ルドルフ・コンウェル ③
私の主となったオクモンド・ハイネス・トルトワは、王族にある傲慢さも我儘な振る舞いもない、とても気性の真っすぐな爽やかな男の子だった。
元来捻くれている私とは正反対の性質ではあったが、何故か私たちは気が合った。
オクモンド様曰く、嘘ばかりの王城で私の真面目さは誠実に感じるのだそうだ。
私はただ、理屈に合わないことが嫌いだっただけなのに。
側近候補として集められたのは、五歳から十二歳までの十人。
全員、王都には居住していない地方貴族から集められている。
父親若しくは母親が付き添っての対面だったが、私は一人でその場に立っていた。
もちろん父上が同行する手はずになっていたのだが、ちょうど出発する前に、屋敷で事件が起きたのだ。
それは懇意にしていた商人が、実は母上に懸想していたというもの。
実害がなければ問題はなかったのだが、あろうことがその商人は母上に言い寄ったのだ。
すぐにその商人は捕らえたが、心配した父上が母上から離れられなくなった。
父上の代わりにバーナードが同行を申し出たのだが、私は私の代わりにセリーヌを守ってもらいたかったので断固拒否し、私は今この場に一人で立ったのだ。
自信満々な態度で父親と一緒に立つ子や、母親の後ろに隠れてクズる子。親が呼んでも部屋の隅から動かなくなる子に、ひたすら喋り捲る子。
その中で一人、真っすぐに前を見て静かに佇んでいる私は他者から見たら可愛げのない子供だろうが、私はそんな自分が誇らしかった。
突然、スッと後ろに誰かが立つ気配がした。
私はゆっくりと振り返り、その者を見つめた。
赤い髪にはしばみ色の眼の精悍な顔立ちのその人は、私を見下ろしてニッコリと微笑んだ。
目の下の黒子が印象的だ。
彼は私に「何故一人なんだい?」と訊ねてきた。
「いけませんか?」
「いけないことはないけど、まさか王都に一人で来た訳ではないだろう? 付添人はどこかに行ったのかな?」
どうやら私の側に大人がいないことを、不思議に思ったようだ。
王都までの道のりには、野盗や獣が潜んでいる。
しかも今は戦後間もない。兵士崩れや民までもが野盗化している可能性もある。
そんな中を、子供一人で数日かけてやって来るなど、想像していなかったのだろう。
だがそれらは、腕の立つ護衛がいれば回避できる。
親がいる必要はないのだ。
私はキッパリと言った。
「断りました。馬車と御者と護衛がいれば、王都にくらい一人で来られます」
すると、彼は目を大きく開いた。
「それは、なかなかに大冒険だったんじゃないかな?」
「たしたことではありません。ちゃんと待っていてくれる家族がいると思えば、どんな所で一人になろうとも平気です。それに、天使が安全な場所で皆に守らていると思えば、それだけで安心ですから」
私の発言に、彼は首を傾げた。
「天使? ……よくわからないが、君はご家族が大事なんだね」
「大事です。家族のためなら私はどんなことでもできます」
私が大きく頷くと、彼は感心したように言った。
「そうか。立派な心掛けだ」
「違います。立派なのは私の家族です。私は、彼らのようになりたいから頑張るんです」
彼の意見に反論すると、彼は苦笑しながらも目元を綻ばせた。
「そうか。それは素敵な家族だね」
その後現れたオクモンド様の口から、後ろに立って話していたのが国王陛下だと知った。
知らなかったとはいえ、生意気な口を叩いたことに私はやってしまったと後悔した。
けれど陛下は笑ってその場をオクモンド様に任せると、部屋の隅に行ってしまった。
それぞれがオクモンド様と会話して、私たちは一人ずつ別室に案内された。
一人、お茶を飲みながら次の指示を待つ。
前王族を手にかけ、国王に君臨したと聞いていた国王陛下は、そのような暴神には見えなかった。
それにオクモンド様も想像していたような方ではなかった。
これならば頑張れるかもしれないと、私は密かに安堵した。
結果、側近候補に選ばれたのは、十二歳と十一歳の年上の子供と私と三人だった。
比較的、堂々とした二人だったと思う。
その中でも、私はオクモンド様と同じ年ということもあり、一緒に机を並べ教育を施された。
流石に帝王学は習わなかったが、それ以外は常に一緒だった。
二年ほどは王宮で暮らしていたのだが、その後私に会いに何度も訪れる父上が王都に屋敷を買った。
領地でずっと執事をしてくれていたゲーテと侍女のマーサが世話をしてくれるとのこと。
彼らは私がコンウェル伯爵家に来て以来、一番身近で世話をしてくれていた二人だった。
好きに使っていいと言われたので、私は早速王宮を出て屋敷に住むことにした。
オクモンド様は残念がっておられたが、これは主従の立場をはっきりさせるためには大事なことだ。
あのままでは私は、彼をバーナードと同じで兄弟のように思ってしまうから。
一年に十日ほど領地に帰ることが許された。
そのたびにセリーヌを構い倒していたのだがある時、私に限界が来た。
圧倒的にセリーヌ成分が足りないのだ。
セリーヌ欠乏症に、集中力も切れる。
セリーヌに会えない状況が、私の精神を疲弊していった。
寝ても覚めてもセリーヌのことを考える。
今は何をしているのだろうか?
お転婆に育ったと聞いているから、そこら辺を駆け回って怪我をしていないだろうか?
私が恋しくて泣いたりはしていないだろうか?
そんなことを考え、居ても立っても居られなくなっていると、様子を見に来た父上に素晴らしい物をいただいた。
それはセリーヌの姿絵。
愛らしく笑う五歳のセリーヌがそこにいた。
「父上、本当にこれをいただいてもいいのですか⁉」
私はキラキラした瞳でその姿絵を抱きしめたまま、隣でちょっと引いている父上に振り向いた。
「そんなに喜ぶとは、どうやら正解だったようだね。バーナードが描かせたのだ。これから一年毎にセリーヌの姿絵を送れば、もっと喜ぶと言っていたが、欲しいかい?」
「もちろんです。お願いします」
私はセリーヌ成分を補充するためのアイテムを手に入れた。
だがそれも、本人に会う日までの繋ぎにしかならない。
頑張って普段の休みを返上し、セリーヌに会うためにまとまった休みを得る。
ゲーテやマーサにはもっと体を労われと小言を言われるが、セリーヌに会えば体調も戻るので問題ない。
そうして私は、この王都で数年の日々を過ごした。
十五歳のデビュタント。
父上と共に出席した会場では、令嬢に押し潰されそうになった。
第一王子の第一側近ともなれば将来安泰だと、今のうちに婚約をと望む貴族に囲まれたのだ。
ダンスを上目遣いでせびる令嬢、煽情的なドレスで体を押し付けてくる令嬢、少しでも色よい返事をもらおうと、言葉責めにしてくる令嬢。
――気持ちが悪い。
私は全ての誘いを断り、父上に気分が悪い旨を伝える。
父上はバルコニーに私を連れて行ってくれた。
「大丈夫かい? 寝不足かな? はい。お水」
私は冷たい水を父上からもらい、ちびちびと飲んだ。
「――王宮にいる女性は苦手です。どれもこれも、実母と同じように見えます。亡くなったあの、着飾るしか能のない母親と……。気持ちが悪い」
つい本音が口から洩れると、父上は苦笑した。
薄々は感じ取っていたのだろう。私が実の両親を厭んでいたことを……。
「まあ、こういう場所では令嬢も戦闘モードに入るからね。少しでも良い令息を手に入れようと必死なんだ。ルドルフはすでに第一王子の側近という誰もが羨む立場を得ているし、頭も顔も良い。オクモンド様に続いての優良物件だ」
「顔の良さなら王宮魔法使いのレントオール様が一番ではないですか」
私は父上の言葉にうんざりしながらも、先日紹介された王宮魔法使いであるアーサー・レントオールの名前を口にした。




