戦闘準備中
数日後、予想通りにバトラード公爵夫人からお茶会の案内状が届いた。
公爵家はオクモンド様に出席の返事を頂いたことから、お茶会の中でもかなりの規模の準備に取り掛かっているようだ。
もうそれって、パーティーでよくない?
お茶会にこだわる必要あるの?
そう疑問を口にすると、兄曰く、酒を出さないとかダンスをしないとかという制限を、設けているということらしい。
あくまで健全な男女の交流を目的としているとのこと。
建前が重要ってことね。
「アクネ、セリーヌはいつも可愛いけど、より可愛くなるドレスを選んでくれ。誰にも負けない、周りがひれ伏すようなドレスだ」
「いや、可愛いだけじゃ誰もひれ伏しませんよ。それにそんなに目立っていいのですか? イザヴェリ様がいるのに不味いのでは?」
茶会で着る俺のドレスを選ぶのに、兄は気合が入っている。
文句のつけようがない淑女に仕上げようとしているようだが、イザヴェリより目立ってしまっては喧嘩を売っていると勘違いされて、ますます因縁を付けられるのでは? と俺は兄に訊ねた。
すると兄は、勢いよく振り返ってこう言った。
「もうすでに目を付けられて、追い掛け回されているじゃないか。今度の茶会だって平穏無事では終わらないだろう。それなら注目されて、常に人目にさらされている方がいい。何かあれば沢山の証人が付く」
なるほど。流石優秀な兄は色々と考えてくれているのだなぁと、素直に頷くと「それに」と突然、スッと目を細めた。
「オクモンド様とアーサー殿が隣にいる以上、みすぼらしい格好ではいられないだろう。……吞まれるぞ」
兄の真顔に、思わずゴクリと唾を飲み込む。
確かにあの二人の圧倒的な美貌を前にしては俺など霞んでしまうだろうが、けれど兄よ、それに貴方も入っていることを忘れないでほしい。
美形三人に何かがくっついているのではなく、せめて人として認識してもらいたい。
俺は頑張って着飾ることを、兄に約束した。
「それでしたら、とっておきのワンピースドレスが届いたところです。如何でしょうか?」
アクネが取り出したドレスに、兄は顔をほころばせる。
「そうだな。それにしよう。後は……アクセサリーはこれだけか? じゃあ、ドレスに合わせて揃えてくれ。それに靴も、もう少しヒールの高い物を。ダンスは踊らないのだから大丈夫だろう」
あれこれと指示していく兄に、俺は一切口を挟めない。
俺を着飾るのが大好きな母でさえ、これほど俊敏に動きはしないだろう。
ある意味心強いなと、俺はどこか他人事のように見ていた。
「ルドルフには、こんな才能があったんだね」
突如、背後から美声が聞こえた。
だが、俺はもう驚かない。てか慣れた。
「アレン、先触れは大事だと思う。と言っても魔法使いのお前には無駄な言葉だな。今日はどうした? オクモンド様は一緒じゃないのか?」
「どうしてオークが必要なの?」
「別に必要って訳じゃないが……。なんだ、どうした?」
最近こうして現れる時は、オクモンド様も一緒だったから普通に聞いたのだが、何故かアレンがムッとした表情になる。
そしておもむろに、後ろから抱きついてくる。
「婚約者の君に、贈り物を届けに来た」
ムスッとした表情のまま、アレンの額で頭をグリグリされた。
やめろ、髪が絡まる。
「いきなり何をやっているんですか、アーサー殿。妹を離してください」
兄がアレンの存在に気付き、驚くよりも先に怒鳴りながら歩いてくる。
ある意味、走ってこないだけ兄もアレンの行動に慣れたということだな。
「これ、お茶会に着けて行ってほしいんだ。魔法を付加したネックレスとイヤリングと指輪。ネックレスは常に居場所を発信していて、イヤリングは怪しい奴から身を守る。指輪には攻撃魔法を入れているから、いざとなったら使って。僕の名前が呼べない場合の対処法」
そう言って、ローブの中からビロードの箱に入れられたそれらを取り出した。
魔法が付加されているというだけでも、かなり高価な物ではあると思うが、それ以上にそのアクセサリーに付いている宝石が凄い。
この国では最高となるダイヤモンドで、あまり重くては落ちてしまう可能性のあるイヤリングでも男性の親指の爪ぐらいはありそうだ。
指輪は二本の指が隠れるほどで、ネックレスに至っては、子供の拳を真ん中にイヤリングと同じ大きさのが左右にそれぞれ三つずつ付いている。
目がチカチカしてくる。
これをお茶会につけていくのか?
俺は兄をチラリと見る。
呆然となっていた兄は、俺の視線に気付き慌てて苦言を呈した。
「魔法を付加してくれたのは大変ありがたいのですが、流石にそれは派手ではありませんか? 小柄なセリーヌにはもう少し小柄な物をと、考えています」
「そう? じゃあ、こっち」
そうしてローブの中から、またもや同じような箱を取り出した。
いや、そのローブの中どうなっているの?
俺はローブを興味津々に見つめる。
最早アクセサリーよりも、そっちの方が気になる。
兄が新たな箱を開けると、そこには先ほどよりかなり小さなダイヤモンドが入っていた。
ハート形を基準に小さな粒が幾つも付いている。
イヤリングもネックレスも指輪も同じで、どのような服装でも似合いそうな可愛らしい感じに仕上がっていた。
それでも小粒とはいえ、これだけダイヤモンドが付いていればどれほどの価値があるのだろう。
下品でもなくみすぼらしくもない、可愛らしいアクセサリーは兄の要望通りである。
これならばありがたく受け取れると俺は兄を見上げるが、彼は難しい顔のまま何も言わない。
コテンと首を傾げるアレン。
「婚約者がアクセサリーを送るのは、普通でしょう?」
アレンに問われるが、兄は唇を突き出している。
あ、なるほど。
アクセサリーなど身につける物は基本、身内からか親しい者からしか受け取らない。
異性に至っては、伴侶と考える者からだ。
これを受け取れば、自然とアレンを俺の婚約者と認めることになる。
兄はそれが嫌なのだ。
俺は兄の手を握り、ニッコリと微笑む。
「お兄様、宝石を今から新調していてはお茶会に間に合いませんし、魔法を付加している物となると普通では手に入りません。私の身を案じてくださるのなら、ありがたくいただきましょう。妹のためだと思ってください」
そう言うと兄は、う~、う~っと唸った後で「わかった」と頷いた。
そこまで悩むとは思わなかった。
「ありがとうございます、アーサー殿。妹の安全のために、これはありがたくいただきます。ですが、婚約者と認めた訳ではありませんから、それだけは肝に銘じてください」
素晴らしいアクセサリーを受け取っておきながら、そんなことを言う兄に流石に呆れる。
いや、俺も別にアレンを婚約者だと認めた訳ではないが、ていうか前世の義息子を婚約者になど考えられないが、それにしたって言い方ってものがあるだろう。
俺は何も言わないアレンに、ネックレスを渡して「つけてください」と言った。
指輪は流石に抵抗があるので、ネックレスならいいかとつけやすいように髪をかき上げ後ろを向く。
アレンはキョトンとしていたが、すぐにニッコリと微笑んだ。
ただその際、アレンの冷たい手が項に当たり「ひゃっ」と奇妙な声を上げてしまった。
慌てて口を押えて赤くなる俺を、アレンがとろけるような顔で見ていたが、兄に抱き寄せられた俺はそれに全く気が付かなかった。
「じゃあ、僕は行くね」
兄と二言三言かわすとアレンは帰ろうとしたので、俺は慌てて先ほどの大きなダイヤモンドが付いた箱を抱え込んだ。
「アレン、こちらは持って帰ってください」
「いいよ、あげる。別の夜会の時にでも使って」
「いえ、流石にいただけませんよ。高価過ぎます」
「そんなのたいしたことないよ」
「たいしたことあります」
「一旦渡した物を持ち帰れだなんて、男に恥をかかせないで」
「!」
これには絶句するしかなかった。
いつの間に俺の息子は、こんなにも甲斐性のある大人の男になったのだろうか。
惚れ惚れする。
それが例え親父に向けた言葉だとしても。
格好いいぜ、俺の息子!
いい感じに親指を立ててウィンクをすると、凄く嫌な顔をされた。
「セリーヌ、君、絶対に間違った思考してるよね」




