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思い出の品を媒介に

「待たせたな。これだろう」

 暫くして奥に引っ込んでいた強面オヤジが、ズッシリとした重そうな剣を握りしめて戻って来た。

 ズイッとアーサーの前の机に置く。

 アーサーは、柄にある王族の印を確認してスラリと鞘から刀を抜きだした。

 あんなにボロボロで刃こぼれしていた刀が、綺麗に修復されている。

 しかも十五年も眠ったままだったというのに、錆一つない。


「……大事にしてくれていたみたいんだね」

「あいつの形見かと、勝手に思っていたんでな。使う奴がいるのなら持っていけ。その方があいつも喜ぶ」

「そうだね。じゃあ、遠慮なく」

「この金貨の袋は多過ぎる。五枚でいい」

「気持ちだから、受け取っておいて」


 アーサーとオヤジとの間で会話が続けられるのを、俺はジッと見ていた。

 オヤジは気付かない。

 その剣を渡したのが俺だということを。

 当たり前だ。当たり前なんだ。わかる訳がない。


 そして振り返ったアーサーと目が合った俺は、ビクッと肩を揺らす。

 ツカツカツカと俺の前まで来るアーサーに、俺はお待たせと言われて、来た時と同じように手を握られ、この店を出るのだろうと思った。

 あの剣は、アーサーの手の中から誰に渡されるのだろうか……。

 思わず俯いた俺の手を、アーサーが掴む。


「はい。返すね」

 アーサーが俺の手に剣を握らせた。


「え? お前さん、こんな小さな女の子に渡す気か?」

 アーサーが俺の手にセディの剣を渡しているのを見たオヤジが、素っ頓狂な声を上げた。

 当然だ。

 セディの剣は、騎士である男が手にしていた物。

 見た目の大きさに加えて、重量感も半端ない。

 小柄なセリーヌに渡すような物では決してないのだ。


「だってこれは、この人のだもん」

 間違えた訳でもなく、ましてや揶揄っている訳でもなく、至極当然だという顔でアーサーは、この剣は俺の物だと答えた。

「は? それはセディのだ。三十を超えた死んだおっさんの物だったんだぞ。そんな見るからに可憐な嬢ちゃんに渡していい代物ではないだろう」

 武器屋のオヤジに、的確に前世と今世の俺の姿を口にされる。


 ああ、その通りだよ、オヤジ。

 どこの世界に、これほど何もかもが違う二人を同一人物だと思える奴がいるんだ。

 もし知り合いに相談されても、俺だって信じられなくてまともに話なんて聞いていられない。

 そんな状況の俺に、アーサーはこの剣が俺の物だと言い当てた。

 アーサーには、セディがセリーヌだとわかっているのか?

 そんな、まさかと思いつつも、アーサーの瞳は一向に揺れる気配がない。


 アーサーは呆然とする俺の手に無理矢理、剣を握らせると、オヤジに声をかけた。

「ありがとう。また何かあったら、よろしくね」

「お前さんは魔法使いだろう。こんな武器屋に用事ができるとは思えないが、困ったら来い。この袋分は手を貸してやろう」

 ニヤッと笑うオヤジを横目に、アーサーに引っ張られながら俺は武器屋を後にした。




 暫く歩くと、高台に出た。

 人気のないそこで、ようやくアーサーは俺の手を離した。

 片手で剣を持っていたので、落とさないように抱きしめるだけで精一杯だった。

 セリーヌの体でも剣の稽古はしていたが、体に合わせたもう少し小ぶりの剣を使っている。

 セディの時に好んで使っていたこの剣は、セリーヌの体で使いこなすのはかなり難しい。

 片手で持つだけで、骨が折れる。

 俺は剣を両手で抱きしめ、アーサーに向き直る。


「なんで、これが私のだと?」

 俺はアーサーに、どうしてそう思ったのか聞いてみた。

 お前はあの子で、俺がセディだとわかっていると答えてほしくて。

 するとアーサーはキョトンとした後、くつくつと笑いだした。


「ずるいよ。それを僕に言わせるの?」

「言わせたい。言ってほしい。俺にはそれを口にする勇気がない」

 俺は素直に敗北を認めた。

 アーサーから口にしてもらえたら、俺は素直に全てを話すことができる。

 だが、もしも俺からそれを言えというのなら……俺は……。


「あ~あ、相変わらずヘタレなんだね」

 ビクッと肩が揺れる。

 今まで笑っていたアーサーが、俺を睥睨している。

 冷たいその瞳に自然と俯いてしまう俺は、本当に情けない。


「ここまで僕がお膳立てしてあげたんだよ。決定的な言葉ぐらい自分で言ってみなよ」

「言えない、だろう。俺は追い縋るお前を残して逝ったんだ。どの面下げて、親父だと言える?」

「親父じゃないでしょう。ただの旅の連れのおっさん。知り合いのおっさん? 顔見知りのおっさん?」

「酷い! どんどんと赤の他人になっていくじゃないか⁉」

 泣きそう、いや、泣いた。


 一年、一緒に旅して本当の息子のように思っていた相手に、親しくもないただのおっさんだと言われた。

 背中を向けてさめざめと泣きだした俺に、アーサーは「おっさん呼びはいいんだ。あ~、ごめんね。頑なに言わないから、ちょっと揶揄っちゃった」と謝罪してきた。

 アーサーは俺がセディだと、ちゃんと知っていたのだ。

 いつから? どこから? どこまでがアーサーのおふざけだったのか?

 俺の涙が枯れるのを待って、俺とアーサーは改めて向き直った。



「まずは、すまなかったと誤らせてくれ。先に死んで、苦労かけたよな」

「当たり前でしょう。国に追われている七歳の魔法使いが一人で生きていくなんて、そりゃあ、もう、過酷の一言だよ」

 項垂れる俺は、何故かアーサーの膝の上に座って後ろから抱きしめられている。


 ここは、魔法塔にあるアーサーの自室。

 高台にいた俺たちはあの後、積もる話をしようとアーサーの転移魔法でここへ来た。

 貴族常識で考えれば、未婚の男女が同じ部屋に二人きりでいるなんてありえないが、中身がおっさんのセディとバレているので問題ないと言うアーサーの主張により、ここで話すことに決まった。

 人のいる所や外で長時間話すなんてできないでしょう、という正論の元に。

 そしてアーサーはソファに座ると剣を横に置き、俺の手を引っ張り自分の膝の上に乗せた。

 首を傾げていると、後ろから抱きつかれて、今に至る。


 前にも同じようなことがあったが、これは一体どういうことなんだろうかと硬直していると「では続きをしようか」とアーサーは何事もないように、ちょっと勘違いしそうな言葉で話し始めた。

 いや、今からする話は意外と真面目なものだよ。

 この格好でするには、ちょっと難しい話題じゃないかな?

 そんなことを冷や汗垂らしながらもうじうじと考えるが、今の俺にはアーサーの行動を言及できない。

 セディとして負い目のあった俺は、大人しくアーサーの気のすむようにさせるしかないのだ。


「い、一応、言っておくけど、俺だって何も好き好んで死んだ訳じゃないからな。そこのところは理解してくれていると嬉しいかなぁって……」

「そんなこと、わかっているよ。けど大変だったものは大変だったんだ。セディの墓だって一人で作ったんだから」

「そうなのか⁉ それは手間をかけたな。俺はてっきり野ざらしになって朽ち果てたかと思っていた」

「そんな無責任なこと僕がすると思っているの? 酷いなぁ」

「そ、そうだよな。お前は笑顔こそなかったけど、優しい奴だったし……」

「そうだよ。そのまま放っておいたら腐るか野犬にでも食われるのがオチじゃない。汚くて臭い汚物を放置するなんて、そんな近隣周辺に迷惑かけるような真似はしないよ」

 ……義息子が辛口過ぎて、また泣いた。

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