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懐かしい人の面影

「セディ」

「兄上……」

「お前、本当に騎士になるのか?」

「そのつもりです」

「寂しくなる」

「兄上はこのまま、いいように利用されたままでおられるつもりですか?」

「それが私の役割だ」

「俺はそうは思いません。俺は、馬鹿だから体を動かすことしかできないけど、兄上は違うでしょう⁉ 誰よりも優秀で、誰よりも強い。こんな、戦争狂いの国ではいずれ滅びてしまう。その前に、民を救ってください。俺は貴方の盾になるから」

「騎士になろうという男が、剣ではないのか?」

「盾です。剣は貴方自身だ。俺は盾になって、貴方に向かう刃から貴方を守る」

「優しいお前は盾になんてならなくていい。どうしても何かになりたいのなら、そうだな。マントになってくれ。マントになって、その優しさで私を包んでいてくれ」

「それは……嫌です。そんなものは、義姉上に頼んでください」

「あはははは、確かにそうだな。すまない。甘えてしまった」



「セディ、どこに行くんだ?」

「魔法使いだって、この国の民だ。何故、守らなくてはいけない民に、あんなことができるんだ?」

「わかっている。必ず彼らを救う道を探す。だから今は耐えてくれ」

「それは、いつ? 目の前でゴミクズのように捨てられる姿を、いつまで見なくてはいけない? 俺は、もう……」

「セディ、お前がいなくなったら私は……」




 天井が……真っピンクだ。

 俺はムクリと起き上がる。

 ここは、王都の屋敷のセリーヌの部屋。

 どうやら昔の……セディの頃の夢を見ていたようだ。

 懐かしい人の夢はとても温かく、苦しい現実だった。


 昨日オクモンド様に寂しそうな顔で、すぐに戻らなくてもいいだろうと引き留められた影響だろうか?

 オクモンド様はあの人の息子だ。

 とてもよく似ている。

 そんな彼に、あんな顔をされたら俺に断ることなどできない。

 だって、すでに俺はあの人を裏切ってしまっているから……。


 昨日、街で皆と買い物をした後、デビュタントが終わり次第、領地に帰る旨を話したところ、アレンは魔法で会いに行くと言い、兄は諦め、オクモンド様は引き留めた。

 アレンは本当に俺を逃す気はないようで、王宮で魔法使いの職をしながら領地に来るだろう。

 まあ、アレンの魔法なら一瞬なので、彼にとったら俺がどこにいても大差はないのだろうが。

 兄は今までと変わらないので、シスコンの兄にはどうしようもなく寂しいだろうが渋々納得している。

 結局、問題はオクモンド様だ。

 俺が領地に戻ると、彼との縁はそれで終了。

 次に会うのは側近の身内として、挨拶する程度だろう。

 それかアレンの嫁として? あ、これはかなり気まずい。


 しかし、あのオクモンド様の寂しがりようには、ちょっと引いた。

 妹のように可愛がってくれていたのはわかるが、それにしたってあそこまで引き留めなくてもと思う。

 渡した羽ペンは、大事そうに抱えて持って帰った。

 う~んっと俺は唸る。

 場合によってはデビュタント後、少しくらいは滞在期間を延ばしてもいいが、しかしそれも一月か二月だ。

 俺がこのまま王都に住むつもりがない以上、また帰る時に揉めれば同じだ。

 結局は堂々巡りになるだろうと、俺は溜息を吐いた。

 いずれにしても、全てはデビュタントを無事終えてから考えよう。

 俺は勢いよく寝台から飛び降りた。


「おはようございます、セリーヌ様」

「おはよう、アクネ。お兄様は?」

「食堂に向かわれました」

「じゃあ、一緒に朝食を取りたいから、急いで用意しよう」

 俺は昨日の礼を言うために、急いで兄がいる食堂へと向かった。

 こういう機嫌取りが、次の外出の機会を作るためには必要なのだ。



「ああ、セリーヌ、おはよう。いいところに来たね」

「おはようございます、お兄様。いいところというのは?」

 食堂に着くと、兄がいい笑顔で俺に話しかけてきた。

「昨日オクモンド様が帰り際に、セリーヌが領地に帰る前に城を案内したらどうかと仰ってくれたんだ。今日は私も急ぎの用事はないし、案内もしてあげられる。どうかな、行くかい?」

「行きます!」

 俺は勢いよく返事をした。

 おおお~、二日続けてお出かけ。

 喜ぶ俺に、眩しそうに目を細める兄。

「昨日の疲れは? 体は大丈夫かな?」

「ありません。すこぶる快調です」

「そうか。それならいい。では朝食が済み次第、用意してくれ。ああ、慌てる必要はないからね」

「はい」


 やっと俺が王都に来た本来の目的が達成される。

 街を堪能して、城内を案内してもらい、王都がどれほど変わったのかを確認したかった。

 領内にいる頃はセディの記憶などなかったというのに、それでもセリーヌは王都を知りたかったのだから、面白いものだ。


 準備ができ、兄と共に馬車に揺られながら城へと向かう。

 兄は始終、機嫌が良かった。

「二日続けてセリーヌと一日中一緒にいられるなんて、幸せだな」

「私もですわ、お兄様」

 よいしょ、は大事。

 頬を染め照れまくる兄を、可愛いと思う。

 うん、俺も十分機嫌が良いようだ。



 城に着くと、兄がまずはオクモンド様への挨拶と、普段二人が使っている執務室へと案内してくれる。

 大きな廊下を歩いていると、不躾な視線が注がれる。

 兄がキッと睨みを利かせて、誰も近寄れない雰囲気を作ってくれる。

 けれど、仕事場に見知らぬ若い女の子がふわふわのドレスを着て歩いている姿は違和感しかない。

 思わず場違いな奴がいるぞと見てしまうのは、仕方がない。

 それに何よりセリーヌは美少女だからね、なんていつもの軽口が言えるほど俺は浮かれていて、周囲の厳しい視線も気にならないのが本音。


「やあ、セリーヌ嬢。よく来たね」

 ニコニコと笑うオクモンド様が、大手を広げて俺を出迎えてくれた。

 良かった。オクモンド様の機嫌も良い。

 昨日のまま、シュンと項垂れていたらどうしようかと思っていたから安心した。


「お招きありがとうございます。お仕事の邪魔ではなかったですか?」

「大丈夫。バトラード公爵の邪魔がない分、円滑に仕事が回されているから、時間に余裕ができている」

 どうやらバトラード公爵は普段、何かと文句をつけては仕事の邪魔をしていたらしい。

 簡単に決済できるものでも、因縁をつけてもう一度見直させたり中断させたりして、公務の足を引っ張っていたそうだ。

 だが自分が糾弾されている今、こちらにまで口を挟む余裕がないらしく、実害がない分、二人は仕事に振り回されることも少なく、ゆとりができたらしい。

 もちろん何か問題が起これば忙しくはなるだろうが、今のところそんな心配はないとのことで、二人は快く俺を迎えてくれた。


「今日は城を見て回るのだろう。私も一緒に案内してあげよう」

 ニコニコと笑うオクモンド様は、本日も一緒に回る気満々のようだ。

「え、王子自ら案内なんて恐れ多い。注目も浴びてしまいますし、私一人で十分ですよ」

 兄がオクモンド様の同行を拒んだが、俺はこうなる予感はしていた。

 だってオクモンド様、寂しがり屋さんだから。

 オクモンド様は兄の反対を気にもせず俺に視線を送り、いたずらっ子のように片目を瞑った。

 気障な仕草に目をパチクリとさせるが、オクモンド様がすると絵になる。


「ルドルフだけで十分問題はないだろうが、私が一緒だと入室禁止の場所も入れるよ。ルドルフも知らない場所を見せてあげよう」

「入室禁止の場所になんて入らなくてもいいですよ。そこまでセリーヌは望んでいません」

「でも、せっかくだから。興味はないかな?」

 入室禁止場所なんて正直なんとなく想像もできるが、断ってもオクモンド様はついてくるだろう。

 この状態で一人大人しく執務室で留守番なんて、するはずがない。

 それならばここで引き延ばすのは得策ではないな。


 俺はニッコリと笑った。

「オクモンド様、お願いします」

 オクモンド様の顔が輝き、兄の顔がどんよりと曇った。

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