継続、茶会にて
前にオクモンド様、隣に兄、後ろにはアレンをくっつけた俺は、ざわつく会場に予期していたこととはいえ、どうしたものかと考えていた。
兄の計画は、とにかく俺を一人にしないこと。
そして、兄だけではなくオクモンド様とアレンとも親密だということをアピールして、仲の良いところを見せつけてやること。
そんなことをして、ますます令嬢方に敵視されるのでは? という疑問には、噂だけで仲の悪い者同士が手を組むぐらいなのだから、親密ではないと言ったところで引く訳がない。
尚且つ、自分たちと縁がないのならば虐めても問題はないはずだと、ますます調子に乗るだろう。
相手は暇を持て余した陰湿な令嬢ばかり。
少しでも殿方の興味を惹く俺を、放っておくことはしない。
それならば兄はもちろんのこと、オクモンド様とアレンの庇護下にもいるということをハッキリと示した方がいい、ということだそうだ。
俺に手を出したら、三人が黙っていないぞと。
そこで行われた親密度アピールだったが、想像以上に反響がデカかった。
勝手に色々と想像してくれて、周囲の視線は全て俺たちに向けられている。
その時、会場の扉がバンッと開かれた。
バトラード公爵を先頭に、遅れていた下位貴族の集団が会場入りしたのだ。
「皆様、お待たせいたしましたな。想像以上の渋滞で時間がかかりまして……おや? 何かありましたか?」
流れを知らない公爵が首を傾げる中、イザヴェリが父親に縋り付こうと前に出た。
「お父様、この女……」
「待ちなさい、イザヴェリ。何でもありませんわ、あなた」
それを何故かバトラード公爵夫人が、イザヴェリの腕を引いて止めた。
「お母様、どうして?」
驚くイザヴェリに、夫人は顔を近付けた。
「まあ、落ち着きなさい、イザヴェリ。あの女は思った以上に男の操り方がうまいみたいね。今ここで貴方が声を発しても、三人に流されるだけで何の問題にもならないわ。庇われるあの女の姿を見るのも癪ではなくて? それよりも、彼らと引きはがす方が先決よ。見て、あの女に目を奪われている男は沢山いるわ。せっかくだから、あの三人ではない男と結ばせてあげようじゃない。喜んでもらえるよう、うんと素敵な殿方を選んであげましょう」
「そうね。お母様の言う通りだわ。せっかくいらしてくださったんだから、もてなして差し上げなくては」
――いや、全部聞こえてます。
フフフと笑い合う夫人とイザヴェリの内緒話は、声を潜めているつもりで全く潜めていなかった。
他人に気を使って小さな声で話すことなど、習慣的にないのだろうな。
流石に会場中には聞こえていないが、少なくとも俺たちには聞こえていた。
しかし馬鹿男をけしかけようなんて、想像通り過ぎて兄もオクモンド様もアレンも、怒りを通り越して冷めた目で二人を見つめている。
二人の悪巧みを聞いた周囲の高位貴族の青年たちは、巻き込まれては大変だと距離を取り始めた。
賢い選択だと頷く俺に、理解していない遅れてやって来た下位貴族を注意しろとオクモンド様が目で訴えてきた。
「心配いらない。何があっても離れないから」
アレンが俺の肩にポスンと顎を乗っける。
ありがたいが、やめれ、重いわ。
俺が暴れるよりも早く、兄が俺の肩からアレンを離すが、その際に彼に向かって『よろしくお願いします』と囁いていた。
側近の兄はオクモンド様の側にいる必要がある。
仕事を放棄して妹を優先させる訳にはいかない。
もちろんオクモンド様も俺の側から離れないよう気をつけてはくれるだろうが、このお茶会では何があるかわからない。
兄はアレンに妹を託したのだ。
『婚約者の肩書、ゲット』
『まだです』
アレンの立てた親指を兄が曲げた。
うん、息子よ。君が頼りになるのはわかっているが、どこか残念に思うのは何故だろう?
広い会場に六人ほど座れるテーブルが幾つも並ぶ中で、バトラード公爵がオクモンド様を席へと案内する。
当然、自分たち家族のテーブルに案内しようとするが、彼は俺たちと同じ席がいいと変更を願い出た。
「いくら公爵家とはいえ、私は側近と離れる訳にはいかないからね。それに王宮魔法使い殿も護衛として来てもらったのに、側にいてもらわないと意味がない」
「でしたら、お二人も一緒にこちらのテーブルへご招待しましょう。我々と同席できるなど、魔法使いの身には名誉なことでしょう」
いきなりアレンを馬鹿にするような発言をした公爵に、握り拳を作る。が、アレンにそっと手を押さえつけられた。
「ルドルフ殿も殿下に忠実なのはよろしいが、真面目過ぎるのも如何なものですかな? こちらにお座りになるのも結構ですが、このバトラード公爵家で、殿下の御身に何かあることなど決してありません。どうでしょう? 本日は側近の立場を忘れて、気に入ったご令嬢がおればそちらに席を用意いたしますが」
公爵はアレンに嫌味を言った後、下卑た笑いをして兄に視線を向け、露骨にオクモンド様から離れさせようとする。
しかし兄は、大袈裟に肩をすくめた。
「おや、バトラード公爵ともあろう方が業務放棄をお勧めになりますか? 私の上司は公爵ほど緩い考えの持ち主ではありませんから、そのようなことをすれば後々どんな罰を受けるか分かりません。それに私も自他共に認める堅物なので、忠実さしか取り柄がないもので。申し訳ありませんが、主の側にいさせていただきます」
たっぷりと嫌味を込めた返しをした兄に、尊敬の眼差しを向ける。
オクモンド様もくつくつと笑っている。
「私も気心知れた者たちに囲まれる方が気が楽だ。バトラード家は主催者として忙しいだろう。私のことは気にせず、皆を盛り立ててくれ」
コホンと咳払いをしたオクモンド様は、とどめとばかりに公爵をしっかりと拒絶した。
気心知れた者たちに囲まれてと言い、バトラード公爵には自分を気にするなと言うのだから、明らかに公爵一家は必要ないと言われているのだ。
屈辱に震える公爵は、それでも負けずと笑顔を向けた。
「承知しました。席へご案内いたしましょう。ですが娘だけでもオクモンド様の隣の席に座らせてください。我が家にお招きしておきながら、不自由がございましたらいけませんからな」
諦めない公爵は、イザヴェリの背中を押してオクモンド様にエスコートをさせようとするが、彼は気付かないフリをして、さっさとこちらに歩いてくる。
「そこの君、私たちの席へ案内してくれるかな?」
兄が近くにいる給仕に席への案内を頼む。
声をかけられた給仕は、言われた通り案内していいのかどうかオロオロしながら、主人である公爵を見た。
公爵が苦虫を嚙み潰したような顔で頷くのを確認すると「こちらです」と歩き出す。
オクモンド様、兄、俺、アレンと丸テーブルに腰を下ろすと、公爵夫人がイザヴェリを連れてオクモンド様とアレンの間にドスンと腰を下ろした。
「オホホ、わたくしたちも仲間に入れてくださいな」
オクモンド様の了承も得ずに、公爵夫人は給仕が注ぐお茶をがぶりと飲む。
この茶会って、確かお見合いパーティー的な物だったよな⁉
本来この会は公爵ではなく夫人によるものであったはず。
周囲の招待客に気を配り、良い感じに持っていくのが主催者の役割だ。
それなのに夫人はその役目を夫に丸投げして、娘のイザヴェリを王子であるオクモンド様と結ばせたくて同席までさせている。
何度も断られているうえに、そっけない態度を取られていて、まだ懲りないのだろうか?
隣ではイザヴェリが給仕に、あれこれと命令している。
「これとこれとこれを、オクモンド様にお渡しして」
イザヴェリの命令通りにお菓子を取り分けた給仕は、オクモンド様の前にお皿を置いた。
「フフ、わたくしオクモンド様の好みは完全に把握しておりますの。どうぞ、我が家自慢の一品です。召し上がれ」
どや顔で勧めるイザヴェリに、公爵夫人がまあ、まあ、まあと大袈裟に叫ぶ。
「流石イザヴェリね。愛する人の好みをしっかりと覚えているとは、なんて健気な娘なの」
「オクモンド様、我が公爵家では城にも負けない料理人を揃えていますのよ。さあさあ、お試しください」
詰め寄る二人にオクモンド様は溜息を吐いた。
「私はドライフルーツは苦手なのだが……」
「え? いつから?」
「昔からだよ。知らなかった?」
「……………………」




