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ずっとはいません

 オクモンド様が何故か驚いた表情で俺を見つめたので、俺も驚いてしまった。

 今の会話で、何をそんなに驚くことがあっただろうか?

 ただ単に、いずれは領地に戻ると言っただけなのだが……。


 目を丸くする俺にオクモンド様はハッとして、慌てて右手で頭を押さえた。

「そ、そうか。そうだったな。セリーヌ嬢はデビュタントが終わると領地に帰るのだな。……てっきりこのまま王都に住むと思っていた」

 失念していた。と呟くオクモンド様に、俺の方が悩んでしまう。


 何故、そう思った?

 俺は期間限定で王都に来たのだ。

 貴族なら誰でもが出席しなければならない成人の儀に、当然のように訪れただけ。

 まあ、兄が強請るので滞在期間を少し長めには設定した。

 ある程度顔を付き合わせれば納得もするだろうと両親や長兄も言うので、そうしただけに過ぎないのだ。


 確かにアレンの求婚の件があるので、この先はどうなるかわからない。

 それでも、一度は必ず帰る。

 なし崩しでこのまま王都に居座るような真似だけはしない。

 残るだなんて一言だって言っていないのだ。


 何故オクモンド様はそんな勘違いをしたのだろうかと考えて、ハッとした。

「もしかして、私がこのまま王都にいると思っていたからこそ、イザヴェリ様をどうにかしようと気を使ってくれていたんですか? バトラード公爵家に目を付けられれば王都にいることなど、できなくなるから」

 そう言うと、オクモンド様はバツが悪そうな顔で首を横に振った。

「いや、最初はわかっていたんだ。デビュタントのために来たんだと話していたしね。それなのに、いつの間にか自分の都合のいいように考えていた。君がこのまま私の側にいてくれると……願望だ」

 願望、とな?

 オクモンド様は俺が王都にいることが、望みなのか?

 こんな問題ばかり起こす奴が?

 騒がしいだけだと思うが、意外と騒がしい日常が好きなのだろうか?

 オクモンド様の考えていることは、よくわからないな。

 まあ、ただの勘違いならこれ以上議論する必要はないか。

 俺は考えるのをやめた。


 それよりも俺が王都にいられるようにと色々と心配りをしてくれていたことに、改めて申し訳なくなってきた。

 王子様なのにたかが側近の妹に対して、ここまで気を使ってくれるのはオクモンド様だけだろう。

 俺はぺこりと頭を下げた。

「あー、なんだか色々とすみません。あの、デビュタントさえ終わればすぐにでも領地に戻りますので、これ以上はお気遣いなく」

 そう言うとオクモンド様は弾かれたように顔を上げ、俺の肩に手を置いた。

「そんな、そんなことは言わないでくれ。すぐに戻る必要などないのだろう? だったらもう暫くここに……」

「話の途中で悪いけど、セリーヌ。君、僕が求婚していること忘れてる? 返事もせずに領地に帰ろうとしているの?」

「あ……」


 オクモンド様の勢いに面食らっていると、アレンがオクモンド様の手を俺の肩からぺいっと払いのけ、半眼で咎めてきた。

 こ、これは、かなりお冠の御様子。

 魔法も使っていないのに、冷気が漂っている。

 どこから話を聞いていたのかわからないが、アレンは俺が逃げるとでも思っているのだろう。

 違うからと俺は慌てて弁明する。

「べ、別に忘れていた訳じゃない、ですよ。でも、当初の予定ではそういうことになっていたから、一旦は帰らないと両親も心配するので。それに返事は領地に戻ってもできるでしょう⁉ アレンの魔法なら、どこにいても会えるじゃない」

「じゃあ、前向きに考えているんだね。僕から逃げる気じゃないんだね。まあ、逃げても逃がさないけど」

 ……義息子が怖い。

 先ほどのプレゼント交換をしていた時の、ほんわかな雰囲気はどこに行った?


 俺がプルプルと震えている横で、オクモンド様が眉を八の字にしていた。

「アーサーと違って、私は、簡単には会いに行けない……」

 俯くオクモンド様がシュンと項垂れているように見える。

 何だ、この雰囲気は?

 俺が帰るのはデビュタントが終わった後で、まだ先のことだし、帰ったところでアレン以外はそんなには困らないと思うけど。

 やはりオクモンド様は騒がしいのがお好きなのだろうか?

 だがそんなことも、日々の忙しさに紛れればすぐに忘れてしまうはずだ。

 俺の存在など些末なことだと思うのに、目の前で項垂れているオクモンド様はかなりショックを受けているようだ。

 オクモンド様、寂しがり屋節、浮上。


 俺はきゅうんと見つめる大型犬、コホン、オクモンド様に何と声を掛けようか迷ってしまう。

 帰らない。とは流石に言えないしな。

 困っていると兄が俺の肩に手を回して、抱きしめてきた。

「二人共、何を言っているのですか? セリーヌの帰宅は決まっていたことです。そりゃあ、私もセリーヌが帰ってしまったら、寂しくて当分は仕事なんてできなくなるでしょうが、それも仕方がないこと。人間生きていたら諦めなくてはいけないことも、あるのです」

 オクモンド様とアレンに言い聞かせるように言った兄は、涙ぐんでいた。

 そんな大袈裟なと、俺は目を丸くする。


「……そうだな。私も仕事ができなくなるかもしれない」

 兄の言葉に同調するオクモンド様。

「いや、王子様が何を仰ってるんですか? 国政が止まったら大問題ですよ」

 大の男が二人して、一体何を言ってるんだ?

 俺の帰宅ごときで、王子の仕事が止まるなどありえない上に、重大責任じゃないか。

 え、何? 国政止まったら俺の所為なの?

 混乱した俺が辺りを見渡すと、ふと数歩離れた距離にいるアクネと目が合った。

 アクネは何故かしたり顔で、こっくりと頷いた。

 え、何その顔?


 アクネは当てにならないと再度見渡すと、伯爵家の護衛や騎士までがうんうんと頷いていた。

 護衛はまだ伯爵家で会うこともあり割と近しい存在だから、俺がいなくなっては寂しいと兄の意見に賛同するのはわからないでもないが、騎士は完全に俺のことなど知らないだろう。

 今日初めて会ったお前たちが何故頷いているのだと、俺は騎士たちをジト目で見つめた。

 俺の視線に気付いた騎士たちは、それぞれコホンと咳払いして視線を逸らした。

 今更遅い。


 視線を元に戻すと、苦悩している兄とオクモンド様の横でアレンが嬉しそうに口角を上げていた。

「領地に戻ったら、独り占めできる」

 誰を? とは流石に言わないが、それはそれで何だか怖い。

 無意識に両腕を擦っていると、アレンと目が合った。

「帰りは送ってあげようか?」

「いえ、結構です」

 俺はきっぱり断った。


 確かにアレンの魔法で送ってもらえれば、お尻の痛くなる馬車の長旅をしなくても済むだろうが、それを頼んでしまえば事あるごとに魔法で現れるようになるだろう。

 それくらいなら数日荷物と一緒に揺られる方がマシってものだ。

 いや、決してアレンに会いたくないとか、そういうことを言っている訳ではないのだが、何にでも節度は大切だと思う。

 色々許してしまうと、そういうこと、ぶっ飛ばしそうなんだよなぁ、アレンは。


 俺は頭を振って、全員を見据える。

「と・に・か・く、こんな所で突っ立ていても邪魔になりますので、移動しましょう」

 滅多にお目にかかれない美形三人組と堅苦しい騎士たちの集団は、とにかく人目を引く。

 ボ~っと男三人を見つめる少女たちで、雑貨屋の前は渋滞になってきている。

 俺は全員に歩くように促した。


 兄もオクモンド様も妹として可愛がってくれるのは大変ありがたいが、度を超すとちょっと面倒くさい人たちでもある。

 足の重い二人の背中を、ポンポンと叩く。

「その話はまた今度にいたしましょう。往来で立ち留まっては迷惑になります」

 そうして大人しくなってしまった二人を連れて、俺たちは街を後にしたのだった。

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