立派な我が家で整理しよう
王都にあるコンウェル伯爵家へと向かった俺は、目の前に聳え立つ立派な屋敷に感心した。
初めて訪れた屋敷は、城とは比べ物にならないが、なかなかどうして大きな屋敷だった。
城から馬車で三十分という場所にあり、公爵、侯爵家ではなく伯爵家の屋敷と考えればたいしたものだ。
ここを次兄が一人で守っているのかと思うと、何かにつけてスリスリ、ベタベタしてくる変態、コホン、過保護な兄でも見る目が変わる。
第一王子の側近として兄でなくては捌けない仕事もあると聞くし、先ほども考えたことだが、俺のこと以外ならば優秀な男なのは間違いないらしい。
馬車から降りると、ずらりと並ぶ使用人に笑顔が引きつる。
ちょっと、雇い過ぎじゃない?
普段、次兄しかいない屋敷にこんなにも必要かと目を丸くしていると、兄がヒョイと俺を抱き上げた。
「セリーヌ、疲れただろう。早く屋敷に入ろう。君の部屋に案内するよ」
「何故、抱き上げる必要が? 一人で歩けます」
「ダメダメ。いくら魔法で治してもらったとはいえ、怪我してたんだから今日ぐらいは安静にしていよう」
ニコニコと本当に嬉しそうに笑う兄に、仕方がないなと諦める。
「執事のゲーテだ。それに侍女頭のマーサ。私がいない時に何かあったら、二人に相談して」
兄が屋敷の主力となる二人を紹介してくれる。
ゲーテは白髪の優しそうなおじいちゃん風。
マーサはふっくらとした肝っ玉母さん風である。
二人共、優しそうではあるが多分一筋縄ではいかないのだろうなという感じ。
そうでなければ兄を支えて、この一等地で屋敷を切り盛りなどできないだろう。
俺は二人に挨拶した。
「セリーヌよ。初めまして。お世話になるわね」
ニッコリと笑う俺を二人は優しく受け入れてくれたが、兄に横抱きにされたまま挨拶をした姿に、二人は苦笑していた。
俺だって本当は自分で歩きたいけど、兄は鍛えていないくせに何故か馬鹿力なので、セリーヌの小柄な体では安易に抜け出せないのだ。
そして、そんな姿を見つめる冷めた目に気付く。
二人の後ろにいたセリーヌの専属侍女、アクネだ。
領地から一緒について来てくれていたのだが、流石に兄に横抱きにされたままだというのには、呆れているのだろう。
俺はアクネからスッと視線を逸らした。
後で小言を言われるかもしれないから、今日はさっさと寝ることにしよう。
早速部屋に案内された俺は……ちょっと、引いた。
ピンクの花柄の壁紙にピンクのソファ、置かれているクッションも花柄のピンク。流石に家具は白で統一されていたが、寝台のシーツなども全てピンクなのである。
可愛いといえば可愛いし、ピンクでも薄い色合いなので優しくはあるが、三十一歳のおっさんの記憶を思い出した俺には、馴染めない気がした。
まあ、セリーヌの外見は小柄で華奢なので、兄からしたらいつまでも幼子で可愛いお姫様のイメージなのかもしれない。
鳩尾に何度も拳をめり込まされてはいるが……。
「どう? どう? セリーヌ? 気に入った?」
ハッ、ハッ、ハッと大型犬が尻尾を振りまくっている幻影が見えた。
俺は大型犬、コホン、兄の頭をなでなでした。
横抱きにされたままなので、撫でやすい。
「ありがとうございます、お兄様。可愛いお部屋ですね」
「気に入ってくれたみたいで良かった。セリーヌのイメージに合わせたんだよ。可愛い私のお姫様」
やっぱり幼いお姫様のイメージだった。
領地では野山を駆け回り、木に登り、泥んこになっていた気がするのだが。
次兄は十二歳の頃から第一王子の遊び相手に選ばれたので、早くから王都に一人で住んでいた。
俺とは年に数回会うだけだったので、俺に対してかなり記憶が美化されているのかもしれない。
その後夕食を食べて、湯浴みは城でしっかり済ませているので、アクネから逃げるためにも早々に寝台に横になった。
ふと、城でのことを思い出す。
今日は大変な一日だったな。
数日かけて領地から辿り着いた王城で、まさかあんな目に合うとは思いもしなかった。
まあ、一番の出来事は俺がおっさんの記憶を思い出したことなのだが。
混乱している時に、あのイザヴェリとの出会いは強烈だった。
第一王子という王族にも会うことになろうとは。
そして、あの美神。
おっさんの記憶を取り戻した日に、あの子に似た彼に会うなんて……。
これも何かの因果か?
そこまで考えて、俺は改めて城に行った時のことを思い出す。
俺は昔この国、トルトワ国の近衛騎士として生きていた。
そう、あの城で日々を過ごしていたのだ。
だから城に着いた俺は、その時には記憶はなかったのだが妙に懐かしい気持ちに駆られ、兄の到着を待たずに散策してしまったのだ。
現実は兄ではなく第一王子が迎えに来たようだが、俺がいなくてさぞかし焦ったことだろう。
そうしてフラフラしているところを、あの女たちに捕まった。
城の庭で王妃様主催の茶会に招かれていたそうだが、仕事が忙しい王妃様は先に退出されて、暇なあの女たちはその場に居座っていたそうだ。
お茶だけでは飽き足らず、ワインまで飲み始めたちょうどその時、贄の羊(俺のことだ)が舞い込んだ。
あいつらはお付きの者をその場に残し、俺を連れて人の来ない場所へと連れて行った。
このことは、後から第一王子に教えてもらった。
一部始終を見ていた城の侍女からの密告である。
建物から離れた鬱蒼とした木々の立ち並ぶ場所まで連れて行かれた俺は、一人の女に無理矢理その場に座らされて、何の説明もないままイザヴェリに頭からワインをかけられた。
ポタポタと頭から滴るワインに、俺は呆然としたのち急激な頭痛に見舞われた。
そこでおっさんの記憶が蘇ったのである。
だが、いきなりのことに混乱したのだろう。
おっさんの記憶に引っ張られるがままに、今の俺の記憶が吹っ飛んだ。
超絶美少女セリーヌちゃんを思い出すまで、少しの時間を有した。
俺はゴロリと寝返りを打つ。
横向きになった俺は左肩を下にして、痛みがないことにホッとした。
本当にきれいさっぱり治ったのだな。
俺の怪我を治した美神が頭に浮かんだ。
俺に怪我を負わせたイザヴェリたちに、これからも何かされるのではないかと懸念していた時、彼は俺を守ると言ったのだ。
たまたま通りかかって怪我を治しただけの初対面の俺に、どうしてそこまで言うのだろう?
皆が唖然とするほど、美神の言葉は衝撃だった。
あの後、流れるように俺の頬に触れようとした美神に驚いた兄が、別れの挨拶もそこそこに俺を抱き上げ、脱兎の如く部屋を飛び出したのである。
馬車に乗ると、兄は何事もなかったように振舞うので、俺も話を蒸し返しても美神の気持ちなどわからないので、そのまま兄に同調した。
けれど改めて思い返しても、おかしな言葉である。
「俺が守るよ」
おっさんの頃に同じ言葉を言ったことはあるが、まさかあの子によく似た彼から言われるなんて……。
同時に、おっさんの頃に側にいたあの子のことを考える。
今でこそ魔法使いの立場は大切に守られてはいるが、あの時代は酷かった。
少しでも力の強い者は城に集められ、飼い殺しにされたのである。
幾度も続く戦争に駆り出されたのだ。
全ての魔法を攻撃に変え、戦場へと送り出される。
かろうじて帰ってこられたとしても、すぐに別の場所へと送られる。
安心して体を休める場所もなければ、手厚く治療されることもない。
まるで使い捨ての駒のような扱いに、人権などなかった。
俺は近衛騎士だったので、城を守るのが仕事だったため戦場に行くことはなかった。
自分より年下の魔法使いが戦場へと向かわされるのを、苦い思いをして見送っていたのだ。
そんな中、連れて来られたのが七歳のあの子だった。
やせ細った小さな体を乱暴に押されながら、戦場へと向かう荷馬車に放り込まれる。
それを見た俺は、気が付けば馬で後を追っていた。
どんなに優れた魔法を持っていたとしても、あの体ではすぐに死んでしまう。
幼い子供がそのような目に合うのは、どうしても許せなかったのだ。