謎の入場券
「お待たせ、アクネ。どうぞ、入って」
俺が入出の許可を出すと、扉を開けたアクネは訝し気に眉を寄せた。
そして俺の隣にアレンの姿を見つけると、ニヤ~っと笑う。
やめろ、その顔。
クールなお姉さん的存在だった侍女は、王都に来てから豹変してしまった。
おっさんはちょっと悲しい。
「いらっしゃいませ、レントオール様。すぐにお茶の用意をいたします」
「やあ、アクネさん。構わないで。ちょっとセリーヌの様子を見に来ただけだから」
二人はにこやかに挨拶を交わす。
アレンは俺の侍女を味方にしておくために、なけなしの愛想を振りまいている。
む・か・つ・く~。
俺は二人の間に割って入って、アクネに口早に訊ねる。
「アクネ、お茶はいいから手紙って?」
「はい、こちらになります」
アクネから手渡された白い封筒には、送り主としてオクモンドと書かれているだけで、封蝋にも王家やオクモンド様個人の紋章は押されていない。
手紙を持ってきたのが次兄の関係でゲーテと顔見知りになった王宮の者でなければ、本物かどうか疑ったはずだ。
多分、オクモンド様が俺宛てに手紙を送ったことが噂になれば、以前のように嫉妬に狂った令嬢に目を付けられると気を使ったのだろう。
だけど……。
「どうして兄やアレンに頼まなかったんだろうな?」
こんな風にわざわざ手紙を送ってこなくても、二人に頼めば簡単だっただろう。
俺はコテンと首を傾げた。
「頼める訳がないよ。セリーヌに渡す物を、敵の僕に託せるはずがないし、ルドルフはあの調子だよ。間違いなくセリーヌの手に渡るとは思えない」
「敵って……」
俺は唖然とアレンを見る。
けれどアレンは当然だというように肩をすくめた。
「オークは君に求婚したんだ。敵以外の何?」
あっけらかんと答えるアレンに俺は苦悩しながらも、仕事ではそんな態度をとってはいないだろうなと心配になって訊ねた。
「まさか、私以外のことでは公私混同してない、よね?」
「当然でしょう。する意味がない」
あ、そこら辺は大人だった。
意外と区別できているアレンに安心する。
「では、私はお邪魔でしょうから失礼いたします。ご用があればお呼びください」
アクネが生暖かい笑みをしながら退室した後、手にしていたオクモンド様の手紙をアレンが突いた。
「ところで封筒は開けないの?」
「……お前、見るだろう」
「見せなくてもいいけど、中身を知る方法はいくらでもある。素直に見せておいた方が、面倒がなくていいと思うけど」
……義息子が怖い。
俺は諦めて、アレンの前で丁寧に封筒から中身を取り出す。
一応、王族からの手紙を乱暴に扱う訳にはいかないからな。
そして取り出した中には手紙と、もう一枚小さな紙が入っていた。
それはどうやらサーカスの入場券のようだ。
派手な柄の紙に、俺は首を傾げる。
「え、なんでサーカス?」
俺は手紙を開くことにした。
そこには流麗な文字で軽い挨拶文とサーカスについてのことが書かれていた。
それによると、どうやら三日後に最近流行っているサーカス団が王都に来るらしく、初日の開演に招待されたとのこと。
エリザベート様もいるので、よければ一緒に行かないかという誘いだ。
「ふおぉ~、サーカス。昔、領地にも来たことがあったけど、あれはなかなか凄かった」
俺がウキウキと喜び出すと、アレンが目を細めた。
「……もしかして、行く気なの?」
「え、何か悪いか?」
「だって、それってデートの誘いじゃない」
アレンの言葉に、俺は目を丸くする。
「デート⁉ そんな、まさか? エリザベート様も一緒だと書いてあるじゃないか」
「セリーヌって、やっぱりセディ以下だ」
アレンは大袈裟に溜息を吐いた。
あからさまに呆れた態度をとるアレンに、俺はムッとしてにじり寄る。
「本人同士を比べるな! しかも過去より今の方が悪いって、どういうことなんだ?」
「そのままの意味でしょう。少なくともセディの頃は、相手の下心をちゃんと見抜いていたよ。そんな女とは、距離を取っていたもの。けどセリーヌは無防備過ぎ」
「そんなことはない。今でも距離は取っているぞ。近付いてくる男には、警戒している」
「じゃあ、なんでルドルフとの距離はあんなに近いの?」
「え、そこは兄だからだろ」
一瞬、何を言われたのかわからなくてキョトンとしてしまう。
アレンは何を言っているんだ?
家族に警戒って、そんなもの必要ないだろう。
「ハアー。流石にルドルフが気の毒になってきた」
アレンは右手で頭を抱え込んでしまった。
「さっきから何を言っている? わかるように言え」
「嫌だよ。なんで僕が、そんなこと言わなくちゃいけないの」
心底嫌そうに断るアレンに、俺は少しだけキレる。
「お前が思わせぶりなことばかり言うからだろう。とにかく、これはデートの誘いなんかじゃなく、オクモンド様の純粋な好意だろう。その証拠にエリザベート様も誘っているのだから」
「隠れ蓑だってわからない? 純粋にセリーヌに楽しんでほしいなら、僕やルドルフも誘うよ。それこそバーナードだっているんだから」
そこまで言われてハッとした。
確かに、いくら今の次兄がおかしいからといって、誘わないのはおかしい。
元気がないのなら尚のこと、サーカスに誘って気分転換してほしいと思うだろう。
いや……。
「もしかしたら次兄には、直接誘っているかもしれないぞ」
「ならルドルフ超しでいいじゃない。わざわざセリーヌに手紙を寄越す必要ってある? 万が一この手紙が噂になれば、またセリーヌの身が危なくなるかもしれないんだよ」
あまりの正論に怯んでしまう。
た、確かに……。
何度も言うようだが、オクモンド様が俺に手紙なんて送ったのが公にバレたら、オクモンド様狙いの令嬢に何をされるかわからないのだ。
バトラード公爵家の脅威が去った今、それほど大きなことはなくても、陰湿な嫌がらせくらいは起こるかもしれない。
次兄を誘っているなら、そんな危険を冒してまで、この手紙を送ってくる意味はないはずだ。
今度こそ、ぐうの音も出なくなってしまう。
アレンはスッと目を細めた。
「デートじゃないって? 警戒してるって? 面と向かって告白してきた相手に対してこれなのに? どこをどんな風にしているのか、教えてもらっていいですか?」
「……………………」
嫌味な義息子に、俺は項垂れるしかなかったのだった。




