不貞腐れる令嬢
ぷっくぅ~っと頬を膨らませ寝台で拗ねる俺は、一人ブツブツと文句を言っていた。
「兄なんて嫌い。オクモンド様も嫌い。ついでにアーサーも嫌いだ」
外出禁止令が出た時、オクモンド様は賛同し、アーサーは否定もせずにその様子を眺めていた。
結果的に外出禁止令は決定事項となってしまった。
「二か月以上も屋敷に閉じ込められるくらいなら、もう虐められてもいいです。ていうか、返り討ちにあわす。命さえ奪わなければ、多少の怪我ぐらい正当防衛で許してくれますよね⁉」
「何、言ってるの? そんなこと優しくてか弱いセリーヌにできるはずがないだろう。お兄ちゃんがちゃんと守ってあげるから言うことを聞いて」
「そうだよ、セリーヌ嬢。事が収まれば私が街に連れて行ってあげるから」
「なんでオクモンド様が連れて行くのですか? そんなことすれば、またあらぬ噂が立つではないですか。セリーヌ、お兄ちゃんがちゃんと連れて行くから、少しだけ我慢して」
「王都に来て、ずっと我慢しているのを少しとは言わない!」
俺の癇癪に兄とオクモンド様が必死で宥めようとしたが、俺はウッキーっと叫び続けた。
だが、どんなに暴れても二人は首を縦に振らないので、俺は最後の手段とばかりに奥の手を口にする。
「断固拒否! そんなことすれば、お兄様なんて嫌いになります!」
よほどの衝撃を受けたのか兄は大きく目を開き、暫くこの世の終わりのような顔をしていた。
その後、突然キッと眉を吊り上げた。
「構わないよ。それでセリーヌが守れるのなら。外出禁止は決定事項だ。我儘は許さない。これは王都の屋敷を預かる私からの命令だ」
「お兄様⁉」
兄は俺を膝から降ろすとそのまま腰を上げ、颯爽と部屋から出て行った。
オクモンド様は「すまないな」と手を上げて兄の後を追い、アーサーはお茶を優雅に飲んでいた。
ん?
兄の言葉に呆然としながらも、思わずその場の空気にそぐわないアーサーを見ていると、何故か戻って来たオクモンド様にアーサーが回収された。
んんんんん~?!?
何が何だかよくわからないうちに、俺の行動は制限されたのだった。
全くもって信じられない。
どうして数人の令嬢に睨まれているからといって、俺の行動が制限されないといけないんだ?
次兄は俺が、長兄に剣を習っていることを知らない。
鳩尾にグーパン入れられているのに、俺をか弱いお姫様だと思っている。
盲目的にそう思い込んでいる姿に、何度も本当のことを言おうとしたが、何故か長兄に止められた。
王都で一人頑張っている次兄に、夢を見させてやれと言って。
意味がわからなかったが、次兄とは年に数回ほどしか顔を合わせない。
秘密だというのなら、別にそれでも構わないかと思っていた。
だが今は、それを猛烈に後悔している。
長兄の言うことなど聞かずに、俺は強いんだと話しておけばよかった。
そうすれば、こんな軟禁まがいなことはされなかったかもしれない。
俺はパフッと寝台に寝転がった。
昨夜、次兄は遅くに帰って来て顔を合わせていない。
今朝も早くに登城した。
まさか俺から逃げているのかと疑ったが、どうやら本当に忙しいらしい。
朝食後、俺はふて寝した。
アクネやゲーテは本当に寝ていると思っているらしく、俺の部屋の周囲は使用人が近付くこともなく、とても静かだ。
暫くは誰も部屋には近寄らないだろう。
もう少ししたら、剣の稽古を始めよう。
体を動かせば、少しは気も紛れるかもしれない。
家具を傷付けたら、庭でさえ体を動かすことを禁止している兄が悪いのだ。
俺は溜息を吐いてからゴロリと寝返りを打った。
そうして、またしても視界に黒が広がった。
「アーサー?」
「おはよう。あれ、もう寝るの?」
キョトンと首を傾げる絶世の美男は、俺が部屋着用に来ているワンピース姿で寝台に横になっているのが不思議なようだ。
俺は昨日、何も言わずに茶をすすっていた彼に、寝台から起きることもなく半眼を向けた。
「……お陰様で、外出禁止令をいただきましたので寝るくらいしかやることがないんですよ」
「じゃあ、僕と出かけよう」
「え?」
アーサーはごく普通に、外出に誘ってきた。
出かけるって、外にだよな?
人がいる所に行くってことだよな?
俺は嬉しくて顔が緩みそうになったが、いや待てとアーサーを見上げる。
昨日、兄から外出禁止令を言い渡されたの、お前も知っているよな。
一部始終を聞いていたくせに知らん顔で助けてもくれなかった奴が、何を言っているんだ?
揶揄っているのか?
俺はムカムカしてきて寝台に横になったまま、プイッとアーサーに背を向けた。
「あいにく私は、外には出られません」
「大丈夫。僕が連れて行くからバレない」
「え?」
くるっとアーサーに向き直る。
バレないって、どういうことだ?
「……もしかして、魔法で連れ出してくれるということですか?」
「うん」
俺はその言葉を聞いて、パア~っと顔を輝かせる。
この部屋には当分、使用人は近付かない。
魔法で連れて行ってくれるのなら、誰にも外出したことはバレないだろう。
俺はガバッと身を起こす。
だが、アーサーの顔を見た途端、ハッとした。
この男と一緒に連れ立って歩いては、すぐに注目を集めるだろう。
これほどの美貌を、誰も気にしないなんてことあるはずがない。
俺は諦めの溜息を吐いた。
「ありがとうございます。けれど街でうろついているところを、もしも兄に知られたらアーサーまで怒られてしまいますよ。貴方と一緒だと目立ちますし」
「大丈夫。認識阻害の魔法をかけるから」
「え?」
ドキッとした。
認識阻害の魔法はあの子の最も得意とする魔法。
とても特殊な魔法で、あの子の他にその魔法を理解し、扱える者がいるなんて思わなかった。
この十五年でそれほど魔法は進化しているのかと驚いてしまう。
「納得できたなら、行こうか」
そう言ってアーサーは、未だに寝台に座り込んでいる俺に向かって手を差し伸べてきた。
俺はジッとその手を見る。
「本当に、良いのですか?」
オズオズとそう訊ねると、アーサーはとても嬉しそうに微笑んだ。
「もちろん。はい、手を握って」
俺はその手に自分の手を重ねる。
白くて細長いその手は、思ったよりも大きかった。
俺の手をすっぽりと覆うとアーサーは呪文を唱え、あっという間に街の外れの目立たない場所へと転移した。
以前、魔法塔に行った時も転移魔法で連れて行ってもらった俺は、これで二度目である。
魔法の使えない俺が、何度もこの感覚を味わえるなんて贅沢だよなぁと、内心ホクホクしてしまう。
「行こうか」
アーサーにその手を引っ張られ、俺は前へと進みだす。
「あの、一応私から見たアーサーは何も変わっていないのですが、他の人からは私たちの姿は曖昧になっているんですよね?」
「うん、そう。だから思う存分、街を堪能していいよ」
アーサーの言葉に前を向いた俺は、一気に喧騒の中へと足を踏み入れた。
賑わう人々の中を、アーサーは上手に避けながら俺を誘導してくれる。
道の両脇に軒を連ねる店はどこも賑わっていて、商売繁盛していることがわかる。
おっさんの頃よりも確実に増えている店に、顔が緩む。
これは何よりも平和な証拠だ。
人が集まる場所に、苦痛に顔を歪める者はいなかった。
皆が楽しそうに、それぞれの時間を過ごしている。
俺はアーサーの手を握りながら、自然と満面の笑みになっていた。
「何か欲しい物はない? 行きたい場所は?」
「そうだなぁ。あ、あれが飲みたい」
俺は果汁を絞ったジュースの店を指差す。
「おいで」
アーサーは俺の手を引くと、店の前に立つ。
色々な果物を絞ったジュースに、ゴクリと喉が鳴る。
「僕はこの柑橘系のジュースが好き。セリーヌは、木苺のジュースだよね」
よくわかったなと、俺は目を丸くする。
アーサーは俺がコクリと頷くのを見ると、店のおじさんに注文してサッとお金を払って俺に木苺のジュースを渡してきた。
「あ、お金……」
そういえば、俺は寝台でゴロゴロしていた所を、アーサーに連れて来られたのだ。
当然、お金など持ち合わせてはいない。
どうしようと焦っていると、アーサーが「あっちに行こう」と近くの広場に連れて行ってくれた。
空いているベンチを見つけて、二人して腰掛ける。
美味しそうなジュースを飲むアーサーに、俺はペコリと頭を下げる。
「ごめん、お金払ってくれて。今持ち合わせがないから、屋敷に戻ったら払うよ」
「デートでしょう。僕が払うのは当たり前。気にしないで」
「え?」




