二人で会話
アクネと二人で店内を見て回り、俺は髪紐を買った。
アレンの綺麗な髪を縛るつもりはないが、邪魔に思う時もあるだろう。
持っていて損はない。
それにこれは、とても美しい虹色で細い糸を組み上げた組紐という物らしく、遠い東の国から輸入された珍しい品だそうだ。
薄い色彩を持つアレンに映えそうだなと一目惚れした。
商品を選ぶのに手伝ってくれたアクネにも、俺と色違いのリボンを買う。
キャッキャウフフは苦手だが、女の子のウフフくらいはいいだろう。
アクネが支払いに行ってくれているので、近くで大人しく待つ。
「何か良い物はあったかな?」
後ろから突然、オクモンド様が声をかけてきた。
「あれ? あの、お兄様は?」
「ルドルフは店主と話し込んでしまった。最初は軽い視察のつもりだったのだが、どうやらコンウェル領にある物が無断で売られていたようで、それについて確認しているみたいだ。私が入ると国レベルになってしまうから、少し離れて様子を見ている」
おや、まあ、と俺は兄の方を見る。
冷静に店主の話を聞いているようで、特に怒っている様子はないので、まずはホッとする。
「会話次第では、連行することになりますか?」
「いや、この時点では動かない。それにお互いに冷静だから、そこまでの揉め事にはならないのじゃないかな?」
オクモンド様の冷静な判断にも感謝する。
せっかく街に出て来たのに、ここでそんな展開になるのは嫌だ。
ジッと兄の様子を見ていると、隣でオクモンド様がフッと笑った。
「どうかしましたか?」
「いや、君と二人きりは久しぶりだと思ったから」
「初日以来ですね」
俺は王都に来た日に、彼に助けてもらった時のことを思いだした。
「その節はお世話になりました」と少しおどけて頭を下げると、オクモンド様も大袈裟な素振りで「いえいえ、どういたしまして」と返してくれる。
結構ノリはいいらしい。
そしてオクモンド様は俺を見つめると突然、真面目な顔つきになった。
「あの時、君は怖くなかったの? 悪意ある大勢の令嬢に囲まれて、頭からワインを掛けられその上グラスの破片、なんて物を持たれていたのに」
彼は、イザヴェリが俺を傷付けようとしていた時のことを話題にした。
あの時の俺は、恐怖なんてものより自分の姿の方が気になっていたし、何より小娘に向けられる悪意など、セディの頃に比べるとなんてことはない。
それに王都のお姫様など秒で全員潰せるしな
俺は彼の少し眉の下がった心配顔を見ながら、本当のことを話すことにした。
可憐な美少女を演じるのは兄の前だけでいいだろう。
それにオクモンド様には、すでにバレているところもあると思うし。
そうして俺は、彼の方に体ごと向いた。
「えー、まあ。あの時は、こうしようかな、と思ってまして……」
そう言って、自分の拳をオクモンド様の顔にゆっくりと近付ける。
勢いづけて、こちらを見ている騎士が飛んできたら困るからな。
オクモンド様はそんな俺の行動に目を丸くしながらも、ハハハと笑った。
「そうか。それは彼女も私が来て助かったということだな。あのままでは君の顔に傷がつく前に、彼女の顔が腫れていたということか。ちょっと見たかったかも」
ハハハハハと笑い続けるオクモンド様は、最後に本音が漏れていた。
俺は肩をすくめながら手を下ろした。
「一応、領地ではバーナードお兄様に剣術を習っていますし、護身術も身につけています」
「そうなのか?」
「はい。あ、このことはルドルフお兄様には内緒でお願いします」
「え、ルドルフは知らないの?」
「はい。お兄様は夢を見てらっしゃいますから」
「ん? それはどういうことだろう?」
「妹が可憐でか弱いお姫様で、自分が守ってあげなくてはいけないという男の夢です。バーナードお兄様がそう言って、私に夢を壊すなと命令されました」
「……ルドルフが夢見がちなのはわかるが、バーナード殿もルドルフには甘いのかな?」
「はい。叶えるこちらが大変です」
ぶはっ。
本音をズバズバと話していると、オクモンド様が噴き出した。
余程ツボにはまったらしい。
大笑いした後、最後にはケホケホとむせている。
俺はそっと背中を擦った。
「ご、ごめん。こんなに笑うつもりはなかったんだけど……」
クククと笑いが収まらないオクモンド様に、俺は「いえ」と兄を見ながら背中を擦り続けた。
「楽しんでいただけたようで何よりです。私でよろしければ、いつでもこのような話くらいいたしますよ。ただでさえ王族に、気の抜ける場所などないのですから」
「え?」
「あ、いえ、失礼いたしました。何でもありません」
オクモンド様が笑ってくれて嬉しくなった俺は、つい要らぬことを言ってしまった。
王族が孤独で辛いことなど、田舎令嬢が訳知り顔でほざくことではなかった。
「……以前にも感じたんだけど、セリーヌ嬢は私を、その、一人の人間として見てくれているのかな?」
オクモンド様が俺の内心を探るように、少し不安げに訊いてきた。
その言葉は王族としてではなく、ただ普通の二十歳の青年の真の言葉のようだ。
だが俺はそれには答えずに、王族の彼に謝罪した。
「不敬でした。申し訳ありません」
「いや、責めているのではなくて……その、嬉しかったんだ。私の、弱い心に寄り添ってくれているようで」
オクモンド様の寂しさを勝手に理解したつもりで、つい要らぬお節介をしてしまったことに気付かれていたようだ。
まあ、下心なしに雑談をしようというのは露骨だったかもしれない。
俺は謝罪をしたが、オクモンド様は嬉しかったと言ってくれる。
どうやら俺のお節介は無駄ではなかったようだ。
けれど、だからといって「その孤独、俺にもわかるぞ、わかる」と肩を組む訳にもいかない。
俺はニコッと微笑んだ。
「私のことは、お兄様の付属品だと思ってください」
「え?」
「お兄様の付属品ですから、お兄様と同じように気を許してくださいとは言いませんが、気を抜く場所の一つにしてください。私に気兼ねはいりませんし、気負う必要もありません」
俺の言葉に、オクモンド様は目を大きく開いた。
小娘が、何を偉そうに言っているんだと呆れているのかな?
俺は愛想を振りまくように、もう一度ニコリと笑ってみる。
するとオクモンド様の顔が、一瞬にしてぶわっと赤く染まった。
「え、オクモンド様、どうしました?」
いきなり熱でも出たかと慌てた俺は、彼の額に手を伸ばす。
その手をパシッと、オクモンド様に握られた。
「あ、いや、熱じゃない。大丈夫だ」
「でも顔が真っ赤です。えっと、お兄様を呼びましょうか? それともアレン?」
治癒魔法で治してもらおうかと提案すると、掴まれていた手に力が入る。
熱が一気に上がって辛いのだろうか?
「いや、呼ばなくていい。というか、今は呼ばないでほしい。もう少しこのまま二人で……」
「え?」
何故か真っ赤な顔のままオクモンド様が、俺をジッと見つめてきた。
なんだ、これ?
ちょっと、いたたまれないぞ。
ただでさえ精悍な顔つきのオクモンド様にこれほど真剣に見つめられて、冷静でいられるはずがない。
誰かを彷彿とさせるその表情は、そういえば昔も何度か見たことがあったなと要らぬ過去を思い出す。
セディと名を呼ばれ、真剣な目で俺を見つめる彼は……。
いやいや、今はそんなことを思い出している場合ではない。
これほど見られているということは、調子に乗り過ぎて怒らせたのかもしれない
罰せられたらどうしようと、この状態に緊張が走る。
こんな場所で見つめ合うなんて、さぞかし注目を浴びているだろう。
周囲を確認したいが、真剣な顔のオクモンド様から目が逸らせない。
なんか逸らしたら最後……食われそうだ。




