心配ではある
どんよりと暗雲を背負ったまま、次兄が登城する。
「行ってらっしゃいませ、お兄様。早く帰って来てね♡」
媚びマシマシで愛らしく笑って見送るも、次兄は「……うん、行ってきます」と返事をするだけで、トボトボと馬車に向かう。
先日、お茶会での事情聴取のために陛下の執務室に呼ばれて以来、次兄の様子がおかしい。
いつもなら俺の笑顔ですぐに元気になるのに、今回はいくら媚びてみても一向に浮上する気配がない。
次兄がここまで落ち込むようなことがあの時、何かあっただろうか?
全くもって、思い当たる節がない。
俺が首を傾げて次兄を見送った後、振り返ったそこに長兄が立っていた。
思わずのけ反る。
「お、驚かさないでくださいよ」
「気配も気付けないとは。まだまだだな」
なにおぅ、俺は元近衛騎士だぞ! と怒鳴りたくなるのをグッと我慢して、ニコリと笑う。
「わざわざ気配を消しておいて、何を仰いますやら」
「……ルドルフは仕事に行ったのか?」
この野郎、俺の話は無視か、と思いながらも「ええ」と頷く。
「バーナードお兄様もお出かけになるのですか?」
「ああ。なあ、セリーヌ」
「はい、何でしょう?」
「ルドルフのこと、どう思う?」
「元気がなくて心配しております」
「そうではなくて……言い換えよう。ルドルフは好きか?」
「はい。お兄様ですから」
「兄ではなかったら?」
「お兄様ですよね?」
「……………………」
「?」
長兄の言いたいことがわからない。
次兄は次兄だ。
兄弟なのだから好きに決まっている。
それに彼は極度のシスコン。
これほど大事にされているのに、嫌いになるはずがないではないか。
俺が首を傾げる様子に長兄は苦笑して、くしゃくしゃと頭を撫でた。
御髪が乱れましたよ。一体何なんですか、もう。
胡乱な目になる俺を、長兄は笑って「悪かった。何でもない」と言って、出かけて行った。
次兄と違って馬一頭で飛び出る長兄に、どこに行くのか興味が湧く。
しかし、本当に次兄に元気がないと、調子が狂う。
俺は自室に戻り、寝台の上でゴロリと横になる
次兄は一体、どうしてしまったというのだろう?
はっ、もしかして俺は気付かないうちに次兄に嫌なことをしていたのだろうか?
それで優しい次兄は怒らずに落ち込んでしまった、とか?
でも、あの腹にグーパン入れても怒らない次兄が、何に対したらそんなに気落ちすることがあるのだろうか?
ひたすら首を傾げていると、寝台がギシッと傾いた。
「……おはよう、アレン。あのさ、突然転移してくるのはやめないか? 心臓に悪い」
俺はうつ伏せで寝たまま首だけを動かして、寝台に腰かけるアレンを見上げた。
アレンは「おはよう」と挨拶しながら、寝転がっている俺の上に圧し掛かってくる。
「うえぇっ」
「転移魔法ってそういうものだから、諦めて」
「お~も~い~」
俺が重いからどけと手をバタバタすると、アレンは起き上がりゆっくりと隣に座って俺の髪を撫でた。
「セリーヌはいつも寝そべっているね。疲れやすいの?」
「ほっとけ。それより今日は何の用事だ?」
髪を触る手をペイッと捨てると、アレンはニッコリと微笑んだ。
「領地に送ってあげようかと思って」
「まだ引っ張っていたのか? それは断ると言った。デビュタントまで日もないし、このままここにいる」
「危ないよー。オークとかヨハンとかいるし、他の虫も近寄って来るかもしれないし」
「何言ってんだ? オクモンド様や陛下が危ない訳ないだろう。それに虫ってなんだ? 虫なら領地の方が多いだろう。田舎なんだから」
「それってわざと? 天然なら、すっごく面倒くさい」
アレンが唇を突き出す。
すまん、アレン。本当に意味がわからん。
そしてまた拗ねているのか。もういい加減にしてくれ。
枕に顔を押し付けて「ハア~」っと大きな溜息を吐く。
「何?」
アレンが隣に寝転がって、横向きのままどうしたと訊ねてくる。
「……アレン、俺、今はセリーヌ。女の子なんだが……」
「うん、知ってる。で、どうしたの?」
寝台に年頃の未婚の男女が一緒に寝転がっているというのは、婚約者だろうと完全にアウトだ。
それを伝えたつもりなのだが、アレンには届かない。
なんだか疲れた俺は、もういいかとそれ以上突っ込まずにアレンの方に顔を向けた。
「次兄のことなのだが……昨日、あれからずっと元気がないんだ。どうしたんだと思う?」
「え、それ僕が答えるの⁉ 嫌だよ」
どうせわからないだろうと思いながらも訊ねてみたら、意外なことにアレンには次兄が元気のない理由がわかっていた。
驚いた俺は、体を起こして座り込む。
「え、アレンには理由がわかっているのか?」
「セリーヌ以外はわかっているんじゃないかな。ああ、オークも気付いていないね。その辺鈍感だし」
なんてことないように答えるアレンに、俺は目を丸くした。
周りに全く興味のない無感情なアレンに、鈍感だと言われるオクモンド様って一体……。
しかし、俺とオクモンド様だけが気付いていない理由。何なんだ、それは?
俺は横向きのアレンに圧し掛かった。
「なあ、教えてくれよ、アレン。頼む」
「色仕掛け?」
俺が寝転んでいるアレンの上に圧し掛かったから、彼はそれが色仕掛けなのかと問う。
たんに先ほどの仕返しのつもりだったのだが、そう取れるなら取ってくれても結構だ。
「そうそう、色仕掛け色仕掛け。だから教えてくれ」
「全然色っぽくない。それじゃあ引っかかることは無理だから、失敗だね」
「なにおぅ⁉」
色仕掛けと言ったのはアレンの方なのに、色っぽくないから失敗だと言われた。
ちょっとへこむ。
どうせ俺には女の色気はないですよぅ~。
アレンは俺が殴ろうとした両手を掴んで、俺と共にゴロリと寝転がる。
「どちらにせよ、ルドルフの気持ちを僕が勝手に言う訳にはいかないよ。そういうの、セリーヌだって嫌でしょう」
アレンが正論を吐く。
くそー、アレンのくせに、その通りだよ。
俺はアレンの手を振りほどいた。
「けど、次兄があれほど元気がなくなるのは初めてなんだ。兄妹なら心配するのは当然だろう」
俺がキッと睨みつけると、アレンは呆れたような声を出した。
「兄妹ならねぇ……」
「何だよ。何が言いたい?」
「別に。それよりも僕はセリーヌが目の前にいる僕より、ルドルフのことを気にしているのが気に入らない」
そう言ってジッと俺を見つめるが、俺はその目を両手で塞いだ。
「悪いが、今は次兄のことで頭がいっぱいだ」
「ずるい。じゃあ、いつまでも僕のことは気にしてくれないの?」
「だから、今はと言っているじゃないか。いい加減にしろよ、アレン」
引かないアレンに思わず言い合いになっていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
ドキッとして扉の方を見ると、アクネの声がした。
「セリーヌ様、オクモンド様からお手紙が届いています」
アレンと顔を見合わす。
え、何故オクモンド様から?
送り主に疑問が湧いたが、いくらアレンとのことを知っている味方のアクネとはいえ、流石に二人で寝台にいる姿を見られたら大変だと、俺は「ちょっと待って」とアクネを扉の前に待たせたまま、慌てて寝台から飛び降りた。
ソファへと移動しよとして、素知らぬ顔で寝台に寝転がっているアレンに気が付き、叩き起こす。
なんで、そう平然としているんだ、お前は?
アレンの図太さに眩暈を起こしそうになりながらも、慌ててソファに座った。




