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逃れられませんよ

 イザヴェリの号令のもと、一斉に動き出した令嬢方に押し寄せられたアレンは、俺を奪われないようにと囲い込んでいた腕に力を込めたが、アレンではなく俺の腕を力任せに引っ張られ、怪我を負う心配をした彼が一瞬、力を緩めた隙に引きはがされた。

 いきなりのことに呆気に取られる俺の元へも、令息の集団が包囲網を張る。

 ぎゅむぎゅむと押し寄せられている兄たちとは違って、俺は一定の距離を保たれてはいる。

 だが、それも時間の問題か。


「せっかくこうして出会えたというのに、帰ってしまわれるのは寂しいです」

「コンウェル様にこのような愛らしい妹君がいらっしゃるとは、知りませんでした」

「もう少し、お話いたしましょう。ああ、お飲み物でもお持ちしましょうか?」

 ニヤニヤ笑いを浮かべ興奮したように近付いてくる令息たちに、俺は拳を握りこむ。

 少しでも触れたら、その場で殴り倒してやる!


「き、君たち、やめないか!」

「皆様、落ち着いて!」

 イザヴェリの取り巻きや公爵家の傘下ではない令息令嬢が、必死でやめるように声を上げるが、そんなことでこの異様な雰囲気は収まらない。

 バトラード公爵夫妻とイザヴェリは、この状況をうすら笑いを浮かべて見ている。

 いつもは会場の中央にいるくせに、巻き込まれないように端に避けているのが小憎らしい。

 ふと気付くと、一人の令息が俺の後ろに近付いていた。

 肩に手を置かれる前に拳を振り上げて……。


「きゃあ‼」


 突然、女性の悲鳴が上がった。

 ハッとして振り返ると、令嬢の数人が座り込んでいる。

 その中心にいるのは、アレン。


 アレンの周りには冷気が漂っている。

 座り込む令嬢を睥睨するアレン。

「僕に触れないでって、言ったよね」

 どうやらアレンに触れた令嬢が、冷たさに驚いて悲鳴を上げたようだ。

 アレンは頭を上げると座り込む令嬢を避けて、冷気を漂わせたまま俺の方へと向かってくる。

 壁になる令息に手をかざすと、そこから冷気を放出させる。

「ひっ!」

 驚いて顔を覆う令息の横を通り過ぎ、俺の前へ辿り着いたアレンはそのまま俺の手を握る。

 冷気は霧散した。


 次に俺を連れて兄の方へと歩いて行く。

 兄を囲んでいた令嬢たちは、慌てて道を開けた。

 そして最後にオクモンド様の方へと向かい、道を開けた令嬢の横を通ると「オーク」と声をかける。

 オクモンド様は「やり過ぎだ」と苦笑した。


「僕は君の護衛としてこの場にいるのだから、危険を感じさせる行為にはこれぐらい仕方がない。怪我はさせていないよ」

「アーサー殿の仰る通りです。万が一、勢いで転倒し、怪我でもしたらどうするのですか? 彼女たちは王族に危害を加えたとして罪に問われます。そしてバトラード公爵、これは主催者である貴殿の責任も問われますよ」

 アレンの言葉に、兄が自分たちを囲んでいた令息令嬢と公爵を睨みつけた。

 確かにあのままでは、誰が怪我をしてもおかしくはなかったし、押し寄せる人波の中心にいるオクモンド様が怪我をする確率は高かっただろう。

 そうなると彼を囲んだ彼女たちは、罰せられることになる。

 令嬢たちの顔が一斉に青くなる。

 そしてもちろん、これを先導したイザヴェリ。しいては傍観していた主催者である公爵の責任も問題になるだろう。


「は? 何故私まで? 私は関係ありません。彼らが勝手に暴動を起こしたのでしょう。私も驚いています。イザヴェリのためにお越しいただいたオクモンド様を交えた楽しいお茶会を無茶苦茶にされて、ある意味我が家も被害者ですよ」

 だが、事の重大さに気付いていない公爵は、自分に責任はないと言い切る。

 蒼白な令息令嬢は縋るように公爵を見るが、彼は素知らぬ顔をしている。


「勝手にした、なんて言い逃れはできませんよ。どう考えても、先導したのは貴方の娘、イザヴェリ嬢じゃないですか」

 兄が公爵に暴動を起こさせたのはイザヴェリであると言うと、隣で自分は関係ないとそっぽを向いていたイザヴェリが、まあ、と大声を上げた。

「わたくしはお引止めしないと、と言っただけですわ。囲んだのは彼女たちが独断でしたこと。それを先導したなどと言われては、たまりませんわ」

 イザヴェリは言いがかりだと、侍女から扇を受け取り広げて顔を隠した。


「そうですわ。わたくしどもは皆様のためにこの場を提供したにすぎませんわ。好意でしたことを、そのように責任を押し付けられても困りますわよ」

 公爵夫人がふんっと顔を背けた。


 バトラード公爵家の態度に、俺たちを囲んでいた令息令嬢がたまらず、悲鳴を上げた。

「ま、待ってください、公爵様。我々を見捨てるおつもりですか?」

「酷いですわ、イザヴェリ様。私たちは貴方の命令で動いたのに」

「彼女を囲めと言ったのは公爵夫人、貴方ではないですか」

「そもそも本日のお茶会は、イザヴェリ様がオクモンド様と親しくなるために催されたものでしょう⁉ 邪魔な娘を排除しろと命令してきたのはイザヴェリ様ではないですか。私たちは協力したにすぎません」

「言うことを聞けば、官僚に推薦してくれると言うから協力したのに、こんな風に裏切るなんて、卑怯だ!」

 あっという間にバトラード公爵家の本日の悪事を暴露した下位貴族の令息令嬢。


「何を言っているんだ、お前たちは」

「わたくしたちを嵌める気なの?」

「下賤な者は黙ってなさい!」

 バトラード親子が余計なことは言うなと怒鳴るが、このまま大人しくしていたら罪を押し付けられると怯えた令息令嬢は口を閉じなかった。

 ギャーギャーと言い合う彼らに、関係のない令息令嬢と俺たちは呆気に取られる。



「……どうしますか、オクモンド様?」

 暫く様子を見ていたが一向に収まる気配のない状況に、兄が溜息を吐いているオクモンド様へ、この収拾をどうつけるか問う。

「私に丸投げされてもな……。仕方がない」

 オクモンド様は息を吸う。


「皆の者、鎮まれ!」


 決して大きくはないが覇気のあるその声に、今まで喚いていた彼らが一斉にピタリと静まり返る。

「確かに危険な行為ではあったが、今回は私にも怪我はなかったということで大きな罰には問わない。だが王族を囲むという行為は、悪心があってもなくても不敬ではある。よって関係した全員に罰金を言い渡す。後ほど城から徴収があるから、そのつもりで」

 罰金で済ませてやると言うオクモンド様に、令息令嬢はホッとした表情になる。


「我らは関係ありませんな」

 バトラード公爵が尚も自分たちは無関係だとほざく。

「関係なくはないだろう。主催者である以上、屋敷で起こったことはその当主が責任を負うのが筋だ。バトラード公爵家も徴収の対象だ」

 オクモンド様の無情な言葉に、眉間に皺を寄せる公爵。


「お金ぐらい差し上げればよろしいわよ、お父様。そんな微々たる金額など我が公爵家は痛くも痒くもございませんわ」

 ツンと澄ますイザヴェリは、オクモンド様に同罪だと言われてムカついているらしい。


「そうか、微々たる金額ならしっかりと徴収させてもらおう」

「主催者とはこの場の責任を持つ立場にあります。ということは彼らより徴収の金額も大きくなりますが、公爵家ならたいした痛手にもなりませんよね」

 オクモンド様と兄がニッコリと笑うと、イザヴェリが「え?」と目を丸くした。

 公爵は兄を睨みつけ、夫人はハンカチを噛み締めている。


 俺はその姿に、口角を上げたのだった。

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