四人で朝食
兄と俺の会話に、突然第三者の声が入り込んだ。
振り向くとオクモンド様とアレンが、食堂の扉を開けて入って来ていた。
「は? オクモンド様? え?」
驚いた兄が椅子から立ち上がり、隅に控えていたゲーテや侍女たちが狼狽えている。
俺はジト目でアレンを見た。
「簡単に魔法を使わないでください、アレン」
「会いたかったよ、セリーヌ。こっちにおいで」
「行きません。オクモンド様、アレンの魔法を利用して気軽に現れないでください。貴方は王族なんですよ」
アレンに話は通じないので、オクモンド様に苦言を呈することにした。
しかし、そんなオクモンド様も苦笑するだけだった。
先日の衣装合わせの時も思ったが、オクモンド様がこの家に慣れ過ぎている。
どうやら彼は幼い頃から、この屋敷に頻繁に出入りしていたようだ。
だがそれは、あくまで馬車に乗って訪れていた。
このように決して突然、屋敷の中に現れることなどない。
これはアレンの仕業によるものだと、誰も咄嗟には思いつかないだろう。
兄が面食らっても仕方がない。
そしてこの屋敷の頼りになる執事が、いち早く我に返って対応する。
お客様の二人を席へと案内したのだ。
上座にいる兄を真ん中に右手に俺が座っていて、その前にオクモンド様を案内した。
オクモンド様の横にアレンを案内しようとしたが、彼は勝手に俺の横へとやって来る。
そのまま自然に俺を抱き上げようとしたので、ペチンと手を叩き落とした。
空気を読め。侍女がまだポカーンとしているだろうが。
アレンは拗ねたように口を尖らせたが、大人しく俺の隣の椅子を引いて腰掛けた。
『僕のことわかったはずなのに、ちょっと冷たい』
周囲に聞こえない程度に呟いたアレンは、昨日のとんでもない真実を口にする。
俺はギョッとなった。
確かにアーサーがアレンだと知った俺は、もう少し彼に優しくするべきかもしれないが、兄やオクモンド様の前では無理だ。
今はセリーヌの生活がある。
それを無視して、セディとして振舞うことはできないのだ。
俺はアレンの耳元に口を寄せた。
『その話はまた今度。今はセリーヌの生活を優先する』
キッパリと告げるとアレンは「ふぅん」と呟いた後、つんつんと俺の髪を引っ張った。
『あの剣、ちゃんと僕が預かっているからね。欲しかったらいつでも言って。渡すから」
昨日、アレンが武器屋から買い戻してくれたセディの剣は、彼の部屋に置いてきた。
王家の印が入っている剣を、流石に持っては帰れなかった。
誰かに見つかったらいい訳ができない。
そのことをアレンは言ってくれているのだ。
アレンは拗ねながらも、ちゃんと俺の意思を尊重してくれている。
少しだけ申し訳なく思いながらも、ありがとうという意思を込めてペコリと頭だけ下げると、アレンは顔を上げてニコリと微笑んだ。
その際に、ふわりとアレンのホワイトブロンドの髪が揺れた。
以前は見事な金髪だったが、俺を生き返らせるために魔法を使い過ぎて色が変わってしまったと聞いた。
光を浴びてキラキラと輝く美しさに何度も目を奪われたが、今の髪もキラキラと輝いていて美しい。
俺がアレンの髪に目を奪われていると、オクモンド様が話しだした。
「朝早くからすまないね、ルドルフ、セリーヌ嬢。実は私のところにもバトラード公爵夫人から夜会の招待状が届いたんだ。もしかしたら二人にもきているかと考えて、それならば城よりこちらで相談する方がいいと、アーサーに魔法で運んでもらったんだ」
「オクモンド様のところに、ですか?」
「ああ、因みにアーサーにもね」
「へ?」
何故かバトラード公爵夫人から、三人に誘いがあったらしい。
「えっと、オクモンド様だけならわかるのですが、私にこなくてアーサー殿にくるのはおかしいですね。あの家は未だに魔法使いに偏見をお持ちだ」
兄の言葉に、俺は眉間に皺を寄せた。
そうか、バトラード公爵家は古参の貴族だ。
戦争時も愚かな王族と一緒になって、魔法使いを捨て駒のように扱い、悪政を行っていた貴族の一人。
当然その思考は変わらず、魔法使いを蔑んでいる。
そんな家からの夜会の招待状。
どういうことだと兄が首を傾げるのも、当然である。
「私たちを呼んだのはセリーヌ嬢が王都に来た日、イザヴェリ嬢たちと別れて城内に連れて行った後の噂を耳にして、その真相を確かめようと思ったんじゃないかな。私たちがどこまで親しいのかを見るつもりだろう。だがルドルフ、当事者の君だけを誘っていないのはおかしいね」
そう言うとオクモンド様も首を傾げたが、反対に兄は得心したと首を縦に振った。
「なるほど。それでアーサー殿も招待されてしまったのですね。ならば私を呼ばなかったのは、やはりセリーヌに手を出すためかもしれません」
「どうしてセリーヌ嬢によからぬことを企んでいるのに、私たちは呼ぶんだ? 私たちが見過ごすとでも思っているのか?」
オクモンド様が眉間に皺を寄せると、兄がふふんとドヤ顔をした。
「それは愛情の深さでしょう。私は家族ですから何が何でも妹を守ります。ですがお二人は、あの時一緒にいただけの関係だと思われています。その後の交流はご存知ないでしょうから、何かあってもお二人が身を挺してまでセリーヌを守るとは露程も思っていないのでは? もともとオクモンド様もアーサー殿も、女性に親密になるタイプではありませんから。噂を確かめるといっても、あれはデマだという証拠が欲しいだけかもしれません」
それを聞いたアレンが、俺に向かってニッコリと微笑んだ。
「愛情の深さなら、僕が一番だよね、セリーヌ」
「は? 何を言ってるんですか、アーサー殿。家族の私が一番に決まっているでしょう」
「昔は家族で、今は恋人同士だよ。ほら、僕が一番」
「あー、あー、あー、お前は黙っていろ、アレン。オホホ、お兄様、何でもございませんわ」
アレンの言葉に兄が反論すると、奴は平然と過去の繋がりを口にする。
やめろと俺は大慌てで、アレンの言葉を遮った。
こんな所でそんなことを言って、こいつは一体、何を考えているんだ?
冷や汗を背中に流しながら、俺はアルカイックスマイルを浮かべて兄とオクモンド様の様子を覗った。
二人はキョトンとしていたが、オクモンド様の「アーサーは相変わらずおかしなことを言う」という発言に兄が賛同して、アレンの言葉はスルーされた。
良かったと胸をなでおろす俺に、アレンが半眼する。
「なんで邪魔するの? 僕、変なこと言ってないよ」
「変なことだよ。ああ、もういいからお前は黙ってろって」
俺に叱られたアレンは、ムスッとしながらも俺の手を握ってくる。
ああ、もう手ぐらい握らせてやるから大人しくしていろ。
そこでゲーテ他、使用人がオクモンド様とアレンの分の朝食を運んできた。
はっ、そうだった。
俺も兄も、まだ朝食は済んでいなかった。
ゲーテたちが朝食を運んできたということは、この二人もまだのようだ。
「とにかく先に朝食を済ませませんか? 話はその後で」
兄の言葉にオクモンド様が「そうだな。いただこう」と頷いた。
俺と兄の分も取り換えられた。
冷めてしまったという配慮だろうが、勿体ない。
そのままでいいのにと下げられた皿を目で追っていると、兄に首を傾げられたので慌てて新しい食事をいただいた。
いかん、これはセディの旅をしていた頃の名残だ。
食料が尽き、水だけでやり過ごした日々もあったから、ついつい勿体ない精神が顔を出す。
だが、あの皿には一切手を付けていない。
使用人の誰かが、もう一度温めなおして美味しく召し上がってくれるだろう。
うんうんと頷く俺を隣のアレンは優しい目で見つめていたが、俺はそれに気付かなかった。
そして前に座るオクモンド様が、そんな俺たちに視線をむけていたことも。




