何故かグイグイ来る
「そういえばアーサー、君はここで何をしていたの? 魔法塔から出てくることなんて滅多にないのに。こんな人通りのある客間になど、何の用だい?」
第一王子がふと、美神がタイミングよくこの場所にいたことを不思議に思い、問う。
「確かに。セリーヌの一大事でしたから助かりましたが、貴方をこのような場所で見かけるのは初めてです」
兄も同意して、美神の突然の登場に眉を顰めた。
それほど彼がここにいることは珍しいのだろう。
まあ、出会ってまだそれほど時間は経っていないが、それでもかなり変わった男であることは確かなようだ。
人との対話も苦手なようだし、そんな人間が城内以外の人間がうろうろしてそうな場所に足を向けるのは変かもしれない。
トルトワ国では、六つの属性からなる魔法を皆が使える。
だが、その力は微々たるものだ。
普通は一つの属性に小さな奇跡。
たとえば火の魔法が使える者は、小さな蝋燭ほどの火を出すだけ。
水の魔法はコップ一杯の水が出せる程度。
土の魔法は植物が数日早く成長するぐらいで、風の魔法はそよ風を起こす。
光魔法や闇魔法に関しては、お目にかかることもない。
普段の生活に少しだけ役立たせる程度の魔法なので、人々に自分が魔法使いだという概念はほとんどない。
その中で稀にとびぬけた力を持つ人間がいる。
桁外れの魔力を持つ者や二つ以上の属性を持つ者など。
その限られた者だけが魔法使いと呼ばれ、国に従事している。
王宮魔法使いとは、その中でも特に選ばれた集団だ。
先ほどの美神の力を思い出せば一目瞭然。
傷を癒したり冷気を漂わせるなど、トップレベルだろう。
魔法塔とはそんな彼らが魔法の訓練や研究、魔法道具の製作などの仕事をしながら生活している空間なのである。
目の前の美神は、普通に生活していたら貴族であろうと田舎者の俺では決してお目にかかれない人物である。
まあ、そんなことをいえば第一王子も雲の上の存在ではあるのだが。
そんな二人とこうして一緒にお茶を飲んでいられるのも、次兄が彼の側近として日々頑張っているおかげで得た特権である。
この状況を喜ぶべきかどうかは横に置いておくとして、次兄は俺が思う以上に優秀な人物と考えていいのだろう。
デレデレで残念な姿しか見たことはないが。
なんて、そんなことはどうでもいいが、要するにそんな希少種が保護された建物から出て、このような人の多い所にいるなんて普通ではありえないということだ。
よっぽど何か大事な用事があったのではないかと思うのは、当然だろう。
部屋の中にいる全員がジッと返答を待っていると、口元に拳を当てた美神が呟いた。
「……気配を感じたから」
「気配?」
「うん。大切な気配」
首を傾げる第一王子に、美神は頷く。
王子は眉を顰めると、再び美神に問う。
「それは危険なものではないのか?」
「尊いものだよ」
「?」
美神の返答に意味がわからないと、第一王子は眉間に皺を寄せた。
「人や国に危険なものでは、ないのですね。それでしたら、これ以上問うことはいたしません。アーサー殿個人の問題ということで。いいですね、オクモンド様」
兄がこれ以上問いただしても意味がないと、早めに話題を切り上げた。
確かに誰かに危険が追っているとか、国に問題が生じたとかではないのなら、俺らがやいやい言うのは余計なお世話であろう。
第一王子もそのように考えたのか「悪かった。もういいよ、アーサー」と話を終わらせた。
「それで、イザヴェリ嬢にはどのような罰を与えてくれるのですか、オクモンド様?」
「うっ」
結構長い時間ここにいるけど彼らの仕事は大丈夫なのだろうかと、心配になって来た時、兄が突然話を元に戻してしまった。
顔が引きつる第一王子。
「うっ、ではありません。我が妹が言い掛かりをつけられたうえに大怪我まで負わされたのですよ。このまま見過ごせるはずがないでしょう」
「あ、あー、そうだな……」
兄の意見は最もだが、第一王子の様子からしてやはりイザヴェリ嬢というのは厄介な人物らしい。
俺は兄の服の裾をつんっと引っ張った。
途端にだらりと顔が緩む兄。
「どうした? お腹が空いたかい? そのお菓子食べていいよ」
兄がテーブルの上にある焼き菓子を勧める。
美味そうな菓子ではあるが、今はそれよりも聞きたいことがある。
「いえ、今は結構です。それより宮廷魔法使い様が治してくださったので、私は本当に大丈夫ですから、あまり殿下を困らせないでください。イザヴェリ様という方は、糾弾しにくい、お立場なのでしょう?」
俺が第一王子の立場も考えてやれと言うと、兄は「私の妹は聡いなぁ」と頭をなでなでしてきた。
そんな俺たちの姿を見て、第一王子が苦笑する。
「セリーヌ嬢、気遣いに感謝する。その、イザヴェリ嬢は、古くからあるバトラード公爵家の一人娘なんだが、公爵が彼女を溺愛していて誰も彼女に逆らえない。今回のことも真実を語ったところで、イザヴェリ嬢が先ほど私に言っていたようなことを言えば、公爵が表に出てくることは想像できる。問題が大きくなるだろう」
あちゃ~、やっぱり相当厄介な女のようだ。
どうりで、グラスの破片を平気で人の顔に押し付けてくるはずだ。
相手が貴族だろうと何だろうと、簡単に揉み消せると思っているのだろう。
普段から嬉々として使用人などを虐めている姿が目に浮かぶ。
「だからって、このまま泣き寝入りしろっていうのですか?」
兄が俺の頭を撫でながら、第一王子を半眼で見つめる。
「そうではないが、今ここで問題にしてセリーヌ嬢のデビュタントに何かあったら、それこそ大変だろう⁉」
どうやら第一王子は俺のデビュタントを気にしてくれているようだ。
確かにそんな面倒くさい女ならば、こちらが先ほどの件で騒げば、デビュタントを邪魔してくるのは目に見えている。
「このまま何もしなくても殿下が妹を助けてくれた時点で、何かしてきそうな感じではありますよね」
うぐっ、と第一王子は言葉を詰まらせた。
そうか、第一王子が俺を助けたということで、俺はもうあいつらに目を付けられているのか。
いや、サリアンヌ・バードンがイザヴェリに俺の話をした時点で、俺は虐めの的にされているだろう。
「デビュタントの夜会に出ずに、このまま領地に帰るというのはまずいですよね?」
なんか色々と面倒くさくなってきた俺は、変な女に絡まれる前に逃亡したいと願うが、それは流石に無理だろうと第一王子が苦笑する。
横では兄が、この世の終わりのような顔をしていた。
ごめん、俺のデビュタントを一番楽しみにしていたのは兄だったね。
両親や長兄が参加できない分、自分がただ一人の保護者だと勢い込んでいた次兄に、簡単に逃亡を決め込もうとして、申し訳なくなる。
「僕が守るよ」
俺たちの会話を黙って聞いていた美神が、口を開いた。
それも何故か自分が参加するような口ぶりだ。
「え、守るって?」
どういう意味? と首を傾げる俺に、美神はふわっと微笑んだ。
ドキッ!
あまりの美しさに俺の心臓が音を立てた。
俺だけじゃなく、第一王子や兄や護衛騎士まで顔が赤くなる。
美神の微笑みは男にも容赦なかった。
ドキドキドキドキと早鐘を打つ俺の心臓に気付いているのかいないのか、美神はスッと無表情に戻ると、俺を見ながらこう言った。
「君のことは、僕が守るから安心して」