長兄、現る
楽しい宮廷見学が、最後には訳のわからない状況になってしまった。
久しぶりに盛り沢山な一日に、脳ミソが沸騰しそうだ。
三人がギャーギャーと喚く中、俺はバンバンバンとテーブルを叩いて三人を黙らせる。
「う・る・さ・い」
俺の想像以上に低い声に、三人は固まった。
思わず素が出てしまったが、もう今更だ。
オクモンド様にも気を使う必要はないだろう。
いや、素の俺を見て我に返ってくれるとありがたい。
だが固まるほど驚いたくせに、目をキラキラさせてこちらを見ているのは、如何なものか。
何かのフィルターがかかっているのは、明らかだった。
「お三人の仲が良いのは十分に堪能いたしましたが、これ以上は収拾がつきそうにありませんので、私から一言。オクモンド様、お話は伺いました。ですが、私の婚姻については当主である父の意向に従うまでです。正直、私みたいな田舎者に王子様の婚約者など荷が重いし、できる気も致しません。それを重々考慮いただきたいと思います。アレン、貴方も王族をもう少し敬いなさい。貴方の態度は不敬過ぎます。最後にお兄様、結婚はしてください。お願いします」
一言と言っておきながら、三人に十分釘をさした俺はペコリと頭を下げた。
「それでは、本日はありがとうございました。失礼いたします」
「あ、セリーヌ待って。私も帰るよ」
「お仕事はいいのですか?」
俺が帰ろうとすると、兄が一緒に帰ると言い出した。
仕事はもういいのかと訊ねると、兄はくるっとオクモンド様に向き直る。
「いいですよね、オーク。今日はもう、仕事もできそうにありませんから」
兄の言葉に、オクモンド様は苦笑を浮かべる。
「……そうだね。私も少し頭を冷やそう。皆、すまなかったな」
「僕も戻る。ヨハンには後で謝っておく」
オクモンド様の謝罪に、アレンも庭園での脱走は流石に無礼だったと反省したようだ。
後で陛下に謝ると口にした。
そうか、アレンはいつでも陛下に会える立場にいるようだ。
昼間の兄上の姿を思い出し、少しだけ羨ましくなる。
では失礼、と皆がその場を立ち去り、残されたオクモンド様の姿を目の端に捉える。
初恋をあのように問答無用で断ってしまって、少し可哀想だったとは思うものの、これも一国の王子の試練だと諦めてくれればと願う。
そうして俺は、兄と共に伯爵家の馬車に乗った。
馬車の中、兄はずっと黙ったままだった。
兄は兄なりに思うところがあるようだ。
俺は声を掛けられないのをいいことに、目を閉じて一日の疲れを癒す。
いや、マジで、疲れた~~~。
翌朝、食堂で何故かガツガツと慌ただしく、それでいて一切下品に見えない所作で食事をする兄の姿があった。
正確には、次兄ではなく長兄。
王都にいるはずのないバーナードお兄様が、こちらの存在にも気付かずに朝食を平らげていたのである。
俺の後ろから珍しく遅れてやって来た次兄が「うわっ、本当にいる」と驚いた声を上げ、その声に反応した長兄が、やっと俺たちの存在に気が付いて立ち上がった。
「おお、ルドルフ、久しぶり。セリーヌ、兄の胸に飛び込んで来い」
「嫌です。おはようございます、バーナードお兄様、ルドルフお兄様」
「セリーヌ、おはよう。今朝も可愛いね。兄上、お久しぶりです」
長兄が絶好調で叫び、俺が冷静に朝の挨拶をして、次兄が何故か長兄より先に俺に挨拶をした。
「どうした、セリーヌ? いつもは俺の姿を見たら飛びついて来てたのに。ちょっと合わない間に淑女の自覚ができたのか?」
「どこの獣ですか? 飛びついて来ていたのは、バーナードお兄様の方でしょう」
「そうだったか? まあ、どうちらでもいい。おいで、セリーヌ」
両手を広げる長兄に俺は苦笑しながらも、そっと腕の中に収まった。
「お元気そうで何よりです、お兄様」
「うん。セリーヌも元気そうで良かった」
俺と同じラベンダー色の髪に青い瞳の長兄は、久しぶりに見ても野性味溢れる色男だ。
次兄たちにはない大人の色気も備わっているくせに、お日様の匂いのする爽やかさ。
粗野だが、決して下品ではなく、とにかく懐が深い。
居心地が良く、セディと似たところもあって、正直親近感がわく。
「……どうしてセリーヌは、兄上の言うことは素直に聞くんだ? 私には抱きついてくれたことなど、ないのに」
次兄が目に見えてしょんぼりとする。
そう言われても、同じシスコンでも長兄の愛情はストレートで、次兄は……なんだか粘着質な感じがして、無意識に身構えてしまうのだ。
懐かれたいのなら、ベタベタと触るのは控えてほしい。
そんな俺たちに溜息一つで気持ちを切り替えた次兄は、椅子に座りながら長兄に訊ねた。
「ところで、どうして兄上が王都にいるのですか? 忙しかったのではないのですか?」
「そうですよ。私のデビュタントも忙しいからと同行を断ったではないですか」
次兄の言葉に、俺はそうだったと長兄の腕の中から顔を上げた。
長兄が王都について来ないと知った時は、それなりにむくれもしたのだ。
納得のいく説明を願う。
長兄は俺を椅子に座らせながら、自分も座りなおし顎を掻いた。
「そうなんだけどね……セリーヌ、お前に王宮魔法使い殿から婚約の打診が届いているのだが、心当たりは?」
ギクッ!
そ、それかー。て、それしかないかー。
ま、まあ、そうだよな。忙しい長兄が仕事を放ってまでここにいる理由なんて、それぐらいしかないよな。
ちょっと、忘れてた……。
俺は冷や汗を垂らしながら、長兄の視線を笑顔で受け止めていた。
「相手が勝手にセリーヌに惚れたんですよ。いつものことです。まあ、色々と助けてはいただいておりますが、想いを通じ合わせている訳ではありません」
次兄が俺たちの気持ちを勝手に伝える。
でも助けてもらっていたのは認めるんだな。
「嫌な奴なのか?」
「いえ、言葉は少ないのですが、まあ、王家の味方です」
「王宮魔法使いとあるが、父上から聞くところによると筆頭王宮魔法使いであるとか」
「賢者の称号をいただいておりますから、実質魔法使いの長でもありますよ」
「それほどの地位の奴が何故、セリーヌと出会う羽目になったんだ?」
「それは……」
次兄が説明をしようとしたところで、ゲーテが先にお食事をと促してくれたので、俺たちは朝食をとることにした。
その間に次兄は登城が遅れる旨を、城に伝えに行かせる。
話が長くなるのを見越しての行動だ。
こういうところは、しっかり者の次兄らしい。
朝食が終わり、落ち着いたところを見計らって次兄は、俺が王都にやって来た日からの出来事を、かいつまんで説明した。
――長兄の無表情が怖い。
話が続いていく中で、どんどんと目を細めていくのがマジで怖い。
聞き終えた長兄は暫く思案した後、深い溜息を吐いた。
「話はわかった。ただ魔法使い殿がセリーヌの何を気に入ったかはわからないが、どうやら本気ではあるらしい。セリーヌはどうなんだ? 結婚してもいいと思える相手か?」
長兄がストレートに訊いてきた。
どうやら回りくどい話をする気はないようだ。
「えっと……」
セディの頃の話ができない以上、アレンとの繋がりも話せない。
長兄からすれば、男女の仲だけのことだから好きか嫌いかの二択なのだろう。
だが俺としては、そう簡単に割り切れる話ではないから、どう言えば誤解を生まなくて済むのかわからない。
アレンのことは好きだ。けど、義息子と結婚するのは抵抗がある。そういったところだ。
俺が言い淀んでいると、次兄が隣から「兄上」と長兄に話しかけた。
「実は、その件でもう一つ困った問題がありまして……」
「まだ何かあるのか?」
長兄に訊ねられ、次兄は困った表情ながらもキッパリと告げた。
「オクモンド様もセリーヌに告白いたしました」
「は?」
「私が仕えているこの国の第一王子、オクモンド・ハイネス・トルトワ様です」
「……名前くらい知っている。そうじゃなくて……なんだか、ややこしくなっているようだな」
「はい」
「……………………」
長兄が右手で目元を隠しながら天を仰いだ。
うん、なんか、マジで、ごめん。
俺は長兄に向かって手を合わせた。




