でも、行きたい
「と、とにかく王族の誘いを俺の一存で決める訳にもいかないし、これは一応、兄二人に相談する」
アレンの攻撃を無視して、そう結論付けた俺に、アレンの眼はますます細められる。
心底、呆れたという表情だ。
「……まさか、サーカスに行きたいからってだけの理由で、そんな言い訳をしてるんじゃないよね?」
ギクッ!
義息が鋭い。
俺は「まっさかぁ」と笑いながら、視線を逸らして口笛を吹く。
「……やっぱりセディ以下だ。その見え見えの態度で誤魔化せると思っているの?」
「だ、だって、サーカスだぞ。曲芸だぞ。珍しいだろう。お前は興味ないのか?」
アレンの呆れ果てた態度に、へこみそうになりながらも、俺は必死で訴える。
「ないね。綱渡りも投げナイフも猛獣に芸をさせるのも、大抵のことは自分でできる。何が凄いのかわからない」
あ、国一番の魔法使い様にできないことはなかった。
今度こそ本当にへこんでしまった。
アレンに背を向け、両足を抱えて人差し指でソファをいじくる。
その様子に息を吐いたアレンが、ポンポンと頭を軽く叩く。
「そんなに行きたいのなら、僕が入場券を手に入れるよ。それでいいでしょう」
「本当か⁉」
アレンの誘いに、俺はガバッと顔を上げた。
「うん。初日には間に合わないかもしれないけど、今からなら取れるよ。オークは断って僕とデートしてね」
ニッコリと笑うアレンに、俺もへへへと笑い返す。
「わかった。あ、でも、やっぱりこの件とそのことは一応、兄二人には報告するぞ。後で叱られるのは嫌だから」
「仕方がないね。バーナードは大丈夫だろうけど、ルドルフは反対するかもしれないから、困ったら僕を呼んで。一緒に説得しよう」
おお、アレンが味方なのは心強いな。
俺はコクコクと頷いた。
そんな俺を見ながら、アレンは何故かうっすらと頬を染める。
「フフ、セリーヌがそんなに僕とのデートに乗り気になってくれるとは思わなかったよ。そういうの、なかなか嬉しいものだね」
「は? 俺はサーカスに行きたいだけだぞ」
アレンの的外れな言葉に、俺は首を傾げた。
「うん。僕とサーカスに行きたいんだよね」
「え、相手は別に誰でもいいけど……」
「ぼ・く・と、行きたいんだよね?」
「……はい。アレンと行きたいです」
「うん。僕も楽しみにしてるね」
……義息が怖い。
何度目かの圧を感じながらも、俺はサーカスに思いを馳せる。
王都を去る前に、楽しみが増えた。
デビュタントの日ももう少しだし、面倒くさいことが起きる前に楽しいことだけして、後はさっさと領地に戻ろう。
そう決めた俺は、次兄の寂しそうな姿を頭の片隅に追いやった。
「お兄様お二人に、お話があるのですが……」
夕食後、次兄の様子を暫く見ていたが今朝と全く変わらないので、やはりオクモンド様は何も言っていないと判断した俺は、兄二人を談話室に誘って本日の出来事を相談した。
一つ目は、オクモンド様からのお誘い。
二つ目は、アレンからの誘い。
目的地は一緒だが、俺はアレンと行くことを話す。
次兄は目を大きく開き、長兄は俺が誰と行くかよりサーカスが来ることに興味を示した。
流石、長兄。思考は俺とそっくりだ。
「サーカスかぁ、俺も行きたいな」
「でしたら、三人で行きましょう。よく考えたらせっかく王都に集まったのに、まだ兄妹だけで出かけてはいなかったでしょう」
長兄の言葉に、次兄が前のめりになって提案した。
「それはいいけど、断れるのか? 王族に魔法使いだぞ」
長兄が素朴な疑問として口にする。
確かに普通は、王族の誘いなど断れるはずがない。
けれどこれは正式な誘いではない。
封蝋に紋章も押してないし、サインもオクモンド様のお名前だけ。
手紙にも一緒に行こう、ではなく、一緒に行かないか、という誘いなので選択肢はこちらにあるはずだ。
若干、屁理屈ではあるが、オクモンド様なら断っても権威を振りかざすような真似はしないだろう。
俺は次兄と共に、オクモンド様なら大丈夫だと頷いた。
「求婚を断っているのに、そのような所にフラフラとついて行くなど、思わせぶりな行動をとる訳にはいかないと説明します。セリーヌが断りの手紙を書いたら、私が直接届けて兄妹水入らずで行くことも話します。オクモンド様ならそれ以上、無理強いはされないでしょう」
「なんか、可哀想な気もするが、仕方がないな。アーサーも同じように聞き入れるかな?」
強引にオクモンド様の誘いを断りデートしようと言ったアレンを思い出し、俺はう~んと考え込む。
「アレンはもしかしたら、ついてくるかもしれませんね。それに多分……拗ねます」
二人で行くことを了承すると、凄く喜んでいた。
うん、あの様子だと確実に拗ねながら、ついてくるだろう。
「まあ、アーサーなら一緒に行ってもいいんじゃないか。一応、求婚者だし」
長兄がアレン同伴の意を示すと、次兄が眉間に皺を寄せた。
「……兄上は、アーサー殿を気に入っておられるのですか?」
「ん? 面白い奴ではあるよな。それにセリーヌに本気だと、わかりやすいのはいい」
次兄の質問に、長兄は是と答える。
それを聞いた次兄は、眉間の皺を深くさせた。
「……言っとくが、お前が何も言わないのなら俺は認めてもいいと思っている。まあ、セリーヌが良ければ、だけどな」
長兄はアレンとの婚約を了承するつもりのようだ。
俺は頬をポリポリと掻く。
う~ん、やはりそうなるか。まあ、仕方がないな。
意外と抵抗なく素直に聞き入れてしまった自分に一瞬あれ? となったが、ここまできたら照れくささも吹っ飛ぶな、なんて思ったりもする。
正式にアレンと婚約かぁ~、喜ぶだろうな~、なんて考えていると、次兄がバンッとテーブルを叩いた。
俺はその唐突な行為に、目を丸くする。
「私に何を言えと言うのです? 私はセリーヌの兄なのですよ!」
「だから、それでいいなら俺も何も言わずに、アーサーを認めると言っているんだ! いいか、コンウェル家は、お前を一番に重視している。小さい頃から見守ってきた、お前に優先権はあるんだ。そのうえでセリーヌが頷けば、後はどうとでもしてやる。お前の行動一つなんだよ」
次兄の叫びに長兄が怒鳴り返す。
しかしその内容に、次兄は絶句した。
ん? どういう意味?
意味がわからず、首を傾げる。
俺の婚姻は、次兄の意見で決まるのか?
「し、しかし、私は兄で……セリーヌもそう信じていて、今更私にどう言えと……」
しどろもどろに答える次兄に、長兄は目を細める。
「今更って、じゃあ、いつ言えば良かったんだ? セリーヌが王都に来る前か? そんな気など全くなかったくせに。どう言えって? そんなの知らん。お前の気持ちはお前が口にしないと、周囲がどうこう言うことじゃないだろう」
長兄がビシバシと遠慮なく次兄を攻撃する。
その様子を見ながら、俺は首を傾げるしかなかった。
次兄は俺に何かを言いたかった。コンウェル家は皆、それを知っている。
う~ん……わからん。
俺は次兄に視線を向けた。
「ルドルフお兄様、私に何か伝えたいことがありましたか?」
俺の問いに、次兄はギクッと肩を跳ねさせた。
だけど何も言わずに、そのまま固まる。
長兄を見ると、俺は知らん、と視線を逸らされた。
一体、何なんだ???
俺は、俺だけが知らない状況に苛立った。
「お兄様、何か言いたいことがあるのならお聞きしますよ。遠慮しないで仰ってください。なんか、この状況は気持ちが悪いです」
我慢できないと訴える俺に、次兄はそろそろと視線を向ける。
そして目が合うと、途端に顔が真っ赤になる。
おい、どうした兄よ⁉ 病気か?
驚く俺に、次兄は視線を彷徨わせて挙動不審になった。




