謎の盗賊団
何がどうしてこうなった?
俺を挟んで、何故か変な空気になるアレンとオクモンド様。
アレンはいつも通り無表情なのだが、なんだか目がいつもより冷たい。
対するオクモンド様は笑顔なのだが、なんだか目が笑っていない。
妙に緊迫した空気が流れているのは、何故なんだ?
その空気を壊してくれたのは、俺の困った時の救世主。
「セリーヌは私の妹です。誰にもやりません!」
うん、シスコンの兄は今日も健在だ。
ひとまずアレンとオクモンド様の気まずさは横に置いておいて、バトラード公爵家の対策へと話を戻すことにする。
「先ほど手紙だけで済むかという発言をされていましたが、何か怪しげな行動でもありましたか?」
「公爵家の執事が、奇妙な黒ずくめの男と接触したそうだ。〔闇夜の蛇尾〕、聞いたことはないか?」
兄の問いに答えたオクモンド様の口から、怪しげな名前が出てきた。
呼び名からして、まともな相手ではないことが想像できる。
「盗賊団の名前ですね。最近では貴族を相手にしていると噂のある……」
兄の顔付きが、真剣なものへと変わる。
初めて聞く名に、ここ最近で幅を利かせている奴らなのかと訊いてみる。
「貴族を相手にしているということは、王都に根を張っているということですか?」
「そう。貴族を客として闇を請け負っている。暗殺はもちろんのこと、人身売買や怪しげな薬を流したりもしているようだが、どうしても奴らの居場所が掴めない」
「貴族に匿われている説が有効になってきていますが、それも絞れないのが現状ですね。あっ、まさか、奴らにセリーヌを誘拐させようとしているのですか?」
「そこまではないと思いたいが、公爵家の執事がそんな奴らと接触すること自体、怪しいと言わざるを得ない。用心するに越したことはないのではないか」
闇夜の蛇尾の説明を聞いていたら兄がとんでもないことを言い、オクモンド様がそれを肯定した。
え、マジですか? それはいくらなんでも、やばい。
セディの肉体なら返り討ちに合わせられるが、この華奢な体ではどこまで奮闘できるか、わからない。
流石にまずいなぁと考え込んだ俺の手を、再びアレンが握りしめた。
「大丈夫。僕が守ると言ったでしょう。セリーヌに何かあれば、僕に伝わるようになっているからね」
え? と首を傾げる俺にニコニコと笑うアレン。
そういえば大分と前にそんなことを言われたような……ああ、そうだ、あの時だ。
怪我を治してくれた再会の日に、そう言われた。
て、おいおいおい~~~⁉
アレンは確かにセディの気配に気付いていたから俺を気にしていたが、それでも核心には至らなかったはずだ。
それなのにその時点で、俺を守るつもりだったというのは、どういうことだ?
アレンにどうしてだと聞きたいのに、兄とオクモンド様の前では聞けないのが何とももどかしい。
ムムムッと眉間に皺を寄せていると、それをアレンに指でぐりぐりと揉まれる。
聞きたいのに聞けない俺の歯がゆさに気付いているアレンは、クスクスと笑っている。
そんな俺たちを見て、兄が不愉快そうに顔を歪めながらハア~ッと溜息を吐く。
「婚約者と認めた訳ではないので、あまり馴れ馴れしく触れないでいただきたいのですが、こうなるとアーサー殿がいてくださるのは心強い。妹に何か守りの魔法でもかけてくださっているのですか?」
「うん。セリーヌが僕の名前を口にしてくれたら、すぐに飛んでいけるようにしているよ。だから何かあったら僕を呼んでね」
こともなげにそう言うアレンに、俺はハッとして、そういうことかと頭を抱える。
以前に自室で不用意にアーサーの名前を口に出した時、アレンが突然目の前に現れた。
そして困ったことはないかと訊ねてきたのだ。
あれは、その魔法が作動したということか。
俺はげんなりしながらも「その魔法は確かです」と兄に保証した。
「そうか。それならば引き続きその魔法もお願いしよう、闇夜の蛇尾が出てくるかもしれないのなら、今まで以上に屋敷の警護も厳重にしよう」
「王家からも騎士を派遣したいのだが、それをしてはかえって悪目立ちするだろうな」
兄が屋敷の警護を強化する意思を示すと、オクモンド様も手助けをしたいのだが自分が出ては相手を刺激するだろうと苦笑する。
そんなオクモンド様に兄が頷く。
「ありがとうございます。お気持ちだけで十分です。それよりも、そんな手を使ってでもセリーヌを害そうとするのなら、いっそのこと奴らの誘いに乗るのも一つの手かもしれません。公の場で行動を見定めるのは、どうでしょうか? ああ、もちろん、未成年なので夜会には出席しませんが」
「そうだな。まあ、法律はどうしたって覆せないのだし、茶会なら出席しますとの返事を出せば、そちらで誘ってくるだろう」
「招待に応じれば、闇夜の蛇尾の出番はその日までなくなるかもしれませんしね」
「ああ。公爵はどうかわからないが、公爵夫人とイザヴェリ嬢は確実に人前でセリーヌ嬢を傷付けるのが目的だ。セリーヌ嬢が害されて欠席になるのは彼女たちの思惑とは外れてしまうだろうから、その可能性は高いな」
厄介な者が出る前に、あちらの思惑に乗るフリをして動向を探ろうと兄とオクモンド様が計画を立てる。
「では、そのように動きましょう。ですがその時は、私も参ります。向こうにも了承させますので、オクモンド様とアーサー殿もお願いします。セリーヌ、君もそれでいいね」
君は私たちで守るからと、兄が強い意志を込めた瞳で見つめる。
俺は少し照れ臭くなるが、それでもそこまで気遣ってくれる兄たちに嬉しくなる。
「私は大丈夫ですよ。ありがとうございます、皆様。頼りにしていますね」
ニッコリと笑うと、兄は「任せて」と胸を叩き、オクモンド様は「心配するな」と頷き、アレンは「大好き」と微笑んだ。
最後のアレンの言葉はおかしいと思うが、それでも三人がそれぞれに俺を守ってくれるのだと思うと、不安に思う気持ちはどこかに飛んで行った。
兄とオクモンド様が登城した後、何故かアレンが一人、屋敷に残った。
アクネは喜んで、俺とアレンを二人きりにする。
いや、駄目だろう。
専属侍女としてどうなんだと言いたいが、アクネにしたら専属侍女だからこそ主の意に沿ってそうしていると言うのだろう。
――まだ誤解は解けていない。
「アレン。なんか、俺、色々あり過ぎて、まだ頭の中、、整理がついていない」
「色々なくても整理なんてつかないでしょう。元からセディは考えることが苦手なんだから」
「まあな。てそういう訳にもいかないだろう。てか誰が脳筋だ!」
「言ってない。そうやって勝手に怒るところが脳筋」
「……………………」
アレンの奴、昔に戻ったみたいに俺に対して容赦がなくなったな。
ぶっすうぅ~っと、膨れる俺の頬をむにっと片手で掴むアレン。
「それ以上膨らむと、食べちゃいたくなるからやめて」
何を?
意味がわからないが、何となく身の危険を感じるから膨れっ面はやめた。
「バトラード公爵家のお茶会さぁ、アレンも出席してくれるって言ったけど、あの家は魔法使いに対して露骨な態度をとるのだろう? お前、大丈夫なのか?」
先ほどの話し合いでバトラード公爵家の思惑に乗ることになり、俺だけが敵意を向けられると思っていたが、よくよく考えるとアレンだってあの家からしたら気に入らない人間である。
俺と違う形で嫌な思いをするかもしれないと、今更ながらに心配になった。
「平気。ていうか、セリーヌの考えるような目には合わないよ。どちらかというと気持ちが悪い目に合う」
「どういうことだ?」
「あの家は、確かに魔法使いを物のように見ているけど、それ以上に名誉や美しさに弱いんだ。僕くらいの地位を得ていれば、それが例え魔法使いでもいいらしい。それに僕を利用して、利益を得ようと企んでもいる。魔法使いが高位貴族の自分たちの言うことを聞くのは当然だと思っているからね。その上、僕は美しいから、観賞用としても欲しいんじゃないかな」
俺はアレンの言葉を聞いて、目を丸くする。
「は、なんだ、それ? 昔と全然変わっていないじゃないか」
「そうだね。まあ、そういうことだから僕に危害は向けないと思うから心配しなくても大丈夫だよ」
「いや、反対に物凄く心配になってきた。違う意味でお前も狙われてんじゃないか」
「だから大丈夫だって。僕があいつらに指一本でも触れさせると思う?」
「いや、思わないけど。それにしてもいい気はしない。腹立つだろう。人の息子を何だと思っているんだ」
「息子じゃないってば。婚約者でしょう」
魔法使いのアレンが昔のように奇異の眼で見られるのかと思うと気分が悪かったが、どうやらそれ以上に腹が立つ理由で関心を持たれると知った俺は、無性にムカついた。
全くバトラード公爵家とは、ろくでもない貴族だ。
なんかこうなったら、やるならやるぞ、かかって来いと言いたくなる。
闇夜の蛇尾などという盗賊団が出てくるのかと少しビビっていた俺は反転、俺がアレンを守るんだという親心に火がつき闘争心を剥きだしにした。
ふしゅー、ふしゅーと燃える俺に、アレンが溜息を吐いている。
「当分、前の話はできそうにないね。とにかく今はセリーヌだということを忘れないでね、セディ」