侵入者、現る
お茶会は、快調に進んだ。
面白おかしく話す長兄の卓越した会話に、オクモンド様とエリザベート様はどうやら引き込まれたようだ。
次兄もすました顔でお茶を飲みながらも、長兄の話に耳を傾けている。
アレンは相変わらず、俺の肩に頭を置いて目を閉じている。
何度かエリザベート様と視線が合うものの、俺はその都度パッと視線を逸らして気付かないフリをした。
不敬なのは重々承知しているが、どうしてだろう?
今は何故か、彼女と話をしたくない。
そんな中、肩にあるサラサラと揺れるアレンの髪に、思わず手を伸ばした。
それに気が付いたアレンが「ん?」と顔を上げたので、俺は慌てて手を離して顔を背けた。
俺の挙動不審な態度に、アレンは「んん?」と顔を近付けてくる。
限界まで顔を横に向けた俺の視線に、何やら騒々しい一団が目に入る。
兄たちもそれに気が付いたようで、その場は一旦静まり返る。
そうしてその集団が令嬢の塊だと知った俺たちは、驚愕した。
イザヴェリ率いる貴族の令嬢がこちらに向かってきており、それを周辺を警護していた騎士たちが止めていたのだ。
「何事だ、騒々しい!」
オクモンド様がキッとそちらを睨みつける。
「あら、オクモンド様、こちらにいらしたのですね。ご挨拶に参りました」
いけしゃあしゃあと騎士を振り切ったイザヴェリが、令嬢たちを伴って近付いてきた。
その中には、最初に俺に難癖をつけていたサリアンヌ・バードン伯爵令嬢もいる。
よくよく見ると、ワインをかけた時にいた面子が揃っていたのだ。
彼女たちがオクモンド様の側まで行きそうになった手前で、騎士が剣に手をかけた。
高位貴族の令嬢にむやみに触れる訳にはいかないので、ここまでの侵入を許してしまったが、それ以上は絶対に近付けさせないという空気が騎士の間に広がる。
それを横目に見たイザヴェリは、チッと舌打ちをした。
「見ての通り私は来客中だ。このような場所まで押し掛けるなど、不躾にもほどがある。控えよ」
王族の威厳を醸し出すオクモンド様に、数歩手前で止まっていた他の令嬢は一瞬怯んだが、イザヴェリだけはニコリと微笑んだ。
「何故かお父様に登城を止められていたので、オクモンド様に会えず寂しい思いをしておりました。見れば気心知れた者たちばかり。わたくしたちもお仲間に加えては、いただけませんでしょうか?」
誰がイザヴェリと気心が知れているのだろうか?
長兄以外、皆眉間に皺を寄せている。
「バトラード公爵は今、宮中で苦しい立場にある。君はそんなこともわからないのか?」
ズバリと彼女の今の状況を口にするオクモンド様だが、イザヴェリは扇を口元に当てて笑う。
「ホホホ、周囲が少し騒がしいようですが、我がバトラード公爵家はそんなことでは揺るぎませんわ。それに古参の貴族は、我が公爵家に寄り添ってくれています。ご心配無用ですわ」
「イザヴェリ嬢、貴方の行動はお父上の立場をより悪くするだけですよ」
「側近風情が黙っていなさい!」
前回のお茶会で窮地に追い込んだ次兄を、完全に敵とみなしているのだろう。
次兄を睨みつける目には、憎悪が込められている。
口では大きなことを言っているが、イザヴェリ自身も今の公爵家の立場は危ういものだと自覚しているはずだ。
王族を害する恐れがある暴動を引き起こしただけではなく、いままでの悪事も少しずつではあるが暴露されているそうだ。
公爵夫人が開催していた会の被害者が徐々に声を上げ、脅されて無理矢理傘下に組み敷かれていた下位貴族の者たちも発言を始めた。
その中には、高位貴族の弱みを握るため使用人を買収したり、その使用人を使って金品を盗ませたりしていたという証言もある。
ただそれらは、まだ証言だけで確固たる証拠が出ていない。
証言だけでは、古参の筆頭公爵家を罪に問うことはできないのだ。
「イザヴェリ様、無礼ではなくて?」
流石に伯爵家の第一王子の側近を〔風情〕というのは失礼過ぎると、エリザベート様がイザヴェリを睨みつける。
「あ~ら、エリザベート様までいらっしゃるとは、お珍しい。残念ですわね、セリーヌ様。見目麗しい殿方たちを侍らし楽しんでいたのに、余計な邪魔が入り込んでしまって」
エリザベート様の言葉を無視して、憎々し気にこちらを睨んできたイザヴェリに俺が反応するよりも早く、アレンが肩を抱き寄せた。
それを見たイザヴェリが「! 貴方……」と声を荒げそうになったところで、長兄が立ち上がった。
「お初にお目にかかります、お嬢様方。私はコンウェル伯爵家の長兄、バーナードと申します。弟妹がお世話になっております。そうですね、せっかくいらしたのですから、ご一緒にチョコレートでも如何ですか? オクモンド様がご用意してくださった、我が領の新製品です。高ぶったお気持ちを癒してくれますよ」
そう言って、自分の皿を持ちながらイザヴェリの元まで歩いて行った長兄は、おもむろにチョコレートを一つ手にして、なんとイザヴェリの口元に持っていったのだ。
「なっ、無礼な!」
「お綺麗な手が汚れてはいけませんので、不肖ですが私の手をお使いください。その可愛らしいお口を、少しだけ開けてはいただけませんか?」
色気の含んだ笑みを顔に張り付け、ジッと見つめられたイザヴェリは顔を真っ赤にして、気が付けば小さく口を開けていた。
そこにポイッとチョコレートを放り込む長兄。
驚くイザヴェリに、尚も甘い笑みを向けて「如何です?」と囁く。
「わ、悪くないですわ」
むぐむぐと咀嚼しながらチョコレートの甘みを堪能したイザヴェリは、そう素直に口にした。
それを聞いた長兄が、破顔する。
「そうでしょう。このチョコレートは我が領地が誇る世紀の発明品なのです。由緒あるバトラード公爵家のご令嬢に褒めていただけたとあらば、これからも自信をもってお勧めできます。ありがとうございます」
イザヴェリが、ノックアウトされた。
真っ赤な顔でボ~っと長兄を見つめる瞳には、ハッキリとした恋慕が浮かんでいる。
「あ、あの……」
イザヴェリがもじもじと長兄に声を掛けようとすると、長兄はくるりと他の令嬢の方に体を向けた。
「皆様もお味見していただけますか? バトラード公爵令嬢の保証付きです。どうぞ、私が食べさせてあげましょう」
長兄は他の令嬢の口にも、ポイポイとチョコレートを放り込んでいく。
皆トロンとした表情で、長兄を見つめる。
社交辞令に慣れた令嬢を次々と落としていく長兄に、俺と次兄は溜息を吐き、オクモンド様とエリザベート様は唖然とし、アレンは興味がないというように、俺の髪を指先でくるくる撒いて遊び始めた。
「ちょ、ちょっと、貴方、バーナード様と仰ったわね」
他の令嬢に笑顔を向けていた長兄に、イザヴェリが割り込んで口を開いた。
「はい。もう名前を憶えていただけたのですね。光栄です」
長兄が微笑むと、イザヴェリは得意げに胸を張った。
「ま、まあね。私は次期王妃になる身。人の名前を覚えるのは得意なのよ。それよりも、このお菓子、気に入ったわ。屋敷に持ってきてちょうだい。もちろん、貴方がね」
イザヴェリが長兄を商人のように扱う。
口では次期王妃になる身などと勝手なことをほざいているが、その真意は長兄を家に招き親密になることだろう。
次期王妃が聞いて呆れる。
「申し訳ございません。私自身が直接販売は行っていませんので、すぐにお入り用でしたら王都で取り扱っているお店でお買い上げください。大量に仕入れる場合は、コンウェル領の仲介者に話を通しましょう」
長兄はイザヴェリの意図を理解しながら、わざと自分は関わってないと答える。
これがオクモンド様やエリザベート様の頼みなら、二つ返事で承るに違いないのに。
ニコニコと笑う長兄に、イザヴェリは尚も言い寄る。
「だったら取り扱っているお店に案内なさい。わたくしが直接足を運ぶのだから、もちろん貴方がエスコートするのよ」
そう言って長兄にしなだれかかった途端、周囲にいたイザヴェリの取り巻きだったはずの令嬢たちが、イザヴェリを長兄から引き離した。
「イザヴェリ様、オクモンド様の前で他の男性に触れるのは、はしたないですよ。バーナード様のお相手は私たちに任せて、オクモンド様のお側に行かれたら如何です?」
サリアンヌ・バードン伯爵令嬢が、ニヤリと笑ってイザヴェリを見据える。
「そうですよ。お菓子も私たちがバーナード様にお店に連れて行ってもらって買ってきますわ」
「イザヴェリ様がわざわざ足を運ぶ必要などございません」
他の令嬢たちも追撃し、イザヴェリと令嬢たちの間に、パチパチパチと火花が飛び散った。
長兄に落ちた令嬢たちが、一気に敵対心をあらわにし始めたのだ。
長兄争奪戦の始まりである。




