鋭過ぎる義息
改めて兄二人を好きだと感じた翌朝、次兄は早々に馬車で登城し、長兄は「仕事をしてくる」と言って、またもや一人で馬に乗ってどこかに行った。
そういえば長兄はこの愛馬で、王都にも単騎で来ていた。
「一人は身軽なんだ」
そう言う長兄は、いつもどこに行くにも護衛を連れて行ったためしがない。
護衛など連れていなくても十分強いからだろう。
そんな長兄を次兄は心配するが、俺はセディの頃を思い出し羨ましくなる。
俺もいつか、またあの頃のように旅ができるといいな。
と、今はそんなことよりも、次兄のことを考えなくてはいけない。
昨日の今日ですぐに答えが見つかる訳ではないが、それでも真剣に考えよう。
俺は寝台にゴロンと横になる。
仰向けでう~んと唸り、横になってう~んと唸り、うつ伏せで枕に顔を埋めてう~んと唸る。
「セリーヌはいつも寝てばかりだね。そんなに寝るのが好きなの?」
ふと、頭上から声がかかる。
アレンか、と顔を上げようとすると、のしっと背中に重みがかかった。
「うげぇ」
「ねえ、セリーヌ。何かあったんでしょう? 聞くから言って」
アレンが転移魔法で部屋に現れ、うつ伏せになっている俺の上に圧し掛かってきたのだ。
しかも、昨夜のことがもうバレている。
え、、嘘だろう? そんな……いくら何でも、それはない。
俺はギクッと体を跳ねさせながらも、枕に顔を埋めたまま「何のことかな?」と、ととぼけてみた。
「え、そんなに露骨に悩んでいて、誤魔化せるとでも思っているの? じゃあ、当ててあげるよ。セリーヌがそんなに悩むのなら、理由はこれしかないよね。ルドルフに告白された」
「なんでわかるんだよ~~~⁉」
何故かアレンに悩みを言い当てられた俺は、うつ伏せの状態から起き上がろうとしたのだが、アレンに圧し掛かられている所為で、またもや枕にキスをした。
「ふぎゃっ」
「ふーん、あ、そう。とうとう言っちゃったんだ。それで? 僕という求婚者がいるのに、セリーヌはどうして悩んでいるのかな?」
ますます背中に体重をかけてくるアレンに、俺は悲鳴を上げる。
セディの頃なら屁でもなかった行為なのに、セリーヌの体では大人のアレンに圧し掛かられたらひとたまりもない。
暫く呻いていたが、俺は降参の白旗を上げた。
「ごめん。俺が悪かった。潰れるから、とりあえずどいてください」
俺の必死の謝罪にアレンは背中から離れると、俺の隣にゴロンと寝転がった。
「で、どうしてルドルフに告白される事態になったのか、そこのところ詳しく教えてね」
「……はい」
俺はうつ伏せのまま大きく呼吸して、アレンの方を向いてポツリポツリと昨夜のことを話した。
「今、俺はちゃんとセリーヌとして考えている。もちろんお前のこともな。だからもう少しだけ待ってくれ」
真面目な顔でそう伝えると、アレンは目を細めた。
「考えられるの? 僕とルドルフだよ」
「考える。そうでないとお前にも次兄にも申し訳ない」
真剣にそう答えたのだが、アレンは「ふーん」と仰向けになった。
「寝転がって考えている時点で、真剣には見えないけどね」
「それはお前もだろう。いや、どんな姿でも真剣なものは真剣だ」
「まあ、どちらでもいいよ。僕は絶対に諦めないから。いざとなったら連れて逃げるしね。どう転んでもセリーヌには僕しか選ばせないし」
「なんだよ、選ばせないって?」
「だって、セリーヌを生かしたのは僕だよ。僕の魔法で魂をこの世に残したのに、他の男に持っていかれたら、意味がないじゃない。魔力の無駄使いだ」
「……俺を生かしたことに、無駄使いとか言わないで」
アレンのあまりの言葉に、俺はガクリと肩を落とす。
「だって、そうでしょう。セリーヌが他の男と一緒になるために、僕はわざわざセディの魂を引き留めた訳じゃない。元のセリーヌは、本当は産まれた時に死んでいた。だからセリーヌとしては生きられなかっただろうけど、僕が放っておけば、全く別の生き物には転生できたかもしれない。今の君が君であるのは、僕が望んだからだ。僕が君を欲したから今の君が存在しているのに、どうして違う男を選ぶ君を見なければいけないの? 僕はセディが中にいるセリーヌを愛してる。そのままの君を丸ごと愛しているのは、僕だけだよ」
パクパクと口を動かすも、言葉が出てこない。
不覚にも顔は真っ赤だろう。
どうしてこいつは、こんなにも素直な言葉をぶつけてくるんだ⁉
独占欲が強く、愛が重い。
重いが……悪くはないと、喜んでいる俺がいる。
何だ、この感情は?
アレンは俺の様子に気が付くと、フッと色気ただ漏れの表情でにじり寄って来た。
寝台に横になったままなので、あっという間に捕まる。
腰に手を回され、ゼロ距離になる。
ドキドキと心臓の音が煩い。
「お、おい……」
「黙って」
アレンの顔が近付いてきて俺は……。
パフッ!
気が付いた時には、アレンの顔に枕を押し付けていた。
「……どういうつもり?」
枕を顔からずらしたアレンのこめかみには、青筋が立っていた。
「え、あ、いや、あの、だって……」
あたふたと言い訳を考える俺に、アレンは半眼で見つめてくる。
「初めてじゃないんだし、キスくらい、いいでしょう」
「え?」
アレンの言葉に、俺は以前どさくさに紛れてキスされたことを思い出した。
ボフッと頭から湯気が出る。
「あ、あれはお前が勝手に……今も、俺は了承していないぞ」
「そんなの必要ない。ちゃんと雰囲気は作ったでしょう」
「雰囲気を作ればいいってもんじゃない。大体お前は……」
「僕が何?」
そう言ったアレンに、俺は「何でもない」と口をつぐんでしまった。
ううう~、なんかもう、色々と負けている気がする。
俺はセディだぞ、おっさんだぞ、と言いたいが、それも含めて愛していると言われてしまっては、もう何も言い返せない。
いっぱいいっぱいの俺に、アレンはポンポンッと頭を軽く叩いた。
「それで、サーカスは三兄妹と僕との四人で行くことになったんだね」
アレンがハッキリと話題を変えてくれたので、俺は喜んでそれに乗った。
「あ、ああ。二人きりではないが、いいだろう⁉ ちゃんと一緒に行くんだし」
「どうかな? オークが納得するとは思えない」
アレンが俺を離して、ゴロンと仰向けになる。
どうやらオクモンド様の同行を危惧しているようだ。
「次兄がちゃんと断っているはずだよ」
「ルドルフに、オークを拒否できるとは思えないな。多分、一緒に行くことになるだろうね」
「そ、そうかな? もしもそうなった場合、アレンは嫌か?」
俺が恐る恐る訊ねると、アレンはハアーっと大きな溜息を吐いた。
「二人きりになれないなら、もうどうでもいい。それに警戒対象はオークよりルドルフの方だから、どちらでも変わらない」
アレンがとうとう次兄を恋敵認定してしまった。
まあ、一応二人きりじゃないことに納得してくれたのなら別にいいか。
と思っていたら、アレンに念押しされた。
「断っておくけど、約束破ったのは納得いしていないよ」
――許された訳ではなかった。
「ううう~、じゃあ、どうすれば許してくれるんだ?」
「そうだなぁ、じゃあキス……」
言いかけたアレンの言葉を遮る。
「それは駄目だ。そんなの引き換えにすることじゃない」
「ちぇっ」
どうしても、それにもってくるのかと、俺は顔を赤くしながらも半眼になる。
いつも以上にグイグイくるな。
やっぱり次兄のことを気にしているのか……。
その後、アレンは転移魔法で仕事に戻った。
俺はアレンが帰ったのを確認して、もう一度寝台に横になる。
あああ~、なんだか求婚の返事を考える前に、アレンに既成事実を作られそうな気がする。
そうなったら、本当にアレンしか選べない状況になるぞ。
俺はブルリと身を震わせながらも、どうしてアレンのアプローチをハッキリと拒絶できないのか悩む。
決して望んでいる訳ではない。
だがアレンの顔を見ていると、流されそうになるのも事実。
俺は自分が自分でわからないと、兄たちが帰ってくるまで一人モンモンと悩んだのだった。




