二回目のお茶会
長兄が王都に来た次の日、早速オクモンド様からお茶の誘いを受けた。
出席者は当然オクモンド様と長兄と次兄、そして俺と今回は仲間外れにされなかったアレン。
最後に、何故か王女であるエリザベート様もいらしている。
イザヴェリに色々と迷惑を掛けられていたと聞いていた俺は、一度会いたいと思っていたので、ちょっと嬉しい。
本日は城の庭園にある四阿で行われるらしく、兄二人と訪れた俺をオクモンド様とエリザベート様、アレンが出迎えてくれた。
俺たちの姿を見つけると、オクモンド様が満面の笑みで迎えてくれる。
「よく来たね、コンウェル伯爵家の三兄妹。貴方がバーナード殿か。会えて嬉しいよ」
「ご尊顔賜りまして、恐悦至極にございます。バーナード・コンウェルと申します。本日は、お招きありがとうございます」
「いつもルドルフには世話になっている。本日は私的な会だ。堅苦しいのはやめよう。楽にしてくれ」
気さくに話しかけるオクモンド様に、長兄も「ありがとうございます」と軽く頭を下げる。
それぞれが挨拶をして、落ち着いたところで椅子に座る。
オクモンド様を中心に右隣にエリザベート様、アレン。左隣に次兄、長兄、俺の順で座った。
本来なら長兄の方がオクモンド様に近い場所に座るのだが、側近の次兄が間に入った方がお互いに気が楽だろうと、この席になった。
「本日は、お兄様に無理を言って同席させてもらったのよ。内々でお会いしたかったでしょうに、邪魔をしてごめんなさいね」
エリザベート様がニッコリと微笑みながら、そんなことを言った。
「何を仰います。美しい花が舞い込んで、喜ぶ以上のことがございましょうか。田舎者の私が、こうして国一番の美姫にお目通りさせていただきましたこと、大変光栄でございます」
長兄の社交辞令が凄い。
確かにエリザベート様は薄い、どちらかというとピンクに近い赤髪で、緑眼の美少女である。
俺とは違って身長も高く、スラリとした美しい立ち姿は、長兄が言ったように国一番の美姫といっても過言ではない。
だがそんな王女様が笑顔のまま、次兄に声をかけた。
「ねえ、ルドルフ様。貴方のお兄様はいつもこんな話し方なのかしら?」
「まさか。普段はもっと粗野です」
「そうよね。これが普段の話し方なら、わたくし早々に引き上げようかと思いましたわ」
長兄が笑顔のまま固まった。
どうやら王女様は、長兄の話し方が気に入らなかったようだ。
「こら、エリザ!」
オクモンド様が驚いて王女様を窘めるが、彼女は気にした風もなく長兄の方に身を乗り出した。
「ねえ、普段通りに話してくださらない⁉ 公の場ではないのだから、お互いに疲れてしまうわ」
年下の女の子にズケズケと言われて、長兄が苦笑する。
「わかりました。ですが流石に普段通りという訳にはいきませんので、それはご了承ください」
「仕方がないわね。わかったわ」
どうやら二人の間で和解が成立したようだ。
王女様は想像以上に、気が強い。
陛下の子供だから、なんとなくおっとりとした雰囲気をイメージしていたので、ちょっと吃驚だ。
しかしそんな彼女でも、イザヴェリには手を焼いていたのだと思うと、イザヴェリってどこまで凄いんだと逆に感心してしまう。
オクモンド様は「気の強い妹ですまない」と長兄に謝罪している。
王族がそんな簡単に謝らないで。
長兄は快く頷いているが、次兄には『事前に言っとけ』と小声で文句を言っていた。
俺もそれには同意見だ。
これほどハッキリと口にするような女性なら、先に知らせておいてくれたら心構えもできたのにと、次兄を少し恨む。
「本日はバーナード殿がいらっしゃるので、王都にあるチョコレート菓子を集めてみた。今のところ、そのままで売っている物が多いが、クッキーに砕いたチョコを混ぜた物が目新しいのではないかな。これはセリーヌ嬢の案だったね」
オクモンド様がテーブルに並べられている菓子とは別に、チョコレート菓子が盛り沢山に乗せられたワゴンを侍女に持ってこさせた。
おお、確かにこれは、以前長兄にもらったチョコレートだ。
そして俺の案って、先日行ったカフェの主人がもう商品として売り出していたのか。
それは早いなと、俺もクッキーに目が引き寄せられる。
そんな俺に、長兄が横からガシッと腕を掴んできた。
「セリーヌの案って、どういうことかな?」
あ、不味い。
長兄が自分たちの作った菓子を自領ではなく、王都で新商品としたことに気分を害しているようだ。
俺が困って長兄の横にいる次兄に視線を送ると、次兄がそれに気が付いてくれた。
「大丈夫ですよ、兄上。そこの主人とはちゃんと契約を済ませています。コンウェル領に損はありません」
次兄の言葉に「流石、ルドルフ。信じていたぞ」とガシガシと次兄の頭を撫でまわした。
「やめてください、兄上。王族の前ですよ」
「あ、悪い。だが報告が遅いのは反省しろ」
今度はピンッと額を指で弾かれている。
長兄と次兄のそんな姿に、オクモンド様は目を細める。
「仲が良いのだな。羨ましい」
最後の言葉、聞こえちゃいましたよ。もう、寂しがり屋なんだから。
小皿に取り分けたチョコレートを、侍女がそれぞれの前に置いて行く。
一口サイズのチョコレートと砕いたチョコが入ったクッキー、そしてスポンジにチョコがかかったケーキと、あの店にあった商品が乗っていた。
アレンの前に小皿が置かれたのを見たエリザベート様が、アレンの腕に手を添えた。
え? とその光景に目が釘付けになる。
アレンが俺以外の女に、触れさせた⁉
「ねえ、アーサー。貴方甘い物嫌いでしょう。これ、ちょうだい」
「勝手にして」
そう言ってエリザベート様が皿を取り上げている間に、アレンがスッと立ち上がり、何故か俺の横に椅子を持ってきて座った。
「おい、アーサー」
抗議するオクモンド様の声を無視して、アレンは俺の肩に頭を乗せる。
「ねえ、バーナード。オークがチョコレートの話が聞きたいってさ」
アレンは好きに話して、というように手をちょいちょいと振って、頭を乗せたまま目を閉じた。
「アーサー、兄のいる前で、淑女に対してそれは失礼だろう。離れなさい」
オクモンド様が注意するも「今更?」と不思議そうに返すアレン。
ああ、いつものアレンだと、俺は何故かホッとした。
先ほどエリザベート様に触れさせたアレンを見た時、俺の胸はざわついた。
あれほど人嫌いだと、人に触れられる前に離れると言っていたアレンが、ああも簡単に女性に触れさせたのを見て、俺は不思議と落ち着かない気分になったのだ。
俺は一体、どうしたというのだろうか?
意味不明な胸のざわつきに、頭をひねる。
こんな気持ちはセディの時にも感じたことはない。
初めての感覚に、俺は眉間に皺を寄せたのだった。




