四人で街中堪能中
以前にアレンと来た場所からは、少し離れた街中へと辿り着く。
同じ商業地区ではあるが、こちらは貴族御用達の店が多く、洗練された静かな風情だ。
前回の下町風情の活気ある雰囲気は好きだが、これはこれで悪くないなと思うのは、セリーヌの乙女心の為せる業か。
マダムリンドールの店も近くにあるそうだ。
「セリーヌは何が見たい? なかなか街に連れて来てやれなかったお詫びに、好きな物を買ってあげるよ」
兄が大盤振る舞いである。
だが俺は、あまり物欲がある方ではない。
すでに十分与えられているとも思っているし、特別見たい物があるという訳でもない。
だから俺は、まずは借りを返しておこうと思った。
「デビュタントの衣装はもちろんのことですが、お茶会でもマダムリンドールの服で助けられました。お礼も兼ねて、少し寄ってみてもいいですか?」
「もちろんだよ。じゃあ、こちらだ」
兄の先導で俺が歩き出すと、オクモンド様とアレンも歩き出す。
そして十歩ほど後ろからアクネと伯爵家の護衛、そして王家の騎士がゆっくりとついてくる。
ぞろぞろと移動することに思うところはあるが、周囲を見ると歩いているのは貴族が多いのか、同じような人物が何人もいて、思った以上に悪目立ちしないようなので、その点ではホッとした。
とはいっても、三人の美貌に桁外れの護衛では、目立つなという方が無理な話ではあるが、そこはもう諦めた。
俺は無、貝になります。
マダムリンドールの店に着くと、護衛たちを外に残して店内に入る。
ちょうど彼女は店にいたようで、こちらに気付くと驚いたように目をパチパチと瞬いていた。
「まあまあ、殿下にレントオール様、それにコンウェル伯爵家のお二方、皆様お揃いで、ようこそおいでくださりました」
「先日は、妹の無理を聞いてくれてありがとう。助かったよ」
「いいえ、エリザベート様は大変お綺麗で、私どもも楽しくお仕事させていただいております」
マダムリンドールの挨拶に、オクモンド様がお礼を述べた。
そしてオクモンド様がチラリとこちらを振り返り「実は、セリーヌ嬢の先日のお茶会やデビュタントの衣装を見て、私が妹に彼女のセンスは素晴らしいと話してしまったんだ。それを聞いた妹がマダムリンドールに会いたいと我儘を言って急遽、城に来てもらったんだよ」と説明してくれた。
それはそれで迷惑をかけたなと、俺は挨拶と共にお礼を述べた。
「こんにちは、マダムリンドール。いつもお世話になっておりますわ。この度は王女様のお呼び出しにも応じてくれたそうで、ありがとうございます」
「まあまあ、いいえ。王女様にお呼びいただけるなど、なんとも光栄なことでございます。それに私も魅力的なお二人に出会えてインスピレーションが湧き、服を作る者としては大変充実した日々を過ごさせていただいておりますわ」
オホホと笑うマダムリンドールは、本当に楽しそうだ。
まあ、王女御用達の店となれば商売繁盛は間違いなしだしな。
いいことしたと思っておこう。オクモンド様がね。
「先日、突然兄妹でお茶会に誘われたのだが、衣装に困ってね。貴方のワンピースドレスを着ていったら、それまでセリーヌを田舎娘と馬鹿にしていた者もそれ以上何も言えなくなって気分がスカッとしたよ。貴方のお陰だ」
「オホホ、お役に立てたのならようございました。しかし、セリーヌ様相手に田舎娘とは、どこをどう見てそのようなことを仰ったのでしょうね。これほどお可愛らしいご令嬢はそうそういらっしゃらないのに。ああ、セリーヌ様を見ていたら、またしても新しいデザインが浮かびましたわ。デザイン画をお送りしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。楽しみにしている」
兄とマダムリンドールがハハハ、オホホと声を出して笑い合っている。
俺を着飾るのが大好きな二人だから、意気投合するのだろう。
アレンは大人しいな、と横を見ると、彼は視線が合ったマダムリンドールにペコリと会釈だけした。
マダムリンドールが手をワキワキとさせているようだが、アレンはサッと視線を逸らしていた。
どうやらマダムリンドールは彼にもインスピレーションが湧いているようだが、アレンはそれに気付いて逃げているのだろう。
服装には無頓着そうだもんな。
それにスタイルがいいから、どんな服でも着こなせるだろう。
筋肉質だったセディは羨ましいぞこのやろう、なんてことは決して思っていない。
マダムリンドールが奥でお茶でもと誘ってくれたが、街へは着いたばかりだ。
他にも回る所があるからと辞退して、もう一度礼を述べてからお店を出た。
次にどこへ行こうかと周りを見渡す。
「この間話したチョコレートを扱っている店に行ってみるかい? 少し奥に入った所だけど、そんなには遠くないはずだ」
オクモンド様が、お茶会で話していたチョコレートのお店を案内してくれると言った。
俺は喜んで頷いた。
まだあまり知られていないというチョコレートを使った商品は、メニューには載っていなくて知る人ぞ知るといったような扱いらしい。
俺はそんな珍しい物を口にできるのかとワクワクした。
店に着くと、雰囲気の落ち着いた普通のカフェで、そんな目新しい物を販売しているようには見えなかった。
オクモンド様の護衛が店主と話して、中へと導かれた。
ちょうどお客の足は途絶えていたようで、こちらの身内が全員中へ入ると貸し切りの状態になる。
そうして運ばれてきたのが、チョコレートを使ったケーキ。
普通のスポンジケーキに溶かしたチョコレートをかけたそうだ。
騎士は流石に任務中だと言って食べなかったが、アクネと伯爵家の護衛は俺たちと一緒に食べた。
うん、溶かしたチョコレートが薄く固まっているから、パリパリして美味い。
「お兄様にいただいたのは、もっと厚みのあるチョコレートだったので、この薄いのも美味しいです」
ニコニコして俺が言うと、店主が驚いたように俺を見た。
「お嬢様は食べたことがあるのですか?」
「ええ、お兄様が製造に関わったから」
「え、まさかコンウェル領のお嬢様で?」
俺が是と頷くと、店主はパッと俺の手を取ろうとしてアレンに手を掴まれた。
何かに興奮したのだろう。
ただ俺の手を握ろうとしただけだろうが、アレンはそれを許さなかった。
周りの護衛も遅ればせながら立ち上がる。
「僕のセリーヌに触らないで」
アレンの冷ややかな言葉に店主が腰を抜かしそうになったので、俺は二人の間に割って入った。
「ちょっと手を取ろうとしただけだろう。害はないよ。そうムキになるなって」
「それでも嫌なの。セリーヌに触れてもいいのは僕だけでしょう⁉」
「貴方も駄目です! この中で唯一許されるのは兄である私だけです」
アレンの言葉に、お約束のように兄がかみついた。
「ああ、店主大丈夫か? でも君も不用意に淑女の手を握ろうとするのはいただけないな」
オクモンド様が場を落ち着かせるために、店主を注意した。
「は、はっ、も、申し訳ありません。ついこのチョコレートをお作りしたコンウェル領の身内の方だと思うと感動してしまって」
「確かにお菓子界の大発明らしいし、これもとても美味しいけどね」
謝罪する店主にオクモンド様は苦笑する。
「私はこの店で細々とお菓子を作るのが好きなもので、そんなだいそれた菓子を作ってみようなどと思わなかったのですが、このチョコレートに出会って、何か新しい物を作ってみたいと思うよになりました。ですが想像力が貧困なのでしょう。溶かして上にかけるくらいしか思い浮かばなかったのです」
「これで十分、美味しいですよ。もっと他にも、と考えるのなら、そうですねぇ。イチゴとか果物の上に直接かけるとか……。あ、砕いたチョコレートをクッキーに混ぜるのもいいですよね」
甘い物が好きな俺が浮かんだことを口にすると、周囲がシーンと静まり返った。
え、何? 怖いんだけど……。




