現実を見てくれ
「「「…………………………」」」
オクモンド様の熱弁を聞いて俺たちは……絶句した。
まさか彼が、ここまで俺のことを見ていたなんて思わなかったのだ。
だが俺にしてみたら、それって誰のこと? 状態だ。
オクモンド様が語る俺は立派過ぎて、野生児のセリーヌとはかみ合わない。
助けを求めるように兄を見たが、彼もまた絶句している。
アレンは……と、彼の様子も見たいが、後ろからいつものように抱きつかれているので確認できない。
オクモンド様は、あれだな。
兄と同じだ。
俺に理想の女性を夢見ている。
俺なんてただの、おっさんの記憶を持つ田舎令嬢に過ぎないのに。
おっさんの記憶を持っているのだから、ただのとは言わないかもしれないが、とにかくオクモンド様が見ている俺とは違う生き物だ。
これは、どう伝えればいいのだろうか⁉
俺なんかを構う暇があれば、王妃に相応しい令嬢を早く見つけてほしいものだ。
俺みたいな作り物とは違う、本当に素晴らしい令嬢を。
そしてこの国を、より平和な国へと導いてほしい。
それが現国王ヨハシュト、俺の大切な兄の息子である君にしてほしいことだ。
俺はオクモンド様に手を伸ばそうとした。が、その手を後ろにいるアレンに捕まれた。
「オーク、君がセリーヌを気に入ったのはわかったけど、君より先に僕が求婚しているんだよ。その僕の前で、よく告白なんてできるね」
「だからアーサーのいない所で、と思ったけれど君は遠慮する気はないだろう? だったら、こうなった以上、自分の気持ちに嘘はつけないし、このままでは君との婚約が成立してしまうかもしれないじゃないか。その前にちゃんと気持ちを伝えて、私も求婚者の一人として、セリーヌ嬢に考えてもらいたかったんだ」
「独りよがり過ぎない?」
「……悪い」
二人の話を聞いていて、俺はどんどんと虚ろになっていく。
アレンという求婚者を前にして、ハッキリと自分の気持ちを口にするオクモンド様は、誠実な男だとは思う。
だが、セディにとっては甥っ子だ。
義息子と甥っ子に求婚される俺って、一体何なんだ?
ハハハと乾いた笑いが口から零れる。
俺は頬をペシッと叩く。
しっかりしろ、俺。現実逃避はできないぞ。
俺はオクモンド様にしっかりと視線を合わせると、ニッコリと微笑んだ。
「ありがとうございます、オクモンド様。真剣に言葉にしてくださって、私は幸せ者です。ですがやはり、私はオクモンド様のお気持ちを受け入れることはできません」
俺の返事に、オクモンド様は顔色を変える。
「すぐに返事はしなくていい。アーサーのように私を求婚者の一人として、暫く考えてほしいのだ」
時間をかけて考えろと言うオクモンド様に、俺は首を横に振る。
「アレンは王宮仕えとはいえ、しがらみはありません。考える時間を頂いても、それほど問題にはなりませんが、オクモンド様は第一王子という大切なお立場にあります。そんな貴方様を、たかが伯爵令嬢である私が振り回すことなどできません。お時間を頂いても迷惑をかけるだけです」
俺のキッパリとした拒否の姿勢に、オクモンド様は絶望した表情を浮かべる。
「……セリーヌ嬢は、私が嫌いか? 私との未来は全く考えられないほど、ありえない話だろうか?」
「いえ、嫌いなわけでは……」
「では、少しだけ考えてみてはくれないか? 私たちはまだ若い。幸いにも、陛下はすぐに結婚しろとは仰られていない。私にも時間はあるのだ」
懇願するように見つめられて、俺はうっと言葉を詰まらせる。
いい奴だけに、良心が痛むのだ。
「断られているんだから、潔く身を引いたら。しつこい男は嫌われるよ」
「アーサーは黙っていてくれ」
「いえ、セリーヌがここまでハッキリ断っている以上、諦めてください。それがオークのためです」
「……ルドルフも黙っていてくれ」
オクモンド様が右手で目元を隠して項垂れた。
可哀想だとは思うが、兄の言う通りこれもオクモンド様のためだ。
甥っ子との結婚はありえないからね。
もちろん、義息子との結婚も。
思わずチラリとアレンを見る。
その視線に気が付いたアレンは珍しく口角を上げ俺を見たが、何故か圧が凄い。
ちょっと、縮こまってしまった。
項垂れているオクモンド様を三人で見守っていると、彼はおもむろに顔を上げた。
「申し訳ないが、ここでいくら断られても私は君を諦める気にはなれない。それができるなら、こんなこと口にはしていなかった。断られるのも想定内だったしね。だから私は、このまま君を想い続ける」
「え?」
オクモンド様の決意のこもった強い眼差しに、俺はゴクッと喉を鳴らす。
断られるのがわかっていて、告白したってか?
しかも諦めきれないから想い続けるって、そんな無意味なことを何でという疑問が顔に出ていたのか、オクモンド様は俺の顔を見ながら苦笑した。
「セリーヌ嬢、君は全く異性として私に興味を抱いていなかったよね。最初はその距離感が心地良かったんだ。ルドルフの妹だし、しっかりと自分の気持ちを口にする君の態度も好感を抱けた。だけどそのうち、私が君を一人の女性として見るようになってしまったんだ。気になりだしたら、もう止まらなかった。だから君が何度断っても、私は君を諦めることはできないだろう」
「そんな……」
お互いに異性として見ていなかったんなら、そのまま見てなければいいじゃん。
何がきっかけで、そんな女として見るようになってしまったんだ?
わからないよ、甥っ子君。
俺が眉を八の字にしていると、アレンがギュッと俺を抱きしめる腕に力を込めた。
「オークには渡さないよ。セリーヌと一緒にいるのは僕だから」
「最初からセリーヌ嬢を意識していたアーサーには本当に悪いと思っているが、これが素直な私の気持ちだ。自覚した以上、私も引く気はない」
アレンとオクモンド様のバトルがまた勃発しようとしたその時、兄が我慢できないというように叫んだ。
「いや、待ってください。何勝手に二人で話を進めているんですか⁉ アーサー殿の求婚はまだ両親からの返事はありませんし、オークの求婚はセリーヌが断っているんです。諦めるのが普通でしょう」
「普通とは何だ? 政略結婚を申し込んでいるのではない。気持ちをぶつけて断られたからといって、簡単には諦められるはずがないだろう」
「僕は返事がまだなだけで、正式に断られてはいない。だから僕が伴侶」
「意味がわかりません。セリーヌはまだ子供なのだから、伴侶なんてまだ決めなくてもいいんです」
「貴族の令嬢相手に何を言っている? いい加減、妹離れした方がいいな、ルドルフ」
「そうだね。ちょっとうざい」
求婚から何故か兄のシスコンが言及され出した。
兄がクワッと目を見開いて、反論する。
「何ですって⁉ 私はセリーヌを産まれた時から知っているんです。いきなり出てきたポッと出の男二人に、奪われてたまるものですか!」
「ルドルフ、それは流石にイタイと思うが。そうだ、ちょうどいい機会だから、ルドルフも相手を見つけるといい。恋をすれば私たちの気持ちもわかるようになるだろう」
「そうだね。うざいから相手見つけて」
「うざいって何ですか⁉ 私はセリーヌがいれば恋なんてしなくていいんです。兄妹の仲を邪魔しないでください」
「それは、貴族の男としてどうなのだろうか? 子孫を残すのが私たち貴族の義務だろう」
「私は次男坊なのでいいんです。子孫は兄がしっかりと残してくれますから。私はセリーヌと二人で、一生仲良く楽しく暮らしていくんです」
「いや、ルドルフ、何を言っているんだ? 貴族の義務を放棄する気か?」
「セリーヌを巻き込まないで」
「貴方たちこそ、勝手にセリーヌに恋をして私たちを巻き込まないでください」
――なんか論点がズレだした。




