次のお店では
全員の視線を浴びて困惑する俺の両手を、ガシッと包むように両手で握りこんできたのは兄。
「流石、私のセリーヌだ。天才だね。すぐに兄上に連絡しよう。コンウェル領の名物になるぞ」
名物、とな?
俺はコテンと首を傾げる。
「あああ、その際にはこの店でそれを売る許可をいただきたい。ぜひ作ってみたいのです。何ならこの店をコンウェル領の直営店にしていただいても構いません」
なんか話が盛り上がってきた。
よくわからないが、どうやら俺の意見は商品になるらしい。
「バーナード殿も凄いと思ったけれど、セリーヌ嬢も凄いんだね。そんなアイデアがすぐに思い浮かぶなんて」
オクモンド様が褒めてくれるが、いや、ただ単にぶっかけて混ぜ込めと言っただけなのですが……。
陳腐な提案を純粋な瞳で感心されることに、いたたまれなくなった俺がそっと横を向いていると、アレンが俺の耳元に囁いた。
『昔からセディの単純な思い付きって、大きな問題に発展することあったよね』
『はあぁ? 俺がいつ……』
『壊れた橋の代わりに側にあった大木を切り倒して渡った結果、村人がその大木を利用して橋を作り直したり、何かが襲ってきたと石をそれに投げつけて見事倒したら、赤ん坊を咥えた狼だったり、ね」
………………………………なんか、俺って奴は考えるより先に行動した方が良い結果を得るようだ。
くっ、これが脳筋の為せる業なのか。
ううう~っと唸っている俺の横で、アレンがとろけるような笑みを向けていた。
『僕を助けてくれたのも、そのうちの一つなんだろうね』
だが俺は自分の単純さに苦悩していて、アレンの呟きには気付きもしなかった。
カフェの店主と兄が商売提携を結んだところで店を出た。
なんかマダムリンドールといい、この店といい、兄が喜ぶことばかりが続いている。
いや、セリーヌにとっても服を作ってもらったり、コンウェル領が潤うのは大変喜ばしいことなのだが、兄の機嫌より上機嫌になることはない。
屋敷を出た時の顔と今を比べると、肌の艶まで良くなっているほどだ。
「次はどこへ行こうか? 普通の令嬢だったら宝石店や服飾店だけど、セリーヌ嬢にはそれ自体にあまり興味はなさそうだよね」
オクモンド様が隣で訊いてきた言葉に、ギクッと肩が跳ねる。
確かに普通の令嬢ではないよな。
中身おっさん入ってるし……。
「オーク、セリーヌをそこら辺の令嬢と一緒にしないでください。可愛くって優しくって素直で可憐な天使、それがセリーヌです。宝石やらドレスなど、そんな低俗な物に純粋な魂は惹かれません。ですからセリーヌには、こちらから提示してあげないといけないのです」
天使な俺の魂、おっさんだが……。
兄の妄想が一段とパワーアップしているような気がするのは、俺だけだろうか?
離れていた間、俺をお姫様だと夢を見ていたのは構わないけど、現実に目の前にいるのは迷惑かけまくりのおっさん令嬢だということに、いい加減気が付いてほしいものだ。
猫被りは続けているものの、アレンはもとよりオクモンド様にも気付かれつつあるというのに、この兄だけは俺へのフィルターが厚過ぎる。
げんなりしていると、オクモンド様が何やら真剣な顔つきになった。
「セリーヌ嬢を他の令嬢と一緒にしているつもりはない。違うからこそ、好感が持てる」
ん?
オクモンド様が何やら寝ぼけている。
朝早かったのかな?
「オーク、貴方がむやみに女性を褒めないでください。誰かに聞かれたら、セリーヌの身がますます危険にさらされます」
兄の眼が据わっている。
アレンも無言でスッと俺の後ろに立つ。
やめろ、お前ら。圧をかけるな。可哀想だろう。
「もう、お兄様ったら。私は幼馴染の妹だから、オクモンド様も自分の妹のように思ってくださっているのですよ。王女様の扱いと似ていると思いませんか?」
そう言って俺がフォローすると、兄は考えるようなそぶりをした後「確かに」と頷いた。
「オクモンド様も、あまり兄を揶揄わないでください。さてと、それではどこに行きましょうか? せっかくですし、オクモンド様は行きたい所はないのですか?」
兄を窘めた後、オクモンド様にも注意をして行きたい所はないかと訊ねる。
俺にばかり意見を求めないでほしいと委ねてみた。
オクモンド様は苦笑して「そうだな」と街を見渡した。
「あちらにかなり大きな雑貨店があるのだが、一度視察しなければいけなかったんだ。そこでもいいだろうか?」
「お仕事ですか? フフ、真面目なオクモンド様らしいですね。わかりました、行きましょう」
俺は了承すると兄の背中を押して、そちらに歩いて行く。
背後でアレンがオクモンド様に「セリーヌは僕のだからね」と釘を刺していたことを俺は知らなかった。
オクモンド様が提示した雑貨店は、想像以上に大きくて立派な造りになっていた。
三階建ての建物全部が店なのだそうだ。
素知らぬ顔で中に入るが、この三人だ。注目は浴びる。
そして店主らしき人物が寄ってくる。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか? よろしければ上にある個室でお話をお伺いしますが」
店主はすぐに上客だと見抜いたのだろう。
個室を提示してきた。
「いや、特に目的はないのだが、中を少し見させてほしい」
オクモンド様がそう言うと、店主は「どうぞ、どうぞ」と人懐っこい笑顔で中へと誘導する。
心なしか高額の物があるエリアへと導かれているのは気のせいか?
オクモンド様と兄は仕事体制に入っている。
真面目な顔で花柄の便箋を見ているのは、少し笑える。
アレンが俺の隣でピトッと体をくっつけてきた。
「どうした? 何か気になる物でもあったか?」
「僕が気になるのは、セリーヌだけ。知ってるでしょう」
……いや、知ってるでしょうと言われても……まあ、知ってるか。
アレンは俺以上に物欲がなく、人はもちろん何にも興味がない。
だからこそ唯一側に居た俺に執着しているのだろう。
俺はポンポンとアレンの背中を叩く。
本当は頭をわしゃわしゃと撫でたいのだが、背の低い俺では全く届かないのだ。
くっ、無念。
「せっかく来たんだし、何か買うかな。店主もあんなに愛想良く相手しているのに何も買わずに出たら、流石に可哀想だ」
俺はキョロキョロと物色し始めた。
「アレンも見て来いよ。何かないか? そうだ、お互いに贈り物を選ぼう」
「お互いに? 僕がセリーヌにあげる物を選べばいいの?」
「ああ、俺もお前の物を選ぶ」
そう言うと、アレンはニッコリと微笑んだ。
店内では遠巻きにこちらを見ていた女性たちの悲鳴が上がる。
もう一々気にしないぞ。
「もしも何かあったら僕を呼んでね。アクセサリーは、何も着けてないでしょう?」
それぞれのプレゼントを贈るために、暫く離れる状態を心配するアレンは以前の茶会の際にくれた魔法を付加したアクセサリーの有無を訊いてきた。
あのアクセサリーは、俺の危険の際に発動するとっても優れた防犯グッズなのである。
「いや、ネックレスならあるぞ。イヤリングと指輪は兄に見つかるから着けてないけど」
本日は兄曰く、兄とのデートであるため他の男からもらった宝飾品は身に着けないでくれとのこと。
だけど何か一つくらいなら大丈夫だろうと、服に隠れるネックレスを選んだ。
確かこれは、常に居場所をアレンに知らせる物。
居場所さえわかれば、有事の際にはアレンが駆け付けることができるだろうと思ったのだ。
いや、別にわざわざアレンを呼びつけなくてもある程度なら俺だけでも対処できると思うが、以前話していた〔闇夜の蛇尾〕の存在が引っかかっていたので、つい手に取ってしまった。
別に俺が助けを求める攫われヒロインだなんて思ってはいない。
「身に着けてくれているんだ。フフ、わかった。じゃあ、選んでくるね」
「伯爵家の護衛と王家の騎士もいるんだ。それにアクネと一緒に回る。だから心配するな」
そう言うと、アレンは俺をがっしりと抱きしめた後、スッと離れて行った。
もちろん、悲鳴が上がりお仕事中の兄とオクモンド様が眉を顰めたのは言うまでもない。
なんかごめん、邪魔して。




