長兄と魔法使い
「セリーヌを僕にちょうだい」
「はっはっは、犬猫ではないのだから、そう簡単にはあげないぞ」
「ケチ」
――何故か長兄とアレンが馴染んでいる。
俺は長兄が朝食の席に現れてからすぐに、アレンを自室に呼び出した。
セディの件とか余計なことを言わないように打ち合わせをしたのだが、アレンは何食わぬ顔で俺が止めるのも聞かずに、そのまま談話室にいる長兄の前に歩いて行ったのだ。
驚く長兄に「初めまして、アーサー・レントオール。王宮魔法使いです」と挨拶をした。
長兄は目を丸くしていたが、すぐにニヤリと笑った。
「セリーヌの兄のバーナード・コンウェルです。へえ、王宮魔法使い殿は美しいですね。一瞬、見惚れてしまいました」
そう嘯く長兄に対し、アレンもニヤリと笑う。
「どうぞ、いくらでも見惚れてください。それでセリーヌとの婚約話が進むようなら、いくらでもこの顔を有効活用いたします」
そこで長兄はハハハハハと大声で笑った。
そして現在。
長兄が机の上に置いた沢山の書類を見ている横で、アレンが隣の椅子に座りブーっと膨れている。
俺はというと、そんな二人の間に座り菓子を摘みながらお茶を飲んでいた。
「セリーヌ、菓子クズを書類に零すなよ」
「失礼な。そんなことしませんよ」
「大丈夫。僕が零さないように魔法をかけておくから」
「へえ、そんなこともできるのか。けれど、それは甘やかしだな。菓子クズくらい零さないように上手く食え」
「だから零さないって言ってるでしょう。何なんですか、貴方たちは」
二人して俺を揶揄ってくるので、俺は機嫌が悪くなる。
何、意気投合してんだよ。
その後、長兄は大事な書類なのか無言で集中し始め、機嫌の悪い俺は無言でむしゃむしゃと菓子を食っていたので、暇になったアレンは手持ち無沙汰になったようで兄の書類を手に取った。
何枚かに目を通して、おもむろに口を開く。
「大変そうだね。手伝う?」
「できるのか? 販売に関しての書類だぞ」
「魔道具の販売は、僕を通してから城に委ねられるからね。一応すべてに目を通してる」
そう言って、長兄がサインした物を機関に届ける物、相手方に渡す物、こちらで保管しておく物とにサッと仕訳けた。
「ほう、アーサー殿は魔法だけでなく優秀なんだな。なるほど、その地位は伊達ではないということか」
「皆、勘違いしてるけど魔力が高くても勉強しなければ、ちゃんとした魔法は使えないよ。馬鹿じゃ魔法使いにはなれない」
「アハハ、そうか。それは失礼した」
「そう思うなら、セリーヌ、ちょうだい」
「まだ、駄目だ」
そんなやり取りをしながらも、そのままアレンは長兄の手伝いをし始めた。
「これは、省略した文面の例文が城にあるよ。それを真似て作り直した方がわかりやすいと思う。魔法塔にも控えを置いているから、よければ写してこようか?」
「そんな物があるのか? それは助かる」
「あとこれは、相手方と話す前に城の専用の部署に確認した方がいい。領地と王都では扱いが違うはずだ」
「なるほど。わかった。そうしよう」
「ルドルフに間に入ってもらった方が早く処理できると思うけど」
「そうだな。頼んでみる」
魔法塔の長の名は伊達ではない。
アレンのアドバイスは、長兄の仕事に大変役に立っている。
優秀なアレンを目の当たりにして呆気に取られる俺をよそに、次々と書類の束が処理されていく。
ほえ~っと、俺は感嘆の声を漏らす。
こんな姿見たら次兄は怒るだろうなと、俺は目を細める。
本当に仲良しになったもんだ。
長兄の性格もあるだろうが、何気にアレンは無表情なのに、それなりに人付き合いができている。
魔法塔でもちゃんと人望を集めているようだし、昔の人を寄せ付けないアレンの姿を思い出した俺は、感慨深くなる。
うん、成長したな、義息子よ。
うんうんと頷いている俺の肩に、アレンが頭を乗せてきた。
「頑張ってるのに、バーナードがセリーヌくれない」
「菓子をくれみたいに言うな。お前、自分の仕事はいいのか? 顔合わせもしたし、戻ってもいいよ。また何かあれば呼ぶから」
俺が溜息を吐きながら肩にあるアレンの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じる。
「ん~、バーナードがいる間に返事が欲しいんだけどな。ねえ、バーナード。コンウェル伯爵はなんて言ってるの?」
アレンが長である父上の意見を訊く。
確かに父がなんて言っていたか、まだ聞いていなかった。
俺もアレンと一緒になって、長兄を見つめた。
長兄は書類の束をトントンとまとめながら、こちらを見てニヤッと笑った。
「父上は俺に任せたと言っていたな。セリーヌが幸せになる道を選んで来いとも言われた」
「だったら僕以上にセリーヌを幸せにできる奴はいないよ」
ガバッと顔を上げたアレンに、長兄は目を見張る。
「アハハ、なんだ、その自信は?」
「だってセリーヌのことは、僕が一番知っているもの。僕以上に、セリーヌの望みを叶えられる奴もいないよ」
アレンの自信満々な言葉に一瞬驚いた表情を見せた長兄は、すぐに口角を上げた。
「……オクモンド様はどうだ? この国の第一王子だ。地位も名誉も金も、何でも手に入るぞ」
「おかしなことを言うね、バーナード。そんな物、セリーヌは欲しくないよ」
キョトンと首を傾げるアレンに、長兄は目を見開いた。
確かにそんな物は微塵も欲しくはないけど、そう言い切られると貴族令嬢としてはどうかと思うな。
まあ、そんなことは長兄も知っているはずだが、何故アレンを煽るようなことを言ったのだろう?
俺とアレンの不思議そうな表情に、長兄はぷはっと笑った。
「何だ、お前ら二人して。同じような態度をとるなよ」
俺はアレンと顔を見合わす。
何がそんなにおかしいのだろう?
長兄のツボがわからないと、首を傾げ合う。
「よくわからないけど、お金ならそれなりにあるよ。セリーヌくれるなら、全部あげる」
無垢な眼差しで下世話な取引をされた長兄は、体をのけ反らせる。
それなりにって、確かにアレンはかなり高い地位にいるし、領地も持っている。
王族とまではいかないが、ひと騒動になるくらいにはあるだろう。
それを俺と引き換えにしようとするなんて……マジで怖い。
「いらねぇよ。お前何気にサラッと怖いこと言うなよ。それってセリーヌを金で買うとか言っているようなもんだぜ」
流石の長兄も、ちょっと引いている。
「別に、僕にとったらお金なんかよりもセリーヌが大事だってだけのことだよ。お金なんかいくらでも集められるけど、セリーヌがいなくなったら、僕はもう生きていけないもん」
「おいおいおい、重過ぎるだろう。なんでそんなにベタ惚れしてるんだ?」
「生半可な気持ちで、求婚なんてしない」
アレンの本気に、長兄の口があんぐりと開かれる。
確かにアレンの気持ちは重い。重いが、セディの件がある以上、大袈裟だとは思わない。
それほどまでにアレンは本気なんだと、俺は改めて思った。
これは……いつまでも逃げ回っている訳にはいかないな。
俺はアレンを見つめた。
ニッコリと微笑むその瞳に、重くて深い底なし沼のような想いが込められている。
その瞳に、俺は気付かないうちに引き込まれていた。
そして、そんな俺たちを長兄が真面目な顔で見つめていたことに、俺とアレンは気付かなかった。




