皆でバラを摘もう
「そうか。君がルドルフの妹君か。何年も兄君を王都に閉じ込めてすまないね。なかなか会えないで、寂しい思いをさせているのだろう」
陛下は俺に優しい目を向けながら、こともあろうに兄が王宮で働いていることに謝罪してきた。
兄は驚いて陛下をガン見しているが、直接謝罪された俺はもっと驚いている。
確かに王都にやって来たのは、兄がまだ八歳の頃。
自分の息子の遊び相手にと親元から引き離したのだから、親である陛下からしたら詫びの一言でも言いたくなったのかもしれない。
だけどそれは、あの時の情勢では仕方がなかったこと。
王都に住むオクモンド様と同じ年代の子供がいる貴族は、ほとんどが旧王族派だ。
そうでなかったとしても、王族を皆殺しにして王の座を奪った陛下に良い感情は持っていなかっただろう。
そんな貴族の子弟を息子の側に置くなど、危険過ぎてできるはずがない。
そこで兄のように王都から離れた領地に住む、貴族の子供を募ったのは理解できる。
ただ本来ならば、両親もしくは父親だけでも共に王都に移り住むのが常なのだろうが、次兄はそれを断固拒否した。
お父様は大変子煩悩な方である。
……鬱陶しかったのかな?
まあ、何にせよ王都に一人で住むと決めたのは兄だ。
妹の俺に謝罪されても困る。
「恐れ多いことでございます。私は王都で頑張っている兄を誇りに思っておりますので、不満に思うようなことはございません。陛下にそのようなお心遣いをいただきまして、光栄でございます」
俺は小娘に謝罪することはないと微笑んだ。そして同時に深々と頭を下げた。
「それに謝罪しなければならないのは、私の方でございます。本日は陛下がお寛ぎのところ、王家専用の庭園に図々しくもお邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」
オクモンド様の許可を得てのこととはいえ、陛下の大切にしている庭に堂々と入り込んでいたのだ。
罰せられても仕方がない。
「ハハハ、気にしなくていい。先ほどの会話で、オークが無理矢理君たちを連れて来たのはわかった。君の方こそ戸惑っていたのではないか?」
陛下にそう言われて、オクモンド様が「え?」とこちらを振り返った。
「いえ、そのようなことはございません。このように立派で美しい庭園を拝見させていただき、感動しております」
会釈をした俺に、ホッとした表情をするオクモンド様。
本当は陛下の言う通りだが、ここは息子を立ててやらないとな。
オクモンド様とアイコンタクトをした俺に、後ろに引っ付いているアレンが無言で額を後頭部にグリグリと高速で摺り寄せてきた。
痛い、やめろ、禿げる。
「アーサー、何か言いたいなら言葉にしなさい」
陛下が大人の対応をしてくれる。
だがアレンは高速はやめたものの、グリグリはやめない。
うぐぅ、髪がもじゃる。これは後が大変だ。
何も言わないアレンに、陛下は苦笑すると話を変えた。
「バラを幾つか欲しいのだが、選んでくれるかい?」
俺に向かって微笑む陛下に、目を丸くする。
「私が選んでよろしいのでしょうか?」
「こういうことは苦手でね。女性の方が向いているだろう」
「セリーヌは野生児だから、そんなことには向いていない」
俺の頭をグリグリしたまま、アレンが口を挟む。
ていうか、陛下の前で野生児とか言うな!
振り返ろうとするけれど、アレンの拘束が頑丈過ぎて動けない。
「いい加減にしてください、アーサー殿。人の妹を野生児呼ばわりするなんて、失礼ですよ。この手も離してください」
「そうだぞ、アーサー。セリーヌ嬢は野生児ではない。逞しいだけだ」
兄はいいとして、オクモンド様。それってフォローになっていませんよ。
兄とオクモンド様の必死の救出に、俺はアレンの腕から解放される。
「返して。それは僕のだ」
「アレン、私は私のですよ。誰のものでもありません」
アレンの俺を自分のものだという主張は、流石に陛下の前では聞きたくない。
俺は陛下に向き直り、バラを選びましょうと促した。
「陛下は、赤い色がお好きでしたよね。濃い目の色を基準に選んでみましょうか?」
いろんな色のバラを見ながら俺がそう言うと、陛下はピタリと動きを止めて俺を凝視した。
「驚いたなぁ。誰からそんなことを聞いたんだい? 人にはあまり言ってはいないはずだが……」
ギクッと肩が跳ねる。
やばい、無意識にセディの記憶を口にしてしまった。
「あ、はは。そうでしたか? 他の方と勘違いしてしまったのかしら? 赤いバラがお好きな方は多いので」
「確かにバラと言えば赤を連想するな。気にしないでくれ」
俺がえへへと笑って誤魔化すと、陛下もそれに合わせてくれた。
そのまま俺は陛下と話しながら、次々とバラを選んでいく。
陛下が持っていた鋏でオクモンド様が切り取り、兄が棘を取り除いていく。
二人の手慣れた姿に俺もやりたいと言ったが、怪我でもしたらどうすると二人に却下された。
兄だけではなく、オクモンド様まで過保護になった。
アレンは俺から引き離されて、ジッとこちらを見ている。
無表情ながら機嫌が悪いのはわかる。
「これくらいあれば足りますか?」
それなりに切り取ったバラを陛下に見せると「ああ、綺麗だね。ありがとう」とお礼を言われた。
臣下に礼を言える陛下は、本当に素敵だ。
変わらない彼に、俺は自然と笑顔になる。
兄がバラを束にしたので、俺は髪を結っていたリボンを解き、持ちやすいようにバラを結んだ。
その行動にギョッとされる。
「セリーヌ嬢、そのようなことはしなくていい。ああ、髪が乱れてしまった」
慌てるオクモンド様に、俺は手櫛で髪を整えながら言った。
「大丈夫ですよ。髪留めがありますから」
俺はポケットから先日、街でアレンにもらった蝶の髪飾りを出した。
今朝、アクネとお揃いで買ったリボンとどちらにしようか悩んでいたので、つい持ってきてしまっていたのだ。
パチリと髪をまとめて留めると、アレンと目が合った。
アレンは驚いたように目を開いていたが、俺がニヤリと笑うと嬉しそうにその頬を染めた。
うん、機嫌が直ったようで何よりだ。
そんな俺たちを見ていた陛下が、感心したように口を開く。
「君は、格好いいね、セリーヌ嬢。ご令嬢にこのように気を使ってもらったのは初めてだよ」
兄の手からバラを受け取った陛下は、リボンに目をやりながら微笑んだ。
「父上、バラを活けたらリボンは後で私にください」
オクモンド様がリボンの譲渡を申し出る。
ん? 何故に?
「代わりの物を用意するから、いいよね? セリーヌ嬢」
確認してくるオクモンド様に、俺は首を傾げる。
「代わりの物など結構ですよ。それにオクモンド様、リボンが欲しいのなら新しいのを買ってきましょうか?」
用途はわからないが、リボンが必要ならそんなものを欲しがらなくても新しいのを買えばいいのではと提案するも、オクモンド様は首を大きく横に振った。
「私はこれがいい。もう使いはしないだろう?」
熱量のこもった瞳で見つめられて、ちょっとだけ引いた。
オクモンド様はそのような方ではないのはわかっているが、流石に使用済みリボンを熱望する姿はいただけない。
ふと横を見ると、兄の口元が引きつっている。
「オーク、淑女の持ち物を欲しがるのはやめなさい。変態と誤解されるぞ」
陛下の冷静な警告に、オクモンド様は己の発言の怪しさに初めて気付いたようで顔を一気に青ざめさせた。
うん、今気が付いてくれて良かったよ。
危ない道に走らなくて何よりだ。
けど、陛下。もう少し遠回しに説明してもらった方が良かったかな⁉
自分の息子、一国の王子をつかまえて変態って、流石にどうかと思いますよ……。