出されるくらいなら、人攫いに攫われた方がマシではないかと本気で思った。
行く先など考えもせずに馬を走らせていたため、いつの間にか山の中を走っていたらしい。
子供も俺に怯えているようではあるが、山道を走って道に迷っても困ると考えたのか逃げようとはしなかった。
ふと、近くに湧水を見つけたのでハンカチを湿らせ、子供の汗と土で汚れた顔を拭いた。
ちょっと乱暴だったのか、子供はペシンと俺の手を払いのけた。
綺麗になったその顔でキッと睨みつける子供は、その表情に似合わずとても可愛い顔立ちをしていた。
キラキラと光る金髪に透き通った水色の瞳、神秘的なその風情に山の中であることも相まって、妖精かと思ってしまう。
一瞬子供に見惚れてしまったが、訝し気な子供の表情に我に返り、コホンと咳払いをする。
「俺は、城で近衛騎士をしているセドリック・フォーカスという者だ。国のお前たち……魔法使いに対する扱いに我慢できなくて、気が付いたらこのようなことをしていた」
「貴方には、立場が、あるの?」
俺が自己紹介と先ほどの行動の説明をすると、子供は目を丸くしてそう聞いてきた。
「一応、立場はあるが、進言の一つも通らない。生まれのためだけの飾りの役職だ」
吐き捨てるようにそう言うと、子供はキョトンとする。
そんな子供らしい表情に、俺は頬を緩めた。
「悪かったな。君はもう自由だ。どこへなりと行くがいい」
「おじさんは?」
「おじ……おじさんではない。まだ三十一歳の独身だ。おにいさんと呼べ」
子供の純粋な言葉に、俺は慌てて間違っているぞと訂正する。
「おじさんでしょう。おにいさんはもっとカッコいいよ」
グッと言葉が詰まる。
確かに俺は、年齢より上に見られることが多い。
騎士である以上、それなりに筋肉はつけているし背も高い。
ここ最近は戦争に駆り出される魔法使いのことを考えていて、まともに睡眠もとれていなかった。
無精髭も生えていて、手入れもしていない赤い髪はボサボサで、はしばみ色の眼はどんよりとしている。
……これでおにいさんと呼べというには、無理があるか。
俺はハハハと乾いた笑い声をあげると、子供の頭に手を置いた。
子供はビクッと体を震えさせたが、俺は気にせずにそのまま頭をわしゃわしゃと撫でた。
柔らかい子供の髪が気持ちいい。
「そうだな。君から見たら俺はおじさんだ。俺はお前たちを逃がした以上、城には戻れない。いや、あんな所にはもう戻りたくない。だから、そうだな。このまま逃亡することにしよう」
「……だったら、僕も連れて行って」
「俺と一緒に来るのか?」
「戻れる場所、僕にもない。だから……」
そう言って、子供は俯いてしまった。
そうだな。魔法使いとして城に連れて来られたぐらいだから、子供の魔力もたいしたものなのだろう。
この時代、魔法使いは尊敬を得るより戦争の道具としてしか見られない。
親に疎まれて売られた可能性もあるし、何より家に帰ってもまた城に連れて行かれるのがオチだ。
俺もこいつも、一人ぼっちなんだな……。
俺は子供に向かって、ニカッと笑った。
「よし。だったら俺を、お父さんと呼べ」
「え、やだ」
「即答⁉ 何故だ? 親子として一緒にいた方が何かと便利だろう」
俺は子供を連れて行くことにした。
だが、おっさんが赤の他人の子供を連れまわすよりも親子設定にした方が何かと問題が起きないだろうと親父呼びを提案したのだが、あっさりと断られてしまった。
「おじさんは、おじさん」
子供は頑として譲らない。
「人攫いに間違えられる危険しか想像できない。せめておじさんはやめろ。セディと呼べ」
おじさんよりは名前で呼ばれる方が知り合い感があがり、周囲の反応もマシだろうと言うと、子供は小さく「セ、ディ?」と呼んだ。
何故、疑問形?
「今はそれでいい。もう少し慣れたらお父さんと呼んでくれな」
「やだ」
どうしても〔お父さん〕は受け入れられないらしい。
ちょっと、泣いた。
「あ~、お前は何と呼べばいい? 名前はあるんだろう?」
俺は涙を拭いて、子供に名前を聞いた。
けれど子供は俯いたまま答えない。
自分の名前にいい思い出がないのかもしれないな。
俺は側にいた馬に目が行った。
こいつの名前はセイン。
俺の名前に似せた名だ。
こいつの弟が確かアニーだったか。
じゃあ、それに似せて……う~ん。
「あ、アレンってのは、どうだ?」
「アレン?」
「嫌か?」
子供は頬をうっすらと赤くして「ううん、アレンでいい」と言った。
笑顔ではないが、心なしか喜んでいるようで安心した。
その後、俺は再びアレンと馬に乗り、旅を始めた。
俺はいつか自分が今いる場所から逃げ出すかもしれないと考えていたので、常にある程度の金銭は身に着けていた。
かさばらない宝石なんかもあったので、質屋で金に換えたり傭兵なんかもしたので、アレンを連れていても食うには困らなかった。
ただ一定の場所にいると、俺の風貌やアレンの魔法の能力で噂になるかもしれないと、旅は続けた。
結局アレンは、俺を一度もお父さんとは呼ばなかった。
それでも笑ったり泣いたり怒ったりと、表情は豊かになっていた。
ガバッと寝台から起き上がる。
まて。まてまてまて。
セリーヌの記憶からして、あのおっさんの俺は過去の話だ。
魔法使いが冷遇されていた戦争時代、あれは俺が産まれる前の話で、今の魔法使いは守られている。
どうしてそうなった?
戦争が終わったからか?
それにしたって人の意識というものは、そう簡単に変わらないはずだ。
戦争の道具として見ていた者を、人として優遇するのには何かがあった⁉
いや、いい方向に転んだのだから喜びこそすれ、悩む必要などはない。
だけど魔法使いの待遇が変わったことに、あの子は、アレンは関わっていないのか?
今も無事で、あの子は生きているのだろうか?
ああ、こんなことならもっと真面目に歴史の勉強をしておくんだった。
家庭教師の先生から逃げて、動物を追いかけたり魚を釣って遊んでいたセリーヌの幼少期を悔やむ。
だが、過去の自分の生活に後悔していても仕方がない。
とにかく朝食時にでも兄に頼んで、歴史の本を借りよう。
俺は明日、国の歴史を調べることを決めると急激に眠気に襲われた。
心身ともに疲弊していた俺は、あっさりと睡魔に負けたのだった。