初デート、らしい
俺は街の広場のベンチで、呆然とアーサーを見つめていた。
デート?
奴はデートと言ったか?
おっさんと? あ、いや、違った。今は十五歳の超絶美少女セリーヌちゃんだ。
いや、例え今の俺が美少女だからといって、いきなりデートと言われても、なんかピンとこないなぁ。
う~ん、う~んと悩む俺に、アーサーはキョトンとして「飲まないの、それ?」と俺の持っているジュースを指差す。
俺は慌てて「飲むよ、飲む」とズズズッとジュースに刺した麦藁のストローを吸い上げる。
甘酸っぱい味に、顔が綻ぶ。
そんな俺を見て、アーサーはニコッと笑った。
まっ、いっか。
デートだろうとなかろうと、金は後で必ず払う。
今はとにかく、街を堪能する方が先決だ。
ジュースを飲み終えると「どこに行こうか?」とアーサーが訊ねてくれたので、俺は「とにかくどんな店があるのかわからないから、探索したい」と返答した。
アーサーは頷いて俺の空のコップを受け取り店に戻すと、もう一度手を繋いで歩き出した。
なんでこいつは一々手を繋ぐんだと首を傾げたが、街はそれなりに人が混雑していて、はぐれないようにとの配慮だと納得した。
アーサーとはぐれたら、俺は屋敷に帰れなくなる。
時間を掛ければ帰れなくもないだろうが、その時には不在だったのが屋敷の者にバレてしまう。
そうしたら兄に速攻知らされて、俺は今度こそデビュタントまで軟禁生活だ。
そう考えると、俺はこの手を絶対に離してはいけない。
俺はアーサーの手を、ギュッと力強く握り返した。
そんな俺にアーサーはハッとしたような表情を向けたが、次にふわっと花が綻ぶように笑った。
絶世の美貌にそのような表情をされて、赤くならない方がおかしい。
かあ~っと赤くなる俺をよそに、アーサーは機嫌よく前に進んでいった。
少し歩くと、甘ったるい匂いがしてきた。
クンクンと鼻を動かすと、それは菓子の甘い匂いだった。
「ホットケーキの専門店だね。結構外まで匂うんだ」
アーサーの言葉に、俺は首を傾げた。
「ホットケーキ⁉ 普通のケーキとは違うの?」
「コンウェル伯爵領には、ないのかな? じゃあ、説明するより食べた方が早い。甘い物、好きだよね?」
そう言ってアーサーはグイグイ俺の手を引っ張って、その店に入って行った。
店内は甘い匂いで充満していた。
白い丸テーブルと椅子が幾つも並んでいて、男性は少なく女性が店内を埋め尽くしていた。
それでも女性と対で座っている者もいるので、アーサーが入っていっても気にならない。
清潔な白い壁には、美味しそうな食べ物が描かれている絵が沢山飾られていた。
それは平たいがふわっとボリュームのあるパンのような物が三つも重ねられていて。その周りにはホイップクリームやみずみずしい果物と花が色々と飾ってある絵だ。
どの絵にも描かれているパンのような物は同じなのだが、それに飾られている果物や花がそれぞれ違う。
横に添えられているとろりと美しい琥珀色の蜂蜜や、シロップなども色鮮やかだ。
これがアーサーの言うホットケーキという物か?
だとしたらこれは、コンウェル伯爵領ではパンケーキと呼ばれている物ではないだろうか?
それは家庭料理の一種なのだが、この絵ほどケーキに厚みはない。
それに全てが甘い物とは限らない。
薄くて食事に合うように甘味の少ない物が一般的だ。
もちろん甘い物もあるのだが、これほど具が色々と乗ってはいない。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
可愛らしい侍女のような服を着た店員に案内されて、椅子に座る。
アーサーがメニューを見せてくれたが、言葉だけなので何をどう選んだらいいのかわからない。
ふと横の壁を見ると、先ほど飲んだ木苺の絵が描かれていたので「これ」とアーサーに伝える。
彼はコクリと頷いて店員に注文してくれた。
注文を受けて何事もなく立ち去る店員に目を向けた後、俺は横を向いているアーサーをマジマジと見つめた。
店員も店にいる女の子たちも、先ほど街を歩いている時だって誰も彼を見ていない。
この絶世の美貌に黒いローブと、かなり目立つ存在だというのにすんなりと周囲に溶け込んでいるなんて、本当にしっかりと認識阻害の魔法が効いているんだな。
マジで凄いな、アーサーって奴は。
感心してジッと見つめていると、肩が揺れているのがわかった。
ん? と尚も見つめると、くつくつと笑う声が微かに聞こえる。
どうやら彼は笑っているようだった。
「どうしたの? 何かあった?」
突然笑い出したことを不思議に思い尋ねると「あ、いや」と彼はこちらを振り返った。
「あんまりにも真剣に見つめてくるから、おかしくなってしまって。何か聞きたいことでもあるの?」
「え、別に。ていうか、本当に魔法が得意なんだと感心していただけ」
俺の答えにアーサーは「ああ」と頷いた。
「一々見られるのも鬱陶しいでしょう。これが一番、煩わしくなくていい」
――以前にも訊いたことのある言葉だ。
あの子もそんなことを言って、認識阻害の魔法を覚えたんだっけ。
俺と一緒にいる時に覚えたから、それ以前に知っていたらあんな風に国に捕まることもなかったのにと俺がぼやいたら、あの子は目を丸くして「そんなことできてたら、セディに会えなかったじゃないか」とムッとしていた。
健気なその言葉に思わずほっこりしてしまったけれど、あの子もアーサーも苦労した中で、覚えるしかなかった魔法なんだなとしみじみ思ってしまう。
思わずしんみりしてしまった俺は、思考を切り替えるようにアーサーに訊ねた。
「魔法塔でも、視線を集めたりする?」
「基本的に限られた人間の前にしか出ない。その人たちは僕のことなんて見慣れているから、そこまで気にしない」
確かに兄やオクモンド様に、一々気にしている素振りはないな。
流石に笑顔を見ると驚いて赤くなる時もあるけど、彼らも見られる方の立場だから同類なのだろう。
もしかしたら三人を同時に見られるのは、かなりレアなことなのかもしれない。
だからこそ、先日のように俺が少し彼らと接触しただけで許せないと怒り狂う令嬢が現れたのだろう。
それで俺が外出禁止を言い渡されるなんて、なんか理屈に合わない。
ハッキリ言って、とばっちりだよな。
なんだかムカムカしてきた。
思わずジト目で前に座るアーサーを見ると、首を傾げた彼は「お腹空いたの? もう少し待って」と言ってきた。
俺はお腹が空くと眼が据わるとでも思われているのか?
どんな食い意地だよ、と今度はわかりやすく睨むと、目の前に皿が置かれた。
ふわっと甘い匂いが漂う。
うっわぁ~~~。
「お待たせしました」と店員が置いた皿には、壁に飾られている絵とそっくりに美味しそうなボリュームのある平たいケーキとクリーム、そして木苺をはじめとした色んな果物と花が飾られていて、それらの上からは鮮やかな蜂蜜がたっぷりとかけられていた。
カチャッとミルクティーも置かれて、甘く濃厚な香りが鼻腔をくすぐる。
アーサーを見ると、彼の前にはハーブティーだけが置かれた。
「アーサーは食べないの?」
「甘い物はそれほど得意ではないんだ。気にしないで食べて」
「これぐらいなら大丈夫じゃない?」
「確かに蜂蜜をかけなければまだいけたかもしれないけど、このお店は先にかけてから運ばれてくるからね」
「瓶に入れた蜂蜜が横に置いてあるけど」
「かかっている甘未が足りない人が使うんだ」
「そんなにかける人いるの? それって甘過ぎない?」
「よくわからないけど、ケーキを食べに来てるんだから甘い方がいいんじゃないの?」
俺は故郷のパンケーキのイメージがあり、それほど甘くないだろうと思っていたのだが、確かにかける分量でかなり甘味は変わるだろう。
それにこのふわっふわの厚み。
故郷のそれとはまったく違う厚みに、無意識に興奮してしまう。
フォークで刺してみると、すっと通った。
おおお~、これナイフいらないじゃん。
俺の眼は多分、キラッキラに輝いているだろう。
「フフ、僕のことは気にしないでとにかく食べてみて」
アーサーが笑って食べるよう勧めてきた。
そうだな、とにかく食べてみないとな。
俺は一口大に切ったそれを、そっと口に入れたてみた。
し・あ・わ・せ~~~~~♡