ルドルフ・コンウェル ④
王宮魔法使いアーサー・レントオール。
彼は私に輪をかけたような気難しい性格の人間だった。
とにかく無表情。
何を話しても、どんなことが起ころうとも無関心。
魔法使いへの今までの待遇を考えるとそれも仕方がないことかと思うものの、それにしたって周囲への興味がなさ過ぎる。
普段は魔法使いが集う魔法塔から出ないそうだが、たまたま陛下と連れ立って歩いているところに遭遇して、紹介されたのだ。
歳は私より二つ上だと聞いたが、ちょっとした動作など年下のようにも見える。
とにかく絶世の美貌からしても、価値のある綺麗な置物のようだった。
とても感情のある人間には見えない。
だがアーサー・レントオールは優秀だ。
魔法はもちろんのこと、頭も良く他国の情勢にも詳しい。
最も、そうでなければ魔法塔の長など勤まるはずがない。
魔法塔は王族であろうとむやみに介入できない、不可侵な場所だ。
そんな場所を束ねているのが、十七歳の若きアーサー・レントオール。
彼は我が国の魔法使いの王ともいえる存在である。
私が彼の名前を口にすると、父上は「ああ」と頷いた。
正直、魔法使いに興味がある貴族は少ない。
王都に住んでいる貴族は、王家の守りのようにある魔法塔を、目障りな存在として捉えている。
誰も彼もが知っている存在ではない者を、王都にいないこの父はちゃんと把握しているのだ。
顔の良さなら彼が一番だと言う私に共感した父だったが、すぐに眉間に皺を寄せた。
「だが、彼は魔法使いだ。ルドルフだってわかっているだろう。この国には、まだ馬鹿げた差別感情が残っている。特に王宮に出入りしている貴族はね」
だから彼には表立って求婚する者はいないと、父上は眉間の皺を深くさせて答えた。
「本当に馬鹿げたことです。自分たちより優れているからといって貶めるなんて。旧王族は、僻み根性丸出しだったのですね」
私の言葉に父上は目を丸くすると、ハハハと笑いだした。
「そうだね。ルドルフの言う通りだ。僻んでいたのさ。怯えてもいたのだろう。自分たちより遥かに力のある者が、いずれ自分たちを滅ぼすと。現に滅ぼされたしな。優秀な陛下によって」
父上はこの場で口にしてはいけないことを平気で言った。
いくら誰もいないバルコニーだからといって、誰がどこで聞いているかわからない場所で、あの惨劇を口にするのは憚られる。
私は父上の豪快さにハラハラした。
「まあ、王宮に出入りしている令嬢は些か露骨過ぎてルドルフが怯えるのも無理はないが、他に気になってる令嬢はいないのかい? 君も王都には長いだろう」
父上がデビュタントを機に、求婚したい令嬢はいないのかと訊いてきた。
だから私は正直に答えた。
「私は生涯独身でいるつもりです。後継は兄上がいるから大丈夫でしょう⁉」
私がそう言うと、父上は苦笑して「後継のことは何とでもなるから気にしなくていい」と言った。
「私はルドルフやバーナードが、自分の気持ちに素直でさえいてくれたら、それでいい。婚姻を無理強いするつもりはないんだ。もちろん、それはセリーヌも同じこと」
ドキッとした。
突然セリーヌの名前が出て驚いた私は、父上を見上げた。
「まさか、セリーヌに婚約の話が来ているのですか?」
「あの子には、七歳の頃からそういう話はきているよ。バーナードにはあまり領地から連れ出すなと言われている。うっかり茶会などに出席したら、面倒くさい処理に追われることになると怒られた」
さもありなん。
実はセリーヌは、いや、セリーヌによく似た母上と二人は(この場合、母似なのはセリーヌであるが私からしたらセリーヌが基本なので、失礼だが母上をセリーヌ似とさせていただく)過去に幾つもの事件に巻き込まれている。
母上に横恋慕した男が、傷害事件を起こすこと十数件。
セリーヌは誘拐未遂と男本人による自殺未遂が数件、確認されている。
どれもこれも、相手が勝手に起こした事件だ。
全て優秀な父上とバーナードの手によって大事にはなっていないので、セリーヌの耳には届いていない。
これが父上以外の家族が王都に来られない理由である。
二人の美貌はそれほど半端ないのだ。
それこそアーサー・レントオールに負けず劣らずである。
数日かけて向かう王都までの道中は、休憩や宿に泊まる必要がある。
どうしたってその際には人目に触れてしまうのだ。
だから母上とセリーヌが私に会いにこちらに来ると言ってくれても、私が必死で止めている。
バーナードにはフードを被らせたり、護衛を増やせばどうにかなると言われたが、少しでも危険があるのならやめておいた方がいい。
血の涙を流しながら断る私に、バーナードは苦笑しながらもセリーヌは自分が守ると約束してくれている。
正直、私は兄上任せでセリーヌために何もできない今の自分がもどかしい……。
「セリーヌには自分で判断できるようになるまで、求婚者は選ばないつもりだ。まあ、もしかしたらお前たちと同じように、家にいたいから結婚はしないというかもしれないがな」
父上が娘可愛さにデレデレとそう言うので、私は真面目な顔で同意した。
「その時は、私が一生面倒見ますよ」
「ルドルフがセリーヌと結婚してくれるのかい?」
ドキッ!
父上が含みを込めた笑みを私に向けたので、私は何も言えなくなってしまった。
小さい頃にバーナードにも同じようなことを言われたが、その時は私も子供だったので兄妹だから結婚はできないと思っていた。
だが私とセリーヌに血の繋がりはない。
結婚しようと思えばできないことも……と、そこまで考えて私は頭を振った。
何を考えているんだ、私は。
セリーヌは私を兄として慕ってくれている。
その期待を裏切るような真似などできるはずがない。
私は父上に向かって微笑んだ。
「私とセリーヌは、兄妹ですから」
「ルドルフ……」
父は俯いてしまった私の頭をわしわしと撫でた。
私は毎日のようにセリーヌの姿絵を見ながら、私たちは兄妹、私たちは兄妹と呪文のように唱えていた。
そうでなければ、うっかり邪な感情が湧き出るのだ。
あの子は私にとって天使で宝だ。
汚すことなど決してできない、大切な存在。
セリーヌは私の前でだけは、何故か上品に振舞う。
お転婆なのは知っているし、護身のために兄上に教わって剣の稽古をしているのも知っている。
だけど決して私の前ではその姿を見せない。
もしかして意識してくれているのかと勘違いしそうになったこともある。
だが蓋を開ければ、どうやら兄上がセリーヌに私の前でだけはお淑やかに振舞うように命令したらしい。
何故だ?
私はどんなセリーヌだって愛している。
どんなに乱暴で粗野な態度を取られても、私の眼には可憐で儚い美少女にしか見えないのだ。
だから無理する必要なんてないのになと思いながらも、私のためだけに頑張ってくれている姿を見るのは、とてつもなく嬉しい。
だから私はわざとセリーヌに伝えない。
私の腹に拳をめり込ませているのに、気付いていないと本気で思っているセリーヌが、愛しい。




