三兄妹です
オクモンド様のお皿には、これでもかというほど彼の嫌いなドライフルーツが含まれたクッキーとバウンドケーキ、スコーンが乗せられていた。
全員が無言になる中、兄がそっとオクモンド様の視界から皿を遠ざける。
それらをチョイスしたイザヴェリがバツの悪そうな顔で「チッ」と舌打ちをした。
聞こえていないと思っているのか無意識なのかは知らないが、お父上にそっくりだね。
白けた雰囲気をぶち壊すように、公爵夫人が「オホホ」と突然高笑いを始めた。
「淑女の鑑と呼ばれるイザヴェリも、たまには勘違いすることもあるわよね。そんなところが、また可愛いのだけど。そうは思いませんこと、オクモンド様?」
「え、そうか? 今のは……」
「いやだわ、お母様ったら。こんな所で殿方が、本心など言えるはずないではないですか」
いいように誤魔化そうとする夫人は、オクモンド様に話を振ったが、反論される前にイザヴェリが邪魔をした。
王族の話を遮るなんて、普通に不敬だよね。
勝手に会話を続ける親子に、オクモンド様は表情をなくしている。
周囲の表情も引きつっていた。
「あ、そういえば私、王都に来たらチョコレートを食べようと思っていたのだわ。こちらにあるかしら?」
俺はふと、長兄に頼まれていたチョコレートというお菓子を思い出し、近くにいる給仕に訊ねた。
「はあ? ちょこ、れい? 何よ、それ?」
「オホホ、田舎で流行のお菓子かしら? あいにく王都ではそのような物、存在しませんわよ」
俺の発言にいち早く反応したバトラード母娘は、聞きなれないお菓子の名前に鼻で笑った。
だが兄が「セリーヌはチョコレートを知っているの? だったら送ってあげればよかったな」と俺の頭を撫でると、目を見開いた。
「最近、王都に入り出した菓子だね。まだ数店舗しか取り扱っていないのに、よく知っていたね」
オクモンド様が感心したように話すので、俺はいやいやと首を横に振った。
「バーナードお兄様に教わったのです。王都のお土産は、それにしてほしいと頼まれたので」
「兄上、自分が食べたいがためにセリーヌに教えたのか?」
俺が長兄の名を口にすると、次兄が項垂れてしまった。
ああ、そうか。次兄は俺が王都に来るからとその準備で、ここ最近領地に戻れなかったから知らなかったなと、俺は説明することにした。
「いえ、実はそのチョコレートの開発をバーナードお兄様がお手伝いしたのです。ルドルフお兄様もおわかりのように、チョコレートは一口サイズに固めた甘いお菓子なのですが、王都ではそれにアレンジを加えているとお聞きしたらしく、それを食すように言われていたのですわ」
「は?」
次兄が驚き過ぎたのか、変な声を出した。
「開発って、どうして? あのチョコレートの原材料カカオという豆は、南の方でしか取れないと聞いたのだが」
オクモンド様が驚いた表情のまま訊ねてきたので、俺は知っていること全てを話した。
「はい、その通りですわ。それを知り合いの商人さんが、お兄様に相談したのがきっかけです。大量に仕入れた豆をどうにかしたいと相談されて。なんでも二桁間違えて購入してしまったらしく、そのまま食べるように売ったとしても裁ける数ではないと。それでお兄様が物知りの知り合いに訊ねて、興味のある人が集まって、気付けばチョコレートが出来上がっていたそうです。私は出来上がりを頂いただけですので、詳しくはわかりませんが」
うちの長兄は、一言でいえば俺と同じで野生児だ。
直感で生きている人である。
だが何故か彼の周りには人が集まる。
そうして気付けば、何かしら領地の役に立っている。
そんな長兄を俺は好きだが、次兄は振り回され何を考えているかわからない彼に苦手意識があるみたいだ。
「それは、凄いな。バーナード殿か。一度お会いしたいが、王都に来ることはないのだろうか?」
感心したオクモンド様は長兄に興味が湧いたようだが、彼は忙しいようでシスコンのくせに俺のデビュタントも断ったぐらいなので、当分は王都には来ないだろう。
「当分、その予定はないと思います。また機会がありましたら。えっと、ではこちらにチョコレートはないのですね」
「……はい、申し訳ありません」
俺はオクモンド様に返事をした後、給仕に再度確認したが、ないという返事をされた。
まあ、そうだよな。政の中心にいる人間しか知らない菓子が、公爵家とはいえ、一家庭にある訳がない。
いつの間にか近くまで来て聞き耳を立てていた公爵も、知らないようで目を丸くしていた。
それから暫くはチョコレートの話題で盛り上がった。
想像もつかない未知のお菓子なので、バトラード親子は口を挟めない。
イザヴェリが俺を睨んでいるが、知ったことではないな。
意図せず、彼女たちの口を閉じさせたことに俺は少しだけ胸がスッキリした。
そんな俺たちの態度に痺れを切らしたのか、イザヴェリが突如立ち上がった。
ちょうどイザヴェリの後ろを歩いていた給仕が驚いて俺たちのテーブルに足をぶつけ、その振動で目の前のカップが倒れて中身をぶちまけた。
俺のドレスにお茶が零れたのだ。
「あっ……」
「セリーヌ!」
「セリーヌ嬢‼」
ニヤッと笑ったイザヴェリの顔が視界に入った。
バシャっと勢いよく零れたお茶は、俺のドレスを濡らして……濡らして……あれ?
零れたはずのお茶は、ドレスに少しもかかっていなかった。
倒れたカップの中身でテーブルクロスは濡れているというのに、その下にある俺のドレスは綺麗なままで、俺も周囲の誰もが目を点にしている。
普通に考えればびしょ濡れになっているはずのドレスが、少しも濡れていないのだ。
「大丈夫?」
隣からアレンがそっと手を差し出した。
「え、まさか、アレン……?」
「うん」
俺が無意識にアレンの手に手を重ねると、驚いて椅子を引いていた俺を座りなおさせた。
そして、ふわっと微笑む。
あまりの美しさに周囲が息を呑む。
イザヴェリもその笑顔に呆然としていたが、ハッと我に返って「今、お茶が零れたわよね⁉ どうして濡れてないのよ?」と叫ぶ。
その声に周囲も俺のドレスをマジマジと見つめる。
俺は兄とオクモンド様だけにアイコンタクトを送った。
アレンの魔法で助かったと。
二人はすぐに気付いてくれて、何事もなかったようにイザヴェリを見た。
「イザヴェリ嬢、突然席を立つなどはしたないですね。如何いたしましたか?」
兄がすました声で言うと、イザヴェリは困惑しながらも怒りと羞恥で顔を赤くした。
「……用事を思い出したのですわ。それよりも、そこのお前! どういうつもりでテーブルを動かしたのよ?」
イザヴェリは自分の行動は流して、足を当てた給仕を叱り飛ばした。
「も、申し訳ありません。その、驚いてしまって……」
給仕はすぐにその場で座り込み、額を地面につけた。
しかし、理由を述べるその言葉はイザヴェリの行動に触発されたというようなもので、彼女の怒りに火が付いた。
「何よ⁉ わたくしが悪いとでも言うつもり?」
「いえ、そのようなことは……」
「ふざけないで!」
「うっ!」
必死で謝罪する給仕の頭を、顔を真っ赤にしたイザヴェリが踏みつけた。
怒りで我を忘れているのかもしれない。
ここがどこかも、まして目の前にオクモンド様がいることも忘れている。
「やめないか、イザヴェリ嬢!」
オクモンド様の一喝に、イザヴェリはビクッと肩を跳ねさせた。