兄よ、お前もか
「いや、あの、言いたい、というか、その、遠慮、している訳ではなく、私は、私の気持ちを、その……」
真っ赤な顔で、言い淀む次兄にイライラする。
ああ、もう埒が明かない。
俺はグイッと次兄の胸倉を掴んで、顔を引き寄せた。
至近距離になった顔に、次兄はこれ以上ないほどに赤くなる。
「言いたいことがあるのなら、ハッキリと仰ってください! 優柔不断なのは嫌いです!」
嫌いと言う言葉に、次兄はシャキッと背筋を伸ばした。
「私はセリーヌが好きだ!」
は?
思わず叫んだ次兄は、自分の言葉にハッとして慌てて口を押えたが、顔を真っ赤にしたまま固まってしまった。
叫ばれた俺も、大きく目を開いて固まる。
次兄は今、なんて言ったのだ?
好き? 俺を? うん、知ってる。
シスコンなのは嫌というほどわかっている。
何を今更……と思いながらも、なんかこの好きは、それではないような気がする。
これは……恋愛的な、好き、なの、か?
え? だって、兄だぞ。兄妹だぞ。いや、禁断の関係って、それはお子ちゃまセリーヌにはハードルが高過ぎる。
意外とモテたセディだって、そんな状況にはならなかった。
いや、まあ、王族の姉妹からは嫌われていたからな。て、そんなことは今、どうでもいい。
錯乱する俺に次兄は気付いたようで、赤い顔のまま「ごめん」と俯いてしまった。
そのまま二人で尚も固まる。
変わらない状況に、痺れを切らしたのは長兄だ。
「お前ら、いい加減にしろよ。ルドルフ、告白するならビシッとやれ。セリーヌ、そこまで錯乱するな。臨機応変に対応することくらい覚えろ」
いや、そんな無茶な……。
仲の良い血の繋がった兄に、異性として好きだと言われたんだぞ。
簡単に受け入れた方が怖いだろう。
「……とにかく、その手は放してやれ」
長兄の視線の先には、次兄の胸倉を掴んでいる俺の手が目に入った。
あ、忘れてた。
俺はノロノロとその手を離す。
「あー、ごめん、なさい」
「いや……」
次兄とは目を合わせずに、ゆっくりと距離を取る。
「セリーヌ、一ついいことを教えてやろう。それを聞けば錯乱が少しは落ち着くだろう」
長兄が無駄に整った顔に笑みを浮かべる。
だがその笑いはニヤニヤとした含みのあるもので、俺は自然と防御態勢に入った。
「どうせお前のことだから、禁断の恋とか思ってたりするんだろう。だが幸か不幸かそれに関しては悩まなくていい。お前たちに血の繋がりはない」
「は?」
「兄上!」
長兄がぶっちゃけた。
次兄は長兄の胸倉を掴む。
「兄上、いきなり何を言うんですか⁉ セリーヌが錯乱するでしょう」
「もうしてるだろう。それに告白した以上、避けては通れない話だ。何より禁断の関係だと思われていていいのか? それはそれで、俺は面白いけど」
「言いたいことはわかりますが、面白いって何ですか? 楽しまないでください!」
「楽しむだろう。長年隠していたせいで、こじれまくった感情を持て余した弟と、それに全く気付かない鈍感な妹のやり取りなんて、最早喜劇。わっはっはーだ」
長兄のふざけた態度に、胸倉を掴む次兄の手はワナワナと震えている。
俺はそんな二人に、そっと手を上げる。
長兄は面白そうに俺を見て、次兄は俺から視線を逸らした。
「えっと、その場合、お兄様が養子ですか? それとも私?」
「どちらが俺に似ていると思う?」
「……私、ですね。髪色云々というより性格が」
「おう、正解。俺とお前は正真正銘コンウェル家の子供だ。でルドルフは遠縁の子供。お前が母上のお腹に身ごもったのがわかった時に屋敷に来た」
「そうだったんですか。えっと、ん~、理解はしました。感情は追いついていませんが」
「まあ、そうだろうな。お前は兄妹だと少しも疑っていなかったからな」
「はあ、そうですね。正直、バーナードお兄様と兄妹じゃなかった方が嬉しかったかも」
「なんか言ったか?」
「いいえ、何も」
弟妹が困っている状況を楽しんでいる長兄の性格に呆れながらも、俺は天井を仰いで黙考する。
要するに俺と次兄は本当の兄妹ではなく、ずっとシスコンだと思っていた行為は、普通に好きな女の子を慈しんでいただけのこと。
どうやら次兄は真面だったようだ。
ん? そうなると、俺はどうすればいいんだ?
求婚してくるアレンとオクモンド様がいる中での、この話題。
んんんんん~???
俺はコテンと首を傾げた。
「ルドルフお兄様は、私と、結婚したいのですか?」
わからなさ過ぎて、ドストレートに訊いてしまった。
途端にせっかく少しだけ収まっていた顔の赤さが、またもや限界に突破した。
鼻血、出てないよな?
「わ、私は、セリーヌの兄で、いや、違う。その、好きだけど、そこまで望んでいなくて、その、一生一緒に暮らせればそれだけで幸せというか、あの……」
またもや、しどろもどろに喚く次兄の肩に、長兄がパンッと手を置いた。
「じゃあ、セリーヌがコンウェル家で暮らせれば、他の奴と結婚してもいいんだな?」
長兄の言葉に、次兄は噛みつく勢いで言い返す。
「いい訳ありません! だから反対してるじゃないですか。セリーヌはまだ子供だし」
「子供で逃げるな。それに子供じゃないだろう。二人もの男に真剣に求婚されている立派な淑女だ」
「!」
次兄が驚愕に顔を歪めるのを、俺はどこか遠いことのように見ていた。
この様子では、次兄は長年俺を妹として扱ってきたから、好きだと自覚しても結婚が繋がっていないんだな。
そしてそれを長兄が、急速に自覚させようとしている。
けれど俺は、どうしてこんなにも冷静なのだろうか?
いや、驚いてはいる。うん、十分面食らっている。
だけど、今一現実味がないんだよな。
俺も、今の今まで兄だと疑ったこともなかった訳だし。
いきなり血の繋がりがなく好きだと言われても、そうかと思うだけで、だからどうしたいとも何も思わない。
正直、結婚したいと言われても、返事はできそうにない。
そんな中、長兄の言葉に何かを考えていたような次兄が、クルリと俺に振り返った。
「セリーヌは、私のことをどう思っている?」
先ほどまでの赤い顔が嘘のように、真面目な顔つきだ。
俺は思ったまま答える。
「兄だと思っています」
「うん、それだけだよね」
「そうですね。何を聞いたところで、それだけです。すみません」
次兄は少しだけ寂しそうな顔をしたが、すぐに首を振った。
「いや、いい。兄だと思ってほしいと、そう望んでいたのは私自身だ」
そして俺の髪を一房、手にした。
「だけど今、兄上に言われて私は自分の本心に気付いた。すまない、セリーヌ。私は君を一人の女性として、結婚したいと思っている」
俺の髪にチュッとキスした次兄は、もう顔を赤くしたりはしなかった。




