返事を迫られています
バトラード公爵家のお茶会にすっかり気を取られていて、後回しにしていた重い案件をいきなり引っ張り出された俺は、目を丸くする。
固まる俺の両肩を、ガシリと掴んで揺すってくるアレン。
「コンウェル伯爵の返事も遅いけど、肝心のセリーヌの返事も遅いよね。なんで? 僕じゃ駄目なの?」
「い、いや、駄目っていうか、それは以前にも言ったけど、俺は父親である伯爵の命令に従うだけだから」
ガクガクと揺すられて目を回しながらも、どうにか答える。
「じゃあ、セリーヌの気持ちは? セリーヌは僕と一緒にいたいと思わないの?」
「え、それは、まあ、せっかく再会したんだから、暫くは一緒にいたいと思うよ」
「暫くは? ずっとじゃないの?」
「あ、いや、それは……。まあ、俺も今はこんな姿だし、お前の親父ではなくなった訳だから、ずっとは無理だろう」
「だから、セリーヌとしてお嫁さんにもらうって言ってるでしょう。それでずっと傍に居られるじゃないか」
「いや、だから、それでお嫁さんって。流石に無理がある」
「何が無理なの? 僕はセディが好きだし、セリーヌを愛せるよ」
「は?」
……なんか、話が変な方向に向かっているような気がする。
セディが好きなのはわかるが(ほとんどの魔力を失ってまで生き返らせたぐらいだからな)でも、セリーヌを愛せるっていうのは、どうなんだ?
「あのね、セリーヌ。僕はね、人嫌いなんだ」
うん、知ってる。
俺が困惑していると、いきなりアレンが真面目な顔でそんなことをほざいたが、いちいち言われなくても人嫌いであることは昔から嫌というほど知っている。
アレンの生い立ちを考えれば、嫌いだというのも当然だろう。
誰彼構わず憎まないだけマシというものだ。
これは環境の所為だから、アレン本人の所為ではない。
だがそれは、今の話題には関係ないだろうと眉を顰めると「だからね」とアレンはニッコリと微笑んだ。
「人嫌いの僕が唯一好きだったのはセディだけ。そのセディが可愛い女の子の姿に生まれ変わったんだよ。中身がセディなら外見を愛することなんて簡単さ。僕はセリーヌを愛することができるんだ。いや、もうすでに愛してる」
…………………………………………え?
あ、いや、なんとなく理由はわかるんだけど……え?
つ、つまり、アレンはセディだった頃の俺を慕っていた。
気持ちは息子としてとか人として、好きだったのだろう。
アレンにとっては唯一、気を許せる相手だったのはわかる。
そんな俺が女の子になった。
だったら俺を伴侶として傍に置くことができると、そう言いたいのだろうか?
うん、わかる気はする。するんだけど……。
「セリーヌは?」
「へ?」
「セリーヌは僕を愛せない?」
……ど、どう返事をすれば正解なんだ?
正直、アレンのことは好きだし、ちゃんと愛してもいる。
だけどそれは、義息子として、だ。
どうしても昔のアレンの姿ばかりが頭をよぎり、今のアレンと重ねてしまう。
そんなアレンを伴侶として見られるかというと……難しい。
以前にも思ったが、セリーヌはまだ恋を知らない。
異性を恋愛対象として見ることが、できていないのだ。
それをアレンにどう伝えるかは難しいが、嘘だけはつきたくない。
俺は素直に、今の心情を言葉にすることにした。
「あのな、アレン。お前がどうこうではなく、その、セリーヌはまだ、子供なんだ。誰かを愛することができるかどうかも、まだよくわからない」
「昔を思い出して混乱するのはよくわかるけど、僕を愛せるか愛せないかぐらいはわかるでしょう? だってそれは、素直な気持ちなんだから。例えば僕がこうすると、嫌?」
そう言って、いきなり両手をアレンの両手で包み込まれた。
「別に。こんなことぐらい嫌な訳ない」
「そう。じゃあ、これは?」
次に、その手の指先にチュッとキスされる。
「お、おい⁉」
「嫌?」
「やっ、別に嫌ではないけど……」
驚いた俺が文句を言おうとすると、ジッと見つめられて嫌かどうかを訊ねられる。
アレンとの触れ合いに嫌だと思ったことはない。
だから嫌じゃないと首を振ると、アレンは嬉しそうに「じゃあ」と次に移ろうとする。
俺は慌ててアレンの行動を止めた。
「待て、アレン。俺はお前のすることは、どんなことでも嫌だとは思わない。だけどそれは、結婚できるということではない。それとこれとは別問題なんだ」
「どうして? 結婚しない相手と触れ合えるなんて、セリーヌは節操のない人なの?」
「はああぁぁぁ?!?」
言うに事欠いて、節操のない人だとー⁉
「誰が好き者だ、ごるらぁぁぁ!」
「言ってない。そんなこと一言も言ってない。全く脳筋なんだから」
ハアーッとアレンは大きな溜息を吐いたかと思うと、くすっと笑った。
「全く、セリーヌはずるいなぁ。そんなことを言われると無理強いできなくなるでしょう。わかった。今日は返事を聞くのは諦める。だけど本当に早く教えてね。もしも伯爵に断られたとしても、僕は絶対に引く気はないから。セリーヌが受け入れるしかないんだからね」
ニッコリと微笑むアレンに、俺はあんぐりと口を開く。
え、なんか勝手に返事をしなくていいことになった。
ひとまずホッとしたけれど、アレンの言葉は素直に喜べない。
だって、俺が受け入れるしかないということは、気持ちの整理をつけるしかないということ?
俺が一日でも早く、アレンを一人の男として好きになるしかないと、そういうことだろう。
「あー、俺に拒否権は……」
「ない。ある訳ないでしょう。何のために生き返らせたと思っているの? 他の奴と一緒にさせる気なんて、欠片もないよ。セリーヌは僕とずっと一緒にいればいいの」
言い切られて、愕然となる。
何のために生き返らせたって、そんな身もふたもない。
――先ほどまで、戦争を終わらせた魔法使いがアレンではないかと疑って、もしもアレンがその魔法使いだとしたら彼の気持ちを俺は助けることができるのかとか、そんなことを割と真剣に考えていたのだが、なんか、その必要ないのかも。
アレンは単純に俺と一緒にいたいだけ。
それが今は女であるセリーヌの体だから結婚という方法を言っているだけに過ぎなくて、昔のセディなら家族として一緒にいたのかもしれない。
答えてあげたい、とは思う。
だが、それでもやはり今の俺には「アレンと結婚する」とは言い切れない。
セリーヌの十五年の生活も、やはり大事なんだ。
だからコンウェル伯爵がどう判断するか、もう暫く待ってみたいと思う。
そのうえで、改めて俺も真剣に考えよう。
もしも父が承諾したら、婚約者としてちゃんと向き合う。
そしてもしも断ったとしたら、その時はもう一度アレンと話し合う。
話し合ったとしても今日と同じ結果かもしれないが、その時なら俺も前向きに考えられる。
アレンはティーセットを魔法で出すと、ゆっくりとお茶を注いだ。
そのお茶を飲んで以前にも懐かしいと感じたが、アレンの入れてくれたお茶だったからだ。
淹れ方も変わらないのだなと、ほっこりしてしまう。
「セディ、僕のお茶好きだったでしょう。僕と結婚したら、もれなくこのお茶が一生ついてくるよ」
「なんだ、それ?」
「アピールポイント」
くすっと笑う。
自分と結婚したらこんな特典がついてくるとアレンが嬉しそうに話すのを、俺は笑いながら聞いていた。
そんな特典がなくたって、お前がいれば十分だ。なんて、そんなことは思っていても口には出さない。
だってアレンは確実に、調子に乗るからな。