兄の偉大さ
一時の間に、兄だと思って慕っていた人に告白されて、求婚された。
俺は頭が真っ白になる。
気障ったらしく俺の髪に平気でキスするこの男は誰だ?
この十五年、一度も疑ったことのない兄だ。
俺を溺愛して、何でも許してくれる優しい兄。
そんな次兄の突然の変貌ぶりを、俺はどう捉えたらいいのだろうか?
う~ん、これはどう対処すれば正解だ?
錯乱する俺と、そんな俺を見つめながらとろけるような顔をする次兄。
そんな俺たちの姿を見て、ニヤニヤ笑っている長兄が視界に入る。
俺は長兄を半眼で見つめる。
こ・い・つ・の・せ・い・だ~~~。
俺の怨念のこもった眼差しに気付いた長兄は「おいおいおい」と大袈裟に肩をすくめた。
そしてビシッと俺に人差し指を突き付ける。
「言っとくけどな、セリーヌ。俺がここで誘導しなくても、ルドルフはいずれお前に告白していたぞ。まあ、ヘタレ過ぎて俺も多少はイライラして動いてしまったのは否めないが、それでも時間の問題だった。小さい頃から見守っていたお前を、みすみす指をくわえて他の男に譲るなど、この男がするものか」
長兄の言葉に(ていうか態度に)俺はムスッと唇を突き出す。
「……コンウェル家は、ルドルフお兄様推しですか?」
「まあな。血の繋がりはなくても家族だし、何よりこいつがお前をどれほど慈しんでいたのか俺たちは知ってるからな」
真面目な顔でコクリと頷く長兄。
しかし次の瞬間、すぐにニヤリと笑う。
「まあ、だからと言ってお前に無理強いする気はないぞ。お前はお前で兄として、ルドルフを心から慕っていたのも知っている。どうしたって男として見られないと言うなら仕方がない。ルドルフにお前を振り向かすだけの力がなかったということだけだ」
あっさりと諦める長兄に、肩透かしを食らう。
次兄も唖然として、長兄を見つめた。
「とにかく、そういう訳だからセリーヌは禿げるほど悩め。ルドルフを兄としてではなく、伴侶として向き合うことができるかどうか。そしてルドルフは、セリーヌに一人の男として見てもらえるように、今からでも頑張れ」
「所詮、他人事ですよね」
軽いエールを送る長兄に、俺が溜息を吐いてそう呟くと、彼はガシッと俺と次兄の肩を組んだ。
「違うぞ、セリーヌ。俺は二人の兄だ。二人共、同じように大切なんだ。だからこそ、二人には己の心に正直に生きてもらいたい。どちらかが無理するようなことがあっては駄目なんだ」
肩を組まれた状態のまま、俺は長兄を見上げる。
その顔は笑っているけど、真剣そのものだった。
ふと隣を見ると、同じように肩を組まれた次兄も、長兄を見上げている。
「俺はな、正直セリーヌがルドルフを選んでくれたら、それほど嬉しいことはない。だけどそれでセリーヌが心に何かしらのわだかまりを残してしまったら、俺は誰が何と言おうと別れさせる。別れさせてルドルフを全身全霊で励ます。浮上するまで何年でも何十年でも元気付けるさ。二人に寄り添う覚悟は、とうにできているんだ。だから心配せずに、悩んで悩んで答えを見つけろ。二人にはお兄ちゃんがついている」
フンッとドヤ顔をする長兄に、俺と次兄は顔を見合わせる。
二人共、長兄の持論に呆気に取られていたのだが、次第に笑いがこみ上げてくる。
ああ、本当に長兄は面白い。
正反対の答えを出しても、全力で俺と次兄の二人共を守ると約束してくれるのだ。
長兄の度量の深さに次兄と二人で密かに笑っていると、長兄が不思議そうな顔でこちらを覗き込んできた。
次兄はコホンと笑いを引っ込めると、長兄に向かって不貞腐れるように文句を言った。
「なんか聞いていると、私が振られる前提で話していませんか?」
「そんなことは……あるかな? だから頑張って脱・兄をしろよ」
長兄にそう返された次兄は「言われなくても」と言って、長兄の腕を自分の肩から払いのけた。
そして俺に向き直ると、ニコリと微笑んだ。
「セリーヌ、私がお前の兄であることは変わらない」
「ルドルフお兄様……」
「だけど、やはり私はお前が好きだ。どう頑張っても、この気持ちだけは変えられなかった。だから、すぐに私を男として見てくれとは言わない。けど、少しずつでもいいから、まずは私を一人の人間として見てはくれないだろうか? そして、アーサー殿と同じように考えてほしい。私はいつまででも待つ。辛いだろうが真剣に考えてほしい」
頼むと頭を下げた次兄に、俺は慌てた。
「やめてください、お兄様。確かに私は今の今まで貴方を兄としてしか見ていませんでした。大切な私の兄だと。だけどバーナードお兄様も仰ったように考えます。禿げるほど考えてみます。ですから、そのようなことはなさらないでください」
俺が必死でそう言うと、次兄は顔を上げて「禿げられるのは嫌だな」と苦笑した。
そして花が綻ぶように微笑んだ。
それは今まで見たこともないような、晴れ晴れとした次兄の笑顔。
「ありがとう、セリーヌ。もしかしたら君に気持ち悪がられると思っていたから、そう言ってくれて嬉しいよ」
「そりゃあ妹を長年、女として見ていたなんて知られたら、気持ち悪がられても仕方がないからな」
「……煩いですよ、兄上」
憑き物が落ちたような次兄の麗しい微笑みも、長兄の言葉にかき消される。
確かに長年、妹を恋愛対象として見ていた兄なんて、気持ちが悪いと思う人もいるかもしれない。
だけど俺には、次兄をそんな風には見られなかった。
次兄は精一杯、兄として生きようと努力してくれていた。
兄として、とても大切に可愛がってくれていたのだ。
そんな気持ちを、恋愛対象として見ていたから気持ちが悪いとは到底思えなかった。
きっと、俺が想像する以上に苦しんだと思うし、悩みもしただろう。
だから俺は、次兄に向かって微笑んだ。
「ありがとうございます、ルドルフお兄様。私を愛してくださって。私は今から悩みます。お兄様が悩んでくださった半分にも満たないかもしれませんが、真剣に考えてみます。ですので、すぐには返事を出せそうにありませんので、時間をくださいね。その結果、どうなるかはわかりませんが……」
「ああ、もちろんだ。ありがとう。だが、これだけは忘れないでくれ。私は生涯セリーヌの味方だ。私たちの関係は壊れない」
素直に思ったことを口にすると、次兄も今の気持ちを言葉にしてくれた。
俺はホッとして長兄を見る。
長兄も晴れやかな笑顔を返してくれた。
ああ、やっぱり俺はこの二人が大好きだ。
「お兄様たちは、私の自慢の兄です」
俺が素直にそう口にすると、次兄は真っ赤になり、長兄はハハハと笑った。
本当に俺は二人が兄で良かったと、心の底から喜びをかみしめた。
今から次兄をアレンと同じように伴侶候補として見なければいけないことを考えると、正直胃が痛くはなるが、それでも口にした以上はちゃんと考えようと思う。
だが、伴侶候補が前世の義息子と今世の義兄とは、何の因果だ。
これは本当に禿げる日が近いのではないかと、俺は自分の頭皮をそっと撫でたのだった。




