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転生しておっさんから伯爵令嬢になったら、前世の義息から溺愛されました  作者: 白まゆら


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思わぬ場所で

 オクモンド様、俺、兄の順で城の大きな廊下を歩く。

 貴族も使用人もチラチラとこちらを見てくるが、声をかけてくる者はいない。

 第一王子の所為で注目も浴びるが、第一王子のお陰で煩わしい者を排除することもできる。

 権力万歳。


 大きな城内をてくてくと歩き、デビュタントが開かれる会場や図書館などを案内される。

 文官などが働く棟は、ハッキリ言って面白くもないので建物だけを指差して終わり。

 騎士が集う棟は、時間があれば案内しようということになった。



 一般の庭園を抜けて、護衛が二人立つ大きなバラのアーチを通ろうとするオクモンド様に、俺と兄はギョッとする。

「お待ちください。もしかして、ここから先は一般禁止では?」

「ああ、王族専用だ。私が一緒だから問題ない」

 兄の質問に平気で返すオクモンド様。

 先ほど言っていた入室禁止場所とはこれのことかー、と兄と目を合わせる。


 一緒にいた護衛はその場に残し、オクモンド様は笑顔でおいでと、俺と兄を中へと促す。

 庭園を守る警備の騎士が困惑した表情で俺を見る。

 それもそうだろう。

 兄はオクモンド様の側近だから付き従って王族専用の庭園へ入るのも許されるだろうが、ただの小娘、しかも王宮では見たこともない少女が、二人の後ろをちまちまとついて行くのだから、騎士が不振がるのも仕方がない。

 止めたいが、王族が連れて来た俺を警備の騎士が止める訳にもいかない。

 普段真面目なオクモンド様の奇行に、騎士たちも可哀想にと、俺は彼らに同情した。


 仕方がないので、俺は警備の騎士に愛想を振りまいておく。

 彼らの横を通る時「お疲れ様です」と言って、ニコリと微笑んだのだ。

 すると彼らは俺を凝視した。

 その頬はうっすらと赤い。

 不審者が何を偉そうにと腹を立てたのだろうか?

 不味かったかなと兄に視線を向けると、その兄が騎士をキッと睨んでいる。

 思わず怯む警備の騎士。

 兄よ、いくら可愛い妹が警戒されたからといって、睨むのは良くない。

 彼らはお仕事をしてるだけ。


 俺は機嫌を直せというように、兄にもニコリと微笑んでおく。

 俺と目が合った兄は、ヘラリと頬を緩ませる。

 すると、何故か警備の騎士だけでなく護衛の騎士までもビクッと肩を跳ねさせた。

 笑顔というものは人の心を和ますものと思っていたのだが、ビビらせるものでもあったのだなと、俺は遠い目になる。


 バラのアーチをくぐった俺と兄は、その光景に目を奪われた。

 一言で言うと絶景。

 色々な品種のバラが咲き乱れていたのだ。

「王家の自慢だよ。セリーヌ嬢に一目見せたかった」

 照れながら言うオクモンド様に、素直に「ありがとうございます。素敵です」と礼を述べる。

 確かにこれは自慢したくもなるよな。


 オクモンド様は、美しく咲き誇る一本のバラに手を伸ばした。

「本当は王族だけが独り占めしないで、一般に開放してもいいと思うんだけど、何故か陛下が反対されていてね。バラが希少で高価過ぎるとか、要人にプレゼントする時に重宝するとか色々と言い訳しているけど、ただ単に嫌なだけらしい。物に固執しない陛下にしたら珍しいのだけどね」

「そんな貴重な場所に、私のような者が入り込んでもいいのでしょうか?」

 陛下が大切にしている場所なら、それはオクモンド様こそ尊重してやれよと思わずジト目を向けそうになって、慌てて首を横に振った。


「構わないよ。セリーヌ嬢やルドルフが悪戯する訳ないし、せっかく私がいるのだから普段見られない物を見せてあげたいじゃないか」

「オクモンド様のお気持ちは、大変ありがたいのですが……」

 ニコニコ笑うオクモンド様に、いやいや、君が良くてもこちらが良くない。と早々にこの場を退出しようと声をかけた時、俺の背後から声がかかった。


「オークか?」

 それはとても懐かしくて、もう一度聞きたいと願った声。

 尊敬して憧れて、彼のために役に立ちたいと願い続けた、たった一人の大切な、俺の……。


 ガサッ。

 バラ園から顔を出したのは、俺の想像した通りの人。

 幾分か年を取ってはいるけれど、それでも精悍さはそのままだ。


「父上」

 オクモンド様が驚きに声を上げる。

 兄が臣下の礼をとる。

 俺は呆然としてしまって、その場から動けずにいた。

 早く、礼をとらなければいけない。不敬になる。

 そう思うものの、体がいうことをきかない。


 会いたかった。

 会えなかった。

 会ってはいけなかった。


「どうして父上がこんな所にいるのですか?」

「ここは王族専用の庭園だったはずだが」

「それはそうですけど、父上がこちらにいらっしゃるのは珍しいから」

「ハハ、たまにはあの殺風景な執務室に、ここのバラを飾るのも悪くない」

「え、何の冗談ですか? そんなこと、今までしたこともないじゃないですか」


 オクモンド様が陛下に駆け寄り、親子の会話をしている。

 その様子を俺はジッと見つめていた。

 燃えるような赤い髪、柔らかいはしばみ色の瞳。目の下の黒子。ああ、変わらないな。

 懐かしさに、じわっと目元が熱くなる。

 そんな俺に気が付いた兄が、小声で『セリーヌ』と窘めた。

 我に返った俺は、ようやくカーテシーをとる。

 そんな俺たちに、陛下が気付いた。

 いや、気付いていたが声をかけるタイミングを見ていたのかもしれない。


「ルドルフ、いつもオークが世話をかけるな。ところで、こちらの可愛らしいご令嬢は君の婚約者かな?」

 揶揄うような口調で陛下が言うと、兄がパア~ッと顔を輝かせ、オクモンド様が眉間に皺を寄せた。

 そして俺は、後ろから誰かに抱きしめられた。

「この子は僕の婚約者」

 声の主は言わずもがなのアレン。

 いつもより低い声に機嫌の悪さがうかがい知れる。


 突然現れたアレンに悲鳴こそ上げなかったが、いきなり抱きしめられた俺と隣にいた兄は驚き、オクモンド様は苦い顔をした。

 陛下は平然としていて、微笑みさえ浮かべている。

 どうやらアレンの唐突な出現には慣れているようだ。

 アレン、俺のいない間お前は一体どういう生活を送っていたんだ?


「まだ婚約者じゃありませんと、何度言ったらわかってもらえるんですか? アーサー殿は求婚者でしょう」

「アーサー、どうしてここに? 何故わかった?」

「やっぱりセリーヌが来ていること、僕に隠そうとしたんだね。悪いけど、僕は魔法塔からでも城内にセリーヌがいれば、気配でわかるんだ」

 兄がいつものように婚約者じゃないと叫び、オクモンド様がアーサーの出現に動揺している。

 アレンはどうやら今回の俺の訪問を内緒にされていたようだ。

 おかしいとは思ったんだよな。

 アレンがいないなんて。

 例えどんなに忙しくても、アレンなら絶対に顔を出すと思っていたから。


 俺を囲んでギャーギャーと騒ぐ青年たちに、陛下が呆れた声を出した。

「お前たち、いくらここが王族しか入らない場所だからといって、喚いていたら外まで聞こえるぞ」

 ハッとして黙るオクモンド様と兄。

 アレンはムスッとしたまま、俺を抱きしめる腕に力を込めた。


 そんなアレンの様子を見て、陛下がこちらに近寄って来た。

「アーサー、彼女は……」

「ヨハンには関係ない」

 プイッとそっぽを向くアレンに、俺は陛下を愛称呼びかよ、と驚いた。

 いや、態度も言葉も最早死罪になってもおかしくはない太々しさだ。

 それでもアレンなら、こんな態度をとっても許されるんじゃないかと思ってしまう。

 現に陛下は口元をほころばせている。


「アーサーが女性を抱きしめるとは……長生きはするものだな。えっと、君はアーサーの婚約者でいいのかな?」

「違います。求婚者です」

「そうです。まだ求婚者です」

 兄と何故かオクモンド様までお決まりの文句を言った。

 どうした、オクモンド様? 今日は変だぞ。


「失礼いたしました。陛下、彼女は私の妹です。セリーヌ・コンウェルと申します。セリーヌ」

 兄に促されて俺は陛下にカーテシーをとろうとしたが、アレンの抱きしめる腕が邪魔で身動きができない。

「アレン」

 抗議の声を上げたが、またもやプイッとそっぽを向かれる。

 仕方がないので、ドレスの裾だけを摘まんだ。

「礼をお欠きし、申し訳ございません。お初にお目にかかります、国王陛下。セリーヌ・コンウェルと申します」

 後ろにアレンをくっつけたまま挨拶する俺に、陛下は怒ることもなく優し気な笑みを向けた。

 ああ、この笑顔、変わっていないな。

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