古めかしくて懐かしい
ハグハグと幸せをかみしめながら咀嚼する俺は、ふと昔のことを考えた。
十五年前にもケーキはあったけど、こんな鮮やかな物は存在しなかったと。
それに戦争中なので、優雅にケーキなど口にしていたのは王族と一部の貴族だけ。
俺はそれができる立場ではあったが、民のことを、特に虐げられていた魔法使いのことを考えるとそう簡単には口にできなかったのだ。
今は何も考えずに、これほどのケーキが平民の店に並べられているのだから、この十五年でかなりの成長を迎えたといえよう。
あの人は相当頑張ったんだな。
口内を甘い物で満たしながら、俺は王城にいる彼に思いを馳せる。
すると突然アーサーが、俺の額をつんと突いた。
痛くはないが、いきなりのことで吃驚する。
「何? 欲しいの?」
俺は額を押さえながら、視線をアーサーに向けた。
彼は唇を突き出しながら、不貞腐れたように言う。
「欲しくはないけど、ケーキに夢中で全然僕を見てくれないのは嫌だ」
思わず「は?」と間抜けな声を上げる。
「何言ってるんだ? 目の前にいるんだから、見てないことはないよ」
「視界にとらえるんじゃなくて、ちゃんと意識してほしい。デートなんだから。はい、あ~ん」
そう言って、絶世の美男子は口を開けて目を瞑った。
俺は暫し硬直する。
以前にも兄の口にクッキーを放り込んでいたら、自分にもしろと要求してきたのでその通りにしてやったことはあるが、それを外でもしろというのか⁉
言っておくが〔あ~ん〕とは、想いあっている男女がお互いに食べさせあいをする時に使う秘密の言葉だ。
むやみに使っていい言葉ではない。
俺は固まったまま、アーサーを見つめた。
だがいくら固まっていても、アーサーは〔あ~ん〕をやめるつもりはないようで、ずっと無防備な姿を晒している。
うぐぐっと躊躇う俺の耳に、店内の女性からのクスクスという笑いが聞こえてきた。
認識阻害の魔法を使っているとはいえ、年頃の青年がこんな可愛い行動をとっていては見られても仕方がない。
俺は小声でアーサーに注意した。
『やめろ、アーサー。注目を集めている』
「だったら早く口に放り込んでよ」
堂々と言い返してくるアーサーに、呆れてしまう。
俺たちのそんな気配に気付いた他の女性たちも、こちらを見てくる。
全くもって、魔法をかけている意味がない。
くっ、衆人環視の中、そのようなことをする羽目になるとは、どんな羞恥プレイだ。
俺は半ばヤケクソで木苺をフォークでぶっ刺し、エイッとばかりにアーサーの口に突っ込んだ。
「んぐっ!」
流石に突っ込み過ぎたのか、軽くむせている。
「酷いなぁ。もう少し優しくしてよ」
「優しいだろう。ちゃんと要望に応えてやったんだから」
「まあね。甘いの苦手な僕にケーキは避けて、木苺を選んでくれるところは優しいと思うよ」
「……………………」
どうやら俺の選択は当りのようだ。
けれど思考を読まれているようで、なんだかムッとする。
気が付けば、周囲の注目はなくなっていた。
アーサーも俺に構ってもらって気が済んだのか、優雅にハーブティーを口に運んでいる。
俺は再びホットケーキに集中して、できる限り急いで食べた。
ホットケーキの店を出て、腹ごなしに街を歩いていると、古びれた武器屋を見つけた。
ここは十五年前に俺も利用していた店だ。
まだ残っていたのか。オヤジ、元気かなぁ⁉
懐かしくなり、中が見たくてムズムズしていると、アーサーが「入ろうか」と声をかけてくれた。
俺は喜んで返事をし、アーサーの手を握ったまま勢いよく店の扉を開けた。
店内に入ると暗くて狭い室内に、鎧や剣、弓などが所狭しと並べられている。
相変わらずいい加減な掃除をしているようで、端に転がっている品物には、埃がかぶっている。
先ほどのホットケーキの専門店とは、雲泥の差だ。
だが、以前と全く変わらない店の雰囲気に、嬉しくなってしまう。
「おや、似つかわしくない客だな。ここは武器屋だが、間違って入って来たのか?」
中にいる禿げたオヤジが強面の顔で、こちらを睨みつけてくる。
十五年分、歳はとっているが俺には見慣れた顔だし睨んでいる訳でもなく、これが彼の地顔なのだと知っているから怖くもなんともない。
それどころか、懐かしくて涙が出そうになる。
強面オヤジを見て、美少女が泣くのは流石にいかんだろうとグッと堪えて、ハタと気付く。
そういえば今の俺は超絶美少女セリーヌちゃんだし、連れは黒いローブの魔法使いだ。
あまつさえ、この二人は手を繋いでいる。
武器屋にこの雰囲気の二人組は、不似合いだしお呼びでもないだろう。
オヤジの元気な姿を見られただけでも良しとしよう。
「え、えへへ、間違えました。失礼します」
俺はヘラリと笑って、アーサーの手を引っ張る。
だが、どういう訳かアーサーはずんずんと中へ入っていく。
当然手を繋いでいる俺も、中へと引きずり込まれた。
「十五年前に修理に出した剣、まだあるかな?」
「は? 十五年も前の修理品だと。そんな物、残っている訳ないだろうが。取りに来なかったお前さんが悪い」
アーサーは抑揚のない声で訊ねると、それを聞いたオヤジが太い眉を吊り上げた。
まあ、当然だろうな。
アーサーはどういうつもりでそんなことを言ったのかわからないが、十五年も前の修理品など二、三年保管してくれたらありがたいものだ。
特に戦争時の剣など、持ち主が現れなければとっとと売りさばいているに決まっている。
「王族の剣が売りさばけるなんて知らなかった。よく捕まらなかったね」
「は? お前さん、何言って……」
「剣の柄に王族の印が刻まれていただろう。ああ、そうか。柄を変えて売ったんだ」
「!」
アーサーの言葉に強面オヤジは、驚愕に目を見開いた。
アーサーの後ろでは、俺も同じように目を見開いている。
今、アーサーはなんて言った⁉
王族の剣? 十五年前に修理に出した?
それは、もしかしたら俺の……。
「持ち主がいないのに持っていても仕方がないと思っていたんだけど、渡したい人が現れたから受け取りに来たんだ。あるなら出して。十五年分の利子を付けて払うから」
アーサーは懐からジャラリと重そうな小袋を出すと、オヤジの前の机に置いた。
ドサッと大きな音を立てた袋からは、金貨が零れ出る。
「……お前さん、セディの知り合いか?」
「どうでもいいでしょう。あるの? ないの?」
オヤジは暫し黙考すると、奥の部屋に引っ込んだ。
俺はジッと、アーサーの後姿を見る。
こいつは一体……。
ずっと無意識に考えないようにしていた、まさか、なのか?
こいつが俺の、魔法使い?
もしかして、あの子が王宮魔法使い?
俺の視線に気が付いているはずの魔法使いは、決してこちらを振り返らない。
こいつがあの子だなんて、俺の勘違いだ。
違う、違ってほしい、でも、まさか、もしかして、を延々と繰り返しても……そう、答えはもう、俺の中で決まっている。
だけど、それを今の姿の俺が口にしてどうする?
目の前にいる魔法使いが、俺の小さな魔法使いだったとしても、それをセリーヌがどう伝えるのだ?
俺の前世はセディだったんだ、と言ったって、混乱するだけじゃないか。
そんな話、誰が信じるというのだろう。
まだ何百年前の偉人だったとか、知らない人間を言われた方が信じられる。
身近過ぎる人物の名前を出されたところで、揶揄っているとしか思えない。
俺はグッと手を握りしめた。
言えない。言える訳がない。
俺はあんな死に方で、この子を一人、置いて逝ったんだから。