プレゼント交換?
蛇に睨まれた蛙。
ジトリと冷や汗が背中を伝った時、兄の「セリーヌ」という呼び声でオクモンド様が動いた。
よし、空気が変わった。
俺は救世主と化した兄に笑顔を向ける。
「お兄様、お話は終わりましたか?」
「ああ。ていうか、オクモンド様。今、何してました?」
俺を庇うように背中に隠してジト目を向ける兄に、オクモンド様の口元が引きつる。
「セリーヌ嬢と、その、話をしていただけだ」
「話していただけには見えなかったですけど……」
視線を逸らして後退するオクモンド様に、さらに疑惑を浮かべる兄の背中を、俺は軽く叩いた。
「私が不躾なことを言ったので、気を悪くされたのかもしれません。申し訳ありませんでした」
ペコリと頭を下げると、オクモンド様が慌てだした。
「いや、違う。そんなことはない。嬉しかったと言っただろう」
「でも、いきなり赤くなられたからお怒りなのかと……」
「え、そう捉えられたの? 全く違うよ。その逆だ」
「セリーヌが何か失礼なことをしましたなら、兄である私の責任です。申し訳ありません」
「だから違うって~~~」
兄まで謝罪し始めて、オクモンド様は涙目になった。
どうやら本当に怒ってはいないらしい。
「お兄様、オクモンド様は怒ってらっしゃらないみたいです。良かったです」
「そうだね。そういうことにしておこう」
「?」
ニコリと笑う兄に、俺もつられて笑顔を返す。
オクモンド様が気まずそうに首の後ろを掻いている。
そこに「何かあった?」とアレンがオクモンド様の後ろから現れた。
ジッとオクモンド様を見つめるアレンの眼は、何か警戒しているようにも見えた。
何だかおかしな空気になりそうだったので、俺は慌ててアレンに声をかけた。
「アレン、何か見つけた?」
「うん。これ、どうかな?」
アレンの掌には、蝶の形の髪飾りが乗っていた。
銀細工の蝶には中央にオパールが付いていて、とても可愛らしい雰囲気だ。
おっさんが入ってる俺でも目が奪われる代物だ。
以前にもらったダイヤのアクセサリーといい、アレンはなかなかセンスがいい。
俺は自分の髪にあてて、アレンに問う。
「どう? 似合うかな?」
「うん、可愛い。じゃあ、これにするね」
そう言ってアレンはニコッと笑い、俺から髪飾りを受け取って支払いに行った。
アレンと代わるように、アクネが俺の側へと戻ってくる。
「セリーヌ様、お品です。皆様の分もお持ちになりますか?」
「うん、店から出たら渡すから。……因みにアクネ、もっと早くに支払いは終わっていたよね?」
俺は先ほどから、そう、オクモンド様に手を掴まれている時からアクネの姿を目の端で捉えていた。
付かず離れずの微妙な位置に護衛や騎士たちと一緒に佇んで、生暖かい視線をこちらに向けていたのである。
その行動の意味するところは? 主人に納得いく説明を願う。
だがアクネのあっけらかんとした返答は、俺の首を傾げさせた。
「はい。何か邪魔をしてはいけないような雰囲気でしたから」
「邪魔って、なんで?」
「……私はセリーヌ様の味方です。女には心変わりというものもありますので、どうぞ後悔なきよう、素直になってください」
「?」
戻って来ていたのなら早くこちらに来てくれていたら、オクモンド様を怒らせたと勘違いするようなこともなかったのにと思って言ったのだが、訳のわからない返しをされただけだった。
おっさんには十九歳の女性の気持ちはわからないよ。
チラリと兄とオクモンド様を見ると、二言三言会話した後すぐに先ほどの店主とのやり取りを報告していた。
どうやらコンウェル伯爵領の品は、他の地方の商品に交じって入荷されていたらしい。
数も金額も微量な物からして、誤って運ばれたのだろう。
入荷先に連絡して一応調べるらしいが、話し合いで済むとのこと。
次兄がいるので大丈夫だろうと思っていたが、自領のことなので少し気になっていたがホッと一安心である。
けれど次兄はコンウェル領から離れて王都で暮らしているのに、ちゃんと自領の品を把握しているとは凄いなと、改めて感心させられた。
アレンが戻ってきたところで、一同は店の外に出た。
次はどうしようかと悩んでいると、アレンが「はい」と先ほどの髪飾りが入った袋を俺に手渡してきた。
「ありがとう。じゃあ、私からはこれ」
アレンにと選んだ髪紐が入った包みを渡す。
プレゼント交換をした俺たちを、ギョッとした表情で見る兄とオクモンド様。
アレンは袋から中身を取り出すと、コテンと首を傾げた。
「紐?」
「髪紐だよ。綺麗な虹色だろう。邪魔な時にでも使ってくれたらいいかと思ってさ。アレンがくれたのも髪飾りで、付いているオパールも虹色だから、お互いに似たような物を選んだよね」
クスクスと笑う俺に、アレンの表情も柔らかくなる。
「セリーヌ、そんなアーサー殿とプレゼント交換なんて、いつの間に……」
「あ、お兄様とオクモンド様のはこちらです」
兄が怒ったような慌てたような表情でこちらに来たので、俺はズイッと二人にも袋を差し出した。
「え?」
驚く兄と呆けるオクモンド様。
「羽ペンです。お仕事ですぐに痛むでしょう。執務の多いお二人なら何本あってもいいかと思いましたので」
「え、私に?」
「はい。せっかくなので今日の記念に。あれ、いりませんでした?」
「いる。いるよ。嬉しいよ。ありがとう、セリーヌ」
感極まったというように、兄が両手を広げて俺に抱きついてくる。
その加減の知らない力強さに、俺は呻く。
ぐえぇ、圧迫死するぅ。
俺が酸欠になる前にどうにか腕を緩めた兄は、満面の笑みで嬉しそうに語りかけてくる。
「ああ、もう、本当になんて可愛いことをするんだろう。お返しは何がいい? 宝石、ドレスは無難過ぎるから、セリーヌ専用の馬車かな? それともお屋敷?」
羽ペンのお返しに屋敷なんて、冗談なのはわかるけど兄の感覚がどんどんとズレている。
まさか本気? と怖過ぎる申し出に、俺は首をブンブンと横に振る。
「私はお兄様とこのようにお出かけできただけで満足です。楽しかったので、また誘ってくださいね」
「可愛い! 優しい! 健気‼ もちろん、また来ようね。次はもっと色々と回ろう」
よし、言質はとった。
兄の言葉に俺はニヤリとほくそ笑む。
外出禁止令は一応解除されたが、過保護の名のもとにまたいつ何時、言い渡されるかわからない。
その時に備えて一言でも多く言質を取っておこうと、俺は保険を掛けたのだ。
これでもしも再び軟禁された場合、一回くらいは出かけることができるだろう。
兄からやっと解放されてホッと一呼吸していると、オクモンド様がオズオズとこちらに近寄って来た。
「私ももらっていいのだろうか? 私からは何も用意していないが……」
「もちろんです。迷惑でなければもらってください。日頃の感謝のお礼です。それにオクモンド様から何かをもらっては、私の立場が危険になるのでいただけません」
ズバッとそう言うと、オクモンド様が口元を引きつらせた。
「うっ、そう言われてしまうから何も用意できないのだが、内密で渡すくらいはいいのではないか?」
チラリと上目遣いでそう言われたので、俺はう~んと顎に手を置いて考えるそぶりをする。
「そうですね。では、私が領地に戻る際にでもお願いします」
「え?」
「え?」




