複雑な雰囲気
俺の目の前で、アレンとオクモンド様の雰囲気が険悪なものになっている。
護衛騎士たちもこの予期せぬ状況に、護衛対象であるオクモンド様を守るため、間に入るべきか戸惑っているようだ。
「……えっと、お兄様。私たちが消えた後って、かなり不味いことになったのですか?」
アレンの言う通り、あの優しい陛下が俺たちの消えた責任をオクモンド様に問うようなことを言うはずはないと思うが、もしかしたら小言的な内容を一言、二言もらったのかと俺はコテンと首を傾げて兄を見た。
兄はハアーッと息を吐いて、俺の頭を撫でる。
「不味いと言うより普通に、王族専用の庭園に招待されているのに国王陛下と第一王子の前で、何の許可も得ずに消えるというのは、失礼な話だよね。誰であろうと許されることではないよ。まあ、国王陛下はアーサー殿の能力を買っているから、笑って許されてはいたけどね」
あ、やっぱり陛下は許してくれていたんだ。
やはり優しいなとほっこりする横で、オクモンド様の険しい顔が目に入る。
「では、この雰囲気からするとオクモンド様が気分を害されている?」
「うーん、まあ、自分が招待したセリーヌを掻っ攫われた状態になるのだから、優しいオクモンド様でも気分は良くないだろう。しかも陛下の前で、だからね。恥とまではいかないなりに立場がない、かな。アーサー殿もすぐに謝ってくださればいいのだが、あの言い方ではな」
どうやらオクモンド様の矜持を傷付けたようだ。
それは確かにこちらが悪いなと、俺は二人の間に割って入った。
「オクモンド様、申し訳ありません。せっかく庭園にご招待いただきましたのに、勝手にいなくなってしまって。国王陛下にもご無礼いたしました。罰はいかようにもお受けいたします」
深々と頭を下げると、驚いたオクモンド様が慌てて頭を上げさせた。
「いや、頭を上げて。セリーヌ嬢が謝る必要はないんだ。君は連れ去られた被害者だから」
「僕一人が悪いように言うんだね。元はと言えば、君が僕に内緒でセリーヌを連れまわしたのが悪いんじゃないの?」
半眼のアレンに、眉間に皺を寄せるオクモンド様。
やばいやばいやばいやばい。
マジの喧嘩になっちまう。
流石に二人共、暴力には訴えないと思うが、権力も実力もある二人が仲違いするのは不味いって。
兄も想像以上の深刻な雰囲気に、言葉を失っている。
「……アーサーを呼ばなかったのは、込み入った話ができないと思ったからだ。君はすぐにセリーヌ嬢に引っ付くだろう」
「込み入った話って何? 僕が居たらできない話って何さ?」
「ここで話すようなことではない」
「ふぅん、話せないんだ。だったら魔法塔の応接室にでも案内しようか?」
挑発するようなアレンの態度に、オクモンド様の眼が鋭くなる。
俺はアレンの腕に抱きついた。
「や、やめてください、アレン。どんな理由があるにせよ、何も言わずに消えたのは良くなかったです。誤ってください」
「オークが僕を呼ばなかった理由を言ったらね」
アレンはオクモンド様に視線を向けたまま、そう答えた。
「ですから、このような状況で言える話ではないと仰っているではありませんか。その話は落ち着いてからにしましょう。とにかく非はアレンにありますよ」
「……僕が悪いの?」
アレンはやっと俺に視線を向けたが、どうにも不服そうだ。
「ええ、そうです。そして一緒に消えた私も悪いです。ですから一緒に謝りましょう。申し訳ありませんでした、オクモンド様」
俺はアレンの頭を手で掴み一緒に下げさせたかったが、遥か上にある頭に手が届くはずもなく、仕方がないので腕を引っ張って頭を下げた。
片腕を下に引っ張られた状態のアレンは真っすぐに立っていられないのか、それとも俺に対して抵抗をやめたのか、渋々体の上部を下げた。
見ようによっては、謝罪しているように見えるだろう。
そんな俺たちの様子を見ていたオクモンド様が、大きな溜息を吐いた。
「君は被害者だと言っているのに……いつの間に、君とアーサーはこれほど親しくなっていたんだろう?
出会ったのは私の方が先だったはずなのに」
凛々しい眉を八の字にしたオクモンド様に、あれ? と思う。
先ほどまでの険しい顔つきが一転、寂しそうな顔になる。
「……オクモンド様?」
兄が心配そうにオクモンド様に近付く。
「ルドルフ、今日は城内の見学の後、私はセリーヌ嬢に対する気持ちを二人に伝えようと思っていたんだ」
「え?」
兄がとても嫌そうな顔になる。
「待ってください、オクモンド様」
「ルドルフ、私は……」
「待っ・て・く・だ・さ・い」
兄が笑顔なのに怖い。
オクモンド様も口元を引きつらせている。
今度は兄とオクモンド様の雰囲気が微妙なものになる。
意味がわからなくて、俺はキョロキョロとしてしまう。
「え、何? 一体どうしたんだ?」
「やっぱりね。そうだろうと思った。だから嫌だったんだよ」
アレンが半眼でオクモンド様を見つめた。
俺に対する気持ちって言ってたけど、それを兄が止めるということは……。
「俺ってば気付かないうちに、オクモンド様に嫌われるようなことをしていたのか⁉」
ハッと顔を上げてそう呟くと、隣にいたアレンにジト目を向けられた。
「それってボケなの? 天然なら、セリーヌってセディ以下だよね」
何故か辛辣な言葉が返ってきた。
一瞬アレンの言葉にへこみそうになったが、とにもかくにも俺が原因ということなら王族を怒らせたままでいる訳にもいかない。
もう一度、誠心誠意謝ろうと思うものの、兄とオクモンド様の押し問答は続いている。
側で見ている護衛騎士も、どうしていいかわからずにオロオロとしている。
先ほどはアレンで今度は兄と揉めているのだから、騎士たちも気の毒だ。
とりあえずいつまでも外で喧々囂々しているのも、外聞に悪い。
誰が見ているかもわからないのだ。
第一王子と側近の不仲説が出ても困る。
俺はそっと手を上げて「ひとまず、移動しませんか?」と言った。
兄とオクモンド様は顔を見合わせ、コホンと咳払いをすると「そうだね」と二人揃って返事をした。
そして彼らの執務室へと再び戻る。
もちろん、アレンも一緒にだ。
護衛の騎士たちが一番ホッとしているのを見て、申し訳ない気持ちになった。
オクモンド様の執務室は、彼と兄の机と椅子、ソファとテーブル、それに書類棚が四つ並んだだけの、なんとも質素な部屋だ。
その中で兄の机にある三枚の俺の姿絵だけが、色鮮やかで場違いに存在を主張していた。
侍女にお茶の用意をしてもらってからソファに座る。
いつものように二人掛けのソファに兄妹で座ったが、兄は俺をオクモンド様とアレンから守るように、肩に手を回してくっついている。
「……そんなに警戒しなくてもいいんじゃないかな、ルドルフ」
苦笑するオクモンド様を、兄がキッと睨みつけた。
「警戒するに決まっているでしょう。突拍子もない行動をとるアーサー殿がいる上にオクモンド様の気持ちを知った以上、私以外に誰が妹を守れるというのですか?」
「少なくとも私は段階を踏もうとしている。いきなり距離を縮めるアーサーと一緒にしないでくれ」
「よく言うよ。僕の方が先に求婚しているんだ。それなのに僕を出し抜いて気持ちを伝えようだなんて、ちょっと卑怯なんじゃないの」
「何だって⁉」
「やめてください!」
場所も移動したというのに、何故かまた険悪な雰囲気になりそうだ。
俺は兄の手を払いのけて「皆様、いい大人なのですから落ち着いて話し合いましょう」と嗜める。
するとオクモンド様と兄はシュンとしたが、アレンはプイッとそっぽを向いた。
おい、二十二歳、いい加減にしろよ。