増えた求婚者
「あの、オクモンド様、私に話したいことって何ですか? 私、気付かずに何か粗相をいたしましたでしょうか?」
俺は思い切って、直接本人に訊いた。
なんだかよくわからないが、どうやらその話が今回の問題であるようだ。
その話がなければ、オクモンド様はアレンを除け者にしなかっただろうし、王族専用の庭園で転移魔法を使うこともなかったはずだ。
もしかして、元凶は俺か?
それならば兄の後ろに隠れていないで、俺が対処しなければならないだろうと、俺は居住まいを正してオクモンド様に向き直ったのだ。
オクモンド様は驚いた表情で「ち、違う」と口にしたが「では、何でしょうか?」と再度話すように促すと口をパクパクさせた後、俺を真剣な顔で見つめた。
え、何? そんなヤバいこと?
精悍な顔にドキッとしながらも、一体何だと不安になる。
「セリーヌ嬢、私は君に伝えたいことがあるんだ」
「待ってください、オーク。妹はまだデビュタント前の子供ですよ」
「すぐにデビュタントを迎える大人じゃないか。それに私の気持ちを伝えるのに子供も大人もないよ」
「あります。子供相手ではロリコンという、ヤバい人種になります」
「極端過ぎる」
またもや兄の邪魔が入り、二人が押し問答を始めた。
話がちっとも前に進みはしない。
俺は兄の口を塞いだ。
「うぐっ!」
いつもの鳩尾一発である。
座っているので威力は半分だが、十分に効果はあった。
兄が蹲っている。
「お兄様はちょっと黙っててください。オクモンド様、どうぞ」
今のうちに話してほしいと、俺がオクモンド様に話を促すと彼の口元は引きつっていたが、すぐに真面目な顔に変わり、ズイッと顔を近付けてきた。
「セリーヌ嬢、私は君を愛しく思っている」
「はい?」
オクモンド様が変なことを言った。
愛しく? 愛しく……ああ、妹のように、ね。
「ありがとうございます。王女様、エリザベート様と同じように思っていただけているのですね。光栄です」
ニッコリ微笑んだ俺に、オクモンド様は口をあんぐりと開けて放心した。
間の抜けたその表情に、ちょっとだけ笑ってしまう。
「ふふ」
俺の笑い声を聞いたオクモンド様はハッと我に返った。
そして眉間に人差し指を置いて、暫し何かを黙考している。
「……エリザを愛しくは思わないのだけど」
顔を上げたオクモンド様が真面目な顔で呟く。
「妹のように愛しく、ですよね?」
俺がコテンと首を傾げると、オクモンド様は首を大きく横に振った。
「妹は可愛いと思うが、愛しいのとは違う」
「違うのですか?」
「では言い方を変えよう。君を愛している」
……オクモンド様が壊れた⁉
出会って間もない俺を、愛しているとか言っちゃってくれてるよ、この人。
なんだかなぁ……。
イザヴェリとか強烈な令嬢ばかり目にしてきたからか、俺みたいな野生児が珍しくて、おかしくなっちゃったのかなぁ?
猫被っているのもバレていたみたいだし、面白がっちゃってるのかもしれないな。
俺が何も言わずにジッと見ていると、何を思ったのかオクモンド様の手がこちらに伸びてきた。
あ、ヤバい。
俺がそう思った時、オクモンド様の手が俺の頬に触れた。が、それを勢いよくアレンが振り払った。
「手、出すの早いんじゃないの、スケベ」
ムッスウーっと膨れっ面を隠しもしないで、アレンが俺を抱き上げた。
おいおいおい、また転移魔法を使う気か⁉
姫抱っこされている俺は慌てて、アレンの頬を両手で挟んだ。
むにぃと力を入れると絶世の美貌が歪んだが、それでも美しさは損なわれなかった。
羨ましくなんかないやい。
「何? オークと愛を語りたいの?」
アレンがとんでもない軽口をたたく。
一瞬オクモンド様の顔に喜色が浮かんだが、あえて見なかったことにする。
「そんな訳ないだろう。でもちゃんと話し合わないと、いつまでも逃げてばかりじゃいられない。お前の立場だって、いい加減不味くなる」
俺の言葉にオクモンド様はガクッと肩を落とし、アレンは目を丸くした。
「……僕の心配、してくれてるの?」
「当たり前だろう」
「フフ、わかった。話させてあげる。でもルドルフの横じゃなくて、僕の膝の上に座ってね」
「それはどうかと思うが……」
「嫌なら転移魔法で……」
「わかった。わかった」
アレンの腕から降ろされた俺は、そのままソファに座るアレンの膝の上に座らされた。
目を細めるオクモンド様と、腹を押さえて蹲っていた兄が眉間に皺を寄せる。
「アーサー殿、その姿は如何なものでしょうか?」
「ルドルフの横にいたって、セリーヌはオークに触れられそうになった。守られてなかったじゃない。僕の側なら安心」
兄の咎める口調にもアレンは飄々と答える。
「私を危険人物扱いしないでくれ。アーサー、君だって十分危ない奴だからな」
「私だって、、腹が痛くなければこんなことには……。セリーヌ、お兄ちゃんの元に戻っておいで」
オクモンド様が心外だと機嫌を損ね、兄が俺に向かって両手を広げてきた。
俺はつい半眼になってしまう。
「アレンのことはこの際、目を瞑っていてください。話が進みませんから。それで、あの、オクモンド様は本気で仰っているんですか?」
気持ちを問われてオクモンド様が勢いよく頷く。
「もちろんだ。こんなこと冗談では言えない」
兄が渋い顔をして見ている。
「あー、そうですよね。ですが私は、オクモンド様にそんな風に言ってもらえる要素が思いつきません」
「要素で人を好きになったりするのかい?」
「そういう訳では……。けれど、私の何がお気に召したのかわからない以上、答えようがありません。正直オクモンド様も薄々感づいておられるでしょうが、私は猫を被っています。本当の私は……」
「逞しいよね。肉体的にも精神的にも。ルドルフに拳を入れられるところとか、イザヴェリ嬢にも本気で怖がっていないところとか」
あ、しっかりとバレてる。
やっぱりなと思いながら「では、どうして?」と三度訊ねる。
そこまで知っていて尚更、俺を気に入る意味がわからない。
「もしかして、今まで側に居なかったタイプだとでも思ってらっしゃいますか? それならただ単に田舎娘なだけですから。珍獣のようなものですよ」
「フフ、珍獣って。こんな可愛らしい珍獣なら、ぜひとも飼ってみたいものだ」
俺の言い回しが余程面白かったのか、オクモンド様はくつくつと喉を鳴らした。
駄目だ、全然話にならない。
ちょっと困ってきて兄を見ると、頼られたと思った兄がパア―っと顔を輝かせた。
「あー、コホン、オーク。君がセリーヌを好きになる気持ちはよくわかる。なんて言ったってセリーヌは、こんなに可愛らしいうえに優しくて純粋で清楚で儚い、素晴らしい女の子だ。しっかりしているし頭も良い。機転も利くし気遣いもできる……」
「お兄様、お兄様、お兄様、黙れ」
兄が際限なく俺を褒めたおしてきたので、思わず言葉でその口を制止した。
アレンの膝の上でなければ物理的に黙らせたのに、残念だ。
俺に叱られた兄はシュンと項垂れたが、名誉挽回とばかりにもう一度頭を上げて、オクモンド様に声をかけた。
「まあ、セリーヌのいいところはザッとあげてもキリがないほどだが、それでも第一王子の君が気に入ったと口にするのは流石に軽率ではないかな? オークは順当にいけば未来の国王だ。セリーヌに王妃になれとでも言う気かい? その気がないのなら、甘い言葉で心をかき乱すようなことを言うのは、よしてくれないか」
兄がもっともな意見を述べてくれた。
流石は頼れる兄だ。
俺は先ほど兄に黙れと言ったのをコロッと忘れて、称賛を込めた目で見つめた。
「簡単に言葉にしたとでも思うのかい、ルドルフ。私は本気だよ」
だがオクモンド様は、真剣な顔で兄を見つめた。
「私はセリーヌ嬢の周囲に気を配れる優しいところが気に入った。どんなに怖い目にあおうと毅然とした態度を崩さない強いところが気に入った。気さくな面を持ちながらも気品と威厳のある態度が気に入った。どんな状態だろうとへこたれない逞しいところが気に入った。王妃としても申し分ないほど素敵な女性だと思う」