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最初の嫌がらせ

 兄に用意してもらったドレスと、アレンにプレゼントしてもらった装飾品を身につけて、いざ戦場へと赴く俺はガタガタと揺れる馬車に……ウトウトとしていた。

 首がコトンと揺れてハッとする。

 どうやら気合が入り過ぎて、戦う前に疲れてしまったようだ。

 流石に不味いと頬を叩くと、その手を前に座る兄にやんわりと掴まれた。


「せっかくのお化粧が崩れてしまうよ。頬も赤くなるし、叩いては駄目だ」

「ごめんなさい。馬車の揺れが気持ち良かったものですから、眠くなってしまったの。お兄様はお疲れではありませんか?」

「少し。でもセリーヌのそんな可愛い姿を見ていたら、元気になったよ。たまには私に見せるためだけに、着飾ってくれると嬉しいな」

 ご免こうむる!

 照れ臭そうに微笑み装いを褒めてくれる兄に、心中でキッパリと拒否する。


 何が悲しくて、普段からこんな疲れることをしにゃあ、ならんのだ。

 自分の仕上がりを、改めて見る。

 髪は両サイドから編み込みして緩く巻き、化粧は薄いが目元は明るくしている

 服はピンク色のレース袖シフォンスカートのワンピースドレスに、白のヒール。少し高いがレースの留め具が付いているので、簡単には脱げないだろう。

 全体的には軽い仕上がりにしているが、繊細がゆえに髪は崩れないか服は破れないかと心配になり、常に力が入る。

 そしてここまで仕上げるのに、それまでの工程が地獄だった。


 まず早朝から食事もほどほどに、風呂に入れられ徹底的に磨かれた。

 その後、夜会並みに全身をこねくり回され休む間もなく着飾られた。

 グレーの正装に身を包んだ兄が時間だと迎えに来るまで、俺は侍女たちの玩具となり果てたのだ。

 満足そうに送り出した侍女たちに、少しの殺意が湧いたのは内緒である。


 ここまでされたら超絶美少女セリーヌちゃんも超、超絶美少女セリーヌちゃんになるというものだ。

 疲労困憊を内心に押し隠し、返事を待つ兄に黙って微笑んだ。

 何故か赤くなった兄は、どうやら俺の笑顔に誤魔化されたようだ。

 俺は体を締め上げているコルセットに手を添えて、デビュタントまでは、どんなに強請られようと必要に応じられようと、できる限り逃げてやると心に決めた。



 バトラード公爵家に近付くと、ずらりと馬車の列ができていた。

 茶会でこれほどとは。

 本当にかなりの人数が招待されているのだなと呆れてしまう。

 渋滞している馬車の横を、ガラガラと一台の立派な馬車が走っていく。

 王家の紋章があるということは、オクモンド様が乗っているのかと兄と共に見ていると、それは俺たちの馬車に横付けされて止まった。


 王家の護衛騎士がこちらの御者と話をして、窓を叩く。

 オクモンド様よりこちらの馬車に移るようにとの指示を伝えてきた。

「いえ、このまま向かいますのでお気遣いなく」

「反論は許さぬというご命令です。どうぞ、こちらにお移りください」

 兄が遠慮すると、騎士は強い口調でオクモンド様の命令だと伝え、御者に扉を開けさせ乗り移るように催促した。

 少しムッとした兄だが、このような場所で押し問答をしていても邪魔になるなと了承して、すぐに行動に移した。


 俺が兄の手を借りて馬車から降りると、王家の騎士が周りを囲んで壁を作ってくれている。

 このような道の途中で、俺の姿を周囲の者に見せないように気遣ってくれたようだ。

 俺はありがとうと微笑んで会釈すると、騎士たちの顔が赤くなる。

 その様子に兄が慌てて俺を王家の馬車に押し込んだ。

 どうした、兄よ? 礼儀は大事だぞ。


 馬車に乗ると、オクモンド様とアレンが乗っていた。

 アレンがすかさず俺の手を引っ張り、横に座らせる。

 続いて兄が乗って来て、その姿を見て眉根を寄せていたが、苦笑しているオクモンド様に促されて彼の隣に腰を下ろした。

 流石は王家の馬車である。

 中はかなり広く、大人が四人乗っても足が当たることもなく、ゆったりと座れる。

 伯爵家の馬車の椅子も柔らかいが、それよりもふかふかで長時間乗っていてもお尻が痛くならないだろうなと思う。

 伯爵家の馬車とはいえ、王都の長距離にお尻が痛くなってしまったのは少し前の記憶だ。


 チラリと先に乗っていた二人に視線を向けると、オクモンド様は紺色の正装でアレンは一応黒の正装ではあるが、その上には魔法使いのローブを羽織っている。

 せっかくの装いに勿体ないなとローブを見つめるが、アレンは気にした風もなく、俺の手を握ったまま窓の外を眺めている。


 しかしこの三人が正装で並ぶと、目にとても悪いことを知った。

 派手な装いでもないのに、目がチカチカしてくる。

 普段の俺では霞んで見えることは確実。

 超、超絶美少女セリーヌちゃんに変身していて良かったと、早朝から奮闘した侍女たちに殺意を抱いたことを謝罪する。


 いや、しかし待てよ。

 もしかして普段の俺なら、この三人の後ろに隠れられていたのではないか?

 気付かれなければ虐めもされずに、どうにかなったかもとチラリと考えて、そんな甘いことはないなと己の浅はかさに恥ずかしくなる。

 それほどこの三人の圧倒的存在感に委縮してしまったのだ。


「悪いな。無理矢理乗せてしまって」

 挨拶もそこそこに、オクモンド様が謝罪を口にしてきた。

 強引であったことは、本人も自覚していたのだろう。

 反論は許さぬ、なんて俺が見ていたオクモンド様からは考えられない命令だもんな。

「どうしたのですか? オークにしたら珍しい」

 兄がオクモンド様の強行の理由を問いただす。

「時間が押し迫っていたのでな。あのままでは間に合わなかっただろう」

「ですが、他の客も同様ですので、少し遅れても問題ないのでは?」

「そう思うかい?」

 オクモンド様の言葉に、兄が眉間に皺を寄せた。


「……難癖をつけそうですか?」

「混雑するのはわかっていたはず。時間より早く来るのが礼儀だと嫌味を言うだろうね。かくいう、並んでいる馬車は伯爵家以下の家紋ばかりだ。高位貴族と下位貴族の時間を分けたのだろうな。昨日、私の所に時間の変更が届いた。三十分早くね」

「急遽、王族に対して時間を早めるだなんて、そんな不敬な。それにコンウェル家は伯爵です。下位貴族と一緒にされる筋合いはありません」

「だから、そこからすでにいびろうとしているのだろう。私に関しては……舐めているのだろうな」


 オクモンド様の説明によると、人数を増やしたことにより混雑は予想できる。

 その混雑に紛れ込ませて、俺たちを遅刻させ恥をかかせようと考えたのだろう。

 けれど他の高位貴族まで渋滞に巻き込ませる訳にはいかない。

 そこで彼らには時間を早めることにした。

 高位貴族の出席率は、オクモンド様の名を使っても全体の二十パーセントにもならなかったようだから、下位貴族を変更させるよりも楽だったのだろう。


 しかしお茶会などを催す際は、爵位の下の者から待っている暗黙の決まりのようなものがある。

 時間内に到着しても高位貴族がすでに揃っている以上、肩身は狭くなる。

 この渋滞を起こしている下位貴族の者たちは、全員が恥をかくことになる。

 兄と俺は首を傾げた。


「私たちに恥をかかせたかったのであれば、私たちだけに時間をずらした招待状を送ればよかったのでは?」

「その場合、切れ者の君がすぐに気付くだろう。招待状の確認を怠らない訳がない。送られてきた招待状の時間が違うと、早々に指摘されるのは目に見えている。それならばバレないようにギリギリで時間を変えようと思ったのだろう」

「ですが、公爵夫人にとって下位貴族はこのお見合いパーティーに欠かせない駒でしょう。それを敵に回してまで我々に恥をかかせたかったのでしょうか?」

「正直私は、本日集まる下位貴族の者たちは公爵家に縁のある者が多数ではないかと考えている。意図を理解したうえで来るのだから、恥とは思わないのだろう。その中でセリーヌ嬢を下位貴族と同列に扱い、遅刻したことをネチネチといたぶるつもりではないかと思うのだ」

「私の存在を無視した計画ですね」

「愚策過ぎて、計画にもならないがな」


 確かに愚策過ぎる。

 時間を早められた高位貴族も渋滞に巻き込まれた下位貴族も大変だっただろうが、何より俺一人を貶めるために道を塞ぐだなんて、近隣周辺の皆様にご迷惑ではないか。

 俺は小さな溜息を吐く。

「オクモンド様に拾っていただいて、良かったです。まずは最初の嫌がらせは回避できました」

「僕がセリーヌの馬車を見つけた」

 俺がオクモンド様だけに礼を言ったのが気に入らなかったのか、アレンが拗ねたように口を挟んだ。

「うん、アレンもありがとう。それにその服、似合っているね。格好いいよ」

 アレンに向き直り、素直に思ったことを口にするとアレンは一瞬大きく目を見開いたが、すぐにニコリと微笑んだ。

 因みに俺は未だにアレンに手を繋がれている。

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