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転生しておっさんから伯爵令嬢になったら、前世の義息から溺愛されました  作者: 白まゆら


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共犯者を得た

 アーサーがアレンと知った俺は、彼との会話で錯乱に陥った。

 思考能力が完全に停止した俺は暫し呆然としていたが、ふと外を見て焦った。

 窓の外は暗くなり始めていたのである。

 今日の外出は家の者には内緒で、アレンにこっそりと魔法で連れ出してもらったものだ。

 バレたらひと騒動である。

 俺はアレンのことを考えるのをひとまず放棄して、屋敷へと連れ帰ってもらった。

 そして隣でニコニコと笑うアレンに眩暈がしてきた俺は、横になろうと寝台に向かって、そこに人影を見つけた。

「だ、誰?」

 思わず鋭い声を上げると、そこにいたのは泣いているのか怒っているのかわからない、複雑な表情をしたアクネだった。


「……お帰りなさいまし、セリーヌ様。何か言い訳はありますか?」

「あ~、え~、あ~、あはは……は、ごめんなさい」

 俺はペコリと頭を下げた。


 アクネはそんな俺とアレンを無言で見つめ、深い溜息を吐いた。

 頭が上げられない俺の横で、アレンが「僕が連れだしたんだ。ごめんね」と謝罪を口にするものの、悪びれた様子はない。

「流石にこのような行為は看過できません」

「お兄様に言う?」

 能面のような表情のアクネにそう言われて、俺は慌てて頭を上げた。

 兄にバレたら、それこそデビュタントが終わっても出してもらえなくなるかもしれない。


「ルドルフが監禁しても、僕が出してあげるよ」

 ニッコリと微笑むアレンに「そんなことをすれば、婚姻の話はなかったことにされますよ」とアクネが苦言を呈す。

 そんなアクネに、アレンはスッと目を細めた。

 明らかに気分を害している。

 ひっ! と心の中で叫ぶ。

 アクネは俺に怒っているから気付いていないけれど、ちょっとやばい。

「あ、アレン……」

 俺が慌てて止めようとアレンの服の裾を引っ張ると、それを見たアクネがハア~っと大きな溜息を吐いた。


「私の主人はコンウェル伯爵です。ルドルフ様に雇われている訳でも、ましてやセリーヌ様に雇われている訳でもありません。ですが、セリーヌ様の専属侍女としてどちらを優先させるかとなると、それは専属をさせていただいているセリーヌ様になります。お心を推し量り主の意に沿うことが専属侍女としての役目。セリーヌ様は本日、レントオール様とお出かけになりたかったのですね」

 そう言われてキョトンとしてしまったが、慌ててコクコクと頷いた。

 別にアレンと出かけたかった訳ではないが、今はそういうことにしておいた方が良さそうだと判断したからだ。


 俺が必死で頷くのを見て、アクネは苦笑した。

「畏まりました。それならば私はセリーヌ様の共犯者になりましょう。これからもお出かけになるのなら、私にだけはお伝えいただけますか」

 何故かアクネが俺の共犯者になってくれた。

 これからも兄に内緒で、出かけるのに協力してくれるとのこと。


 思わぬところから助け舟を出されたことに俺は一瞬素直に喜びそうになったが、同時に不安にもなった。

「あ、ありがとう、アクネ。でも、どうして?」

 恐る恐る彼女の心境を問う。

 確かに専属侍女の仕事に主の意に沿うということはあると思うが、それにしても屋敷の長は次兄だ。

 直接の雇い主である父に一任されているのが次兄。

 それは父の代わりに次兄が雇い主であると考えてもいい。

 それなのに、俺に寄り添い雇い主に秘密を作ると言い切ったのだ。

 そんなことをして大丈夫なのかと、普通に心配になるのも当然だろう。


 俺の問いに、アクネはチラリと俺の手を見る。

 その手はアレンの服の裾を握ったまま。

 ふっと優しい笑みになるアクネ。

「あのお転婆なセリーヌ様が、いつの間にか恋をされていたのですね。ルドルフ様に逆らってまで一緒にいたかったのでしょう? そんな淡い恋心を守るのも専属侍女の役目ですわ。早く婚約が認められ、堂々と二人でお出かけできる日が来るといいですわね」

 ぶっ飛んだ誤解をされていた~~~‼


 アクネは俺がアレンに恋をして、兄に反対されても会いたかったのだと考えたのだ。

 なんでそんな風に思った?

 何が悪かった?

 オロオロと周囲に目をやり、俺が未だにアレンの服の裾を掴んでいるのが目に入った。

 パッと手を離すと、その様子を見ていたアクネに、フフフと優しく微笑まれた。

 恥ずかしがっていると思われたのだろう。

 ち・がぁ~~~~~う!

 そういえばアクネの愛読書は恋愛小説だったと、俺はこの屋敷で喜んで本を手にしていた彼女の姿を思い出す。


「あ、アクネ、何か変な誤解を……」

「ありがとう、アクネさん。貴方のような心強い味方ができてセリーヌは喜んでいます。もちろん、僕も」

 俺の否定の言葉に肯定の言葉を被せてきたアレンは、そのままパッとアクネの両手を両手で握った。

 そしてその人外の美貌に、笑みをのせる。

 それを直視してしまったアクネは、真っ赤になりながらフラリと後ろに倒れそうになる。

 どうにか持ちこたえたのは、専属侍女としての矜持か?

 主の恋人じゃないけどなに笑顔で触れられてのぼせて倒れるなど、そんな不埒な行いはできないとでも思ったのかもしれない。

 だがそれは、仕方がないこと。

 この人外の美貌を持つ男が、その凶器を有効に利用したに過ぎないのだから。

 確信犯であるアレンを、俺はジロリと睨みつける。


「アクネ、大丈夫? あの、色々と誤解があるようで……」

「ふ、ふふ、すみません、セリーヌ様。ちょっと眩暈が……。もう大丈夫です。とにかく私はお二人の味方ですので、これからは遠慮なくお申し付けください。セリーヌ様の外出中は私が責任をもって、在宅しているように偽装します」

 ああ、アクネがアレンの手先になり果てた。


「良かったね、セリーヌ。外出禁止令なんて気にしなくても、いつでも会えるよ」

 フフフと笑うアレンに、思わずジト目を向けてしまう。

 この絶世の美貌が、だんだんと悪魔に見えてきた。

 確かに外出はしたいが、アレンに会いたい訳ではない。

 あ、いや、アレンに会いたくない訳でもないのだが、それはあくまで親子として。

 特に恋心で会いたいと願うものではない。

 だが確実に誤解しているアクネは、俺とアレンの視線が合うのを、あらあらと微笑ましく見ている。

 片方はジト目で、片方は揶揄っているのだが、頭に恋愛小説の一文が浮かんでいるアクネには気付けない。



 そうしてとっぷりと日が暮れて、アレンは帰って行った。

 夕食を食べ、湯浴みをして、アクネに寝台に入るよう促される。

 もう何も考えられない。考えたくない。

 フラフラと寝台に向かうと、後ろからアクネに「本当に良かったですわ」と呟かれる。

 何が? とチラリと振り向くと、アクネはニッコリとお姉さんの顔で「レントオール様のことです」と言う。


「いつの間にか求婚されていて、初めは私にも内緒でそんなことになっていたなんてと悔しくもあったのですが、本日お二人でお出かけされて戻ってきた姿を拝見して気持ちが変わりました。あの男女の仲に興味もなかったセリーヌ様が、ルドルフ様に逆らってまで会いたいと思われたお方なのだと考えると、私はセリーヌ様とレントオール様の仲を全面的に協力したくなりました。ですから、これからは何でも遠慮なく相談してくださいね」


 頬を染めて微笑むアクネに、げっそりする。

 誤解が解けないことは、もうわかった。

「あはは、今日の外出、ゲーテに内緒にしてくれてありがとう。お兄様にもバレないみたいで安心した。今日は疲れたから、もう休むね」

「フフ、どういたしまして。楽しまれたようで、私も嬉しゅうございますわ。あ、出入りの方法はレントオール様の魔法ですよね。本当に素晴らしいお力です。あれならば出入りされたことは一切わかりませんから、これからも気付かれる心配はないでしょう」

 後は私にお任せをと言う彼女に、俺はひらひらと手を振る。

「あはははは、本当だね~。ありがと~。お休み~」

「はい、失礼いたします」


 どっと疲れた。

 アクネが扉を閉めた後、俺はバフッと寝台に倒れこむ。

 今日一日、本当に何だったんだ?

 アーサーがアレンで、求婚されてキスされて、アクネに恋人と勘違いされた。

 何、それ?

 本当に意味がわからない。

 ああ、元から考えるのは苦手なんだよ。

 難しいことはよくわからない。

 恋心なんて、もっとわからん。

 とにかく、とにかく、疲れたー。

 もう何も考えたくないと、俺は寝台に潜り込み目を閉じた。


 この体の持ち主には悪いが、魂を定着させてもらった以上、セリーヌの存在は大事にする。

 ここまで育ててくれた家族のためにも、簡単に朽ち果てる訳にはいかないしな。

 それに俺のためにアレンが必死で繋げてくれた命だ。

 生きていてくれたアレンのためにも、俺はこの体と共に生きる。


 それだけが頭に浮かび、そうして俺は眠りについた。


 次の日、アクネに叩き起こされボウッとするまま食堂に行き、兄の顰め面を見て目が覚めた。

 兄よ、一体何があったというのだ?

 そこでハッとする。

 まさか、昨日の外出がもうバレた?

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