望んだのは親父の立場だった
俺は呆然としたまま、アレンを見つめるしかなかった。
「……そんなことをして、お前は、無事だったのか?」
最初に出た言葉は、魂を現世に残すというありえない魔法を使ったアレンのその後のことだった。
俺のために、どれほどの魔力を消費したのだろうか?
魔力切れを起こしたりはしなかったのだろうか?
そんなことになっていたら、アレンは無事では済まなかったはずだ。
俺の青くなる顔を見て、アレンはクスッと笑った。
「……さっき、君の墓を作ったって言ったでしょう。大丈夫だよ。倒れはしなかった。ただ魔力はかなり減ったけれどね」
「どれほど?」
「まあ、髪の色が変わる程度にはね。それに暫くしたら回復したし、僕はセディが生き返らなかった時点で、魔法は失敗したと思っていたんだ。けれど、まさか他の体に入っていたなんて。僕の君に与えた魔力は無駄ではなかったね」
ニッコリと微笑むアレンは、心底嬉しそうだった。
あの美しかった金の色が抜けるほどの魔力を、俺のために注いだと笑う。
こんな途方もないことをやり遂げたアレンに、俺はありがとうと感謝すればいいのか無茶をするなと怒ればいいのか、わからなかった。
そして俺はふと気になる。
この体の持ち主は死んでいるということ。
俺はチラリとアレンを見上げる。
「その……死んだ赤子に俺の魂が宿ったということは、この体の持ち主の魂は、もうこの世にはないということか?」
「そうだね」
「じゃあ、空っぽの体に俺が入り込んだのなら、俺は、この体の持ち主に申し訳ないと思わなくていいということだろうか?」
「元よりセリーヌとして生きてきた自我とも共存できているのなら、問題ないのでは? 魂は一緒なんだから誰にどうこう言われる筋合いはないよ。セディの魂が出たらその体は腐るだけなんだから」
「……………………」
なんとも現実的である。
アレンは俺に手を伸ばす。
「でも、記憶があったのなら少しは僕のこと探してくれてもよかったんじゃない?」
未だに呆然としたままの俺を後ろからギュッと抱きしめ、拗ねた風な口調でそんなことを言ってきた。
「……すまない。セディを思い出したのは、王都に来てからなんだ」
確かに、アレンからすると記憶があるのなら探してほしかったと思うのは当然だよな。
いくらセリーヌがまだ幼い身の上だとはいえ、俺にはあの次兄がいた。
探していたなら、アレンの耳にも届く確率はあっただろう。
申し訳ない気持ちでそう答えると、アレンは驚いて抱きしめていた俺から距離を開けた。
「え? じゃあ、完全に思い出してまだ間もないってこと?」
「完全かどうかもよくわからない。正直、その場その場で思い出すようなところもある。先ほどの武器屋なんかも前を通って、思い出したし」
「なるほど。でも、それでよくセリーヌとセディを同一できたね。錯乱したり、体に異変を感じたりしなかった?」
セリーヌとして生きてきた自我とセディの自我、二つの自我が衝突して頭や体に異変が生じなかったかとアレンは訊いてきた。
確かに普通で考えれば十五歳の美少女と三十一歳のおっさんの自我が合わさるはずがない。
だが意外とセリーヌの自我が強調しないのは、多分俺が思うに……。
「セリーヌは野生児なんだ。脳筋ともいうのか。あまり物事を深く考えない。だからセディに丸投げが多い」
俺の説明を聞いたアレンがキョトンとした後、盛大にぶっと吹いた。
「あはははは、そう言われればセディも脳筋だったし、似た者同士だったんだね。思考にそう差異はないということか」
笑い転げるアレンに、お前そんな笑い方できたのかよとジト目を向ける。
ああ、もう。楽しんでくれて何よりだ。
暫くして、やっと笑いが止まったアレンが涙を拭きながら俺を再び抱きしめた。
「セディといると、日常がこんなにも変わるんだね。やっぱり僕には君が必要だ。セリーヌと結婚するのが楽しみだよ」
「待て! 俺がセディとわかっているのに、結婚を申し込んだのか?」
アレンの発言にギョッとした俺は、どうにかアレンの捕縛から逃れようともがきだす。
それをあっさりと抑え込むアレンは、キョトンとした表情で何を馬鹿なことを言っているんだというように首を傾げた。
「当然じゃない。むしろセディだとわかったから申し込んだんだけど」
「いや、気持ち悪くないのか? 俺だぞ、セディだぞ。お前の親父だった男だぞ」
「だから親父なんかじゃなかったでしょう。気持ち悪くなんかないよ。今はこんなに可愛い女の子なんだから」
そう言って、暴れて膝の上からずれそうになっている俺をヒョイと抱き上げ、もう一度ギュッと後ろから抱きしめた。
「いやいやいや、冷静に考えろ。いくら見た目は超絶可愛い美少女だったとしても、中身は男だ。おっさんだぞ。結婚なんて……そうだよ、キスすらできないじゃないか」
チュッ。
「は?」
「できるよ。全然問題ない。もう一回する?」
「いやいやいやいや、いやいやいやいや」
何の躊躇いもなく、アレンは俺の唇にキスしてきた。
しかも何度もできるというように、再び顔を近付けてくる。
俺の頭は錯乱という生易しいものではない。
それこそセリーヌとセディの自我が同時に騒いでいる。
セリーヌは十五歳の乙女らしくキャーキャーと、セディはとにかくありえないありえないと。
「俺の自我を崩壊させる気か?」
「崩壊したらお嫁さんになってくれるかなぁ? 結婚してからゆっくりとセディの自我を目覚めさせればいいかも」
「鬼畜! 悪魔! 人非人!」
「あはははは、誉め言葉だぁ」
錯乱しまくった俺を、アレンはひとまず屋敷に帰してくれた。
あれ以上、話を続けることは不可能となり、俺はとにかく一人になって考えたかったのだ。
正直言うと、もっと色々と訊きたいことはあった。
俺がいなくなった後、追手は大丈夫だったのかとか、一人でどうやって生きてきたのかとか。
それに、どうして改善されたとはいえ逃げ回っていた王宮の魔法使いになったのかとか。
それはもう、山のように疑問は湧いて出てきた。
そして何より、戦争を終結させた魔法使い、あれはアレンではないのかと……。
だが、それらを聞いて果たしてアレンは全てを応えてくれるのだろうか?
言いたくないことも思い出したくないこともあるだろう。
それを俺が思いのまま訊ねるのは……あまりにも無神経過ぎる。
俺がこの十五年、セリーヌとして家族に溺愛されてのほほんと暮らしていた陰で、アレンはどんな思いで生きてきたのか……。
だがお互いにセディとアレンだと知った今、このまま何も聞かないで一緒にいることはできないはずだ。
俺は頭を抱えた。
何を訊いて何を過去のことだと切り捨てればいいのだろうか?
そして二人の行きつく先の未来は結婚……なんて、本当にそれでいいのか?
いや、それはなんか本当に違う。違うはずだ。
違うはずなのに、なんでこいつは俺にキスなんかできたんだ?
そうだ、キスしてきた。なんで?
親父にキスって……いくら親子でも唇にキスはなかなかしないぞ。
俺はまだ隣にいるアレンに視線を向けた。
俺の困惑姿が面白いのかなかなか帰ろうとしないアレンに、クラクラしてきて倒れそうになる。
とにかく横になろう。
俺はアレンを無視して寝台へと足を向け、そこに人影を見つけて体を跳ねさせた。




