ありえない嫉妬
お互いに気に入らないはずの令嬢たちが手を組んでまで俺を敵視しているのは、目の前にいる美貌の持ち主たちが、それぞれ関係しているのだと俺は気が付いた。
彼女らは誰が誰にとはわからないが、彼らに思いを寄せているのだろう。
一番はこの国の第一王子でもあるオクモンド様だろうが、地位と美貌を兼ね備えた兄とアーサーも負けてはいない。
下手をすれば三人のうち一人でも釣れれば儲けもの、と思っている令嬢もいるかもしれない。
だが、俺たちからすれば何をおかしな勘違いをしているのだと言いたい。
普通に考えれば、兄が妹である俺を可愛がるのはおかしなことではない。
それが少々度を超えていたとしても、兄妹愛の範囲である。
オクモンド様は俺が虐められていた現場を直接見たのだから、王子として気にするのは当然だ。
多少の接触も、事故の範疇。
アーサーは王子の命で俺を治療した訳だし、異常に距離感が近かったのは俺の気配が気になっていたから。
まあ、これに関しては俺も話を聞いて納得したが、知らぬ者からしたら色恋沙汰と捉えられても仕方がないのかもしれない。
現にアーサーは現在俺に求婚している状態だから、彼への嫉妬だけは受け入れるしかないかもな。
ううう~、めちゃくちゃ不本意だけど。
けれど、それ以外はどうしても納得できない。
嫉妬される覚えなど全くないのに、勝手に勘違いして俺を害そうなどとは理不尽にもほどがある。
俺が憤慨しながら顔を上げると、まだ意味がわからないという顔をした兄とオクモンド様に、俺は半眼になる。
仕方がないから今の考えを説明した。
すると、二人は呆気にとられた。
「あの場にいた者には後から箝口令を敷いたのだが、遅かったか。一応私が連れていたのは口の堅い者たちで統一していたが、侍女までは侍女頭に頼んだから監視が行き届かなかった。申し訳ない」
オクモンド様が謝罪したので、俺は慌てて手を横に振る。
「いえ、オクモンド様が謝ることでは。それに、これはあくまで私の推測でして間違っているかもしれませんよ」
「いや、十中八九間違いないよ。セリーヌは賢いね。でも、噂を広めるのは女の口とは言うけれど、城の侍女がそれでは困るね。特に第一王子の身辺で」
賢い、賢いと頭を撫でていた兄の手が止まった。
なんとなく嫌な気配を感じて、俺は思わず侍女を庇うような発言をする。
「その侍女たちも悪気があって話した訳ではないでしょう。体が冷え切った状態で温かいお茶を飲み、ホッとしたところで馴染みの料理人にでも心配されれば、ついポロッと零してしまうこともありますよ。それを悪意でもって噂として広めた者が悪いだけです」
「それが問題なんだよ。些細なことでも王子の身辺を外に漏らすことは許されない。それにあの部屋での出来事は、その後オクモンド様自ら、箝口令を敷かれたのだ。すでに話していたのなら、それを申し出ることも必要だった」
兄が途中から厳しい顔つきで考え始めた。
俺が想像していた以上に、問題行為だったらしい。
ただ無言で考え込んでいるだけなのに、正直いつもの兄からは考えられないほどの迫力だ。
これが第一王子の側近としての兄の姿なのだろう。
俺は兄の思考を邪魔しないように、黙り込んだ。
できれば膝から降りたいのだが、それは許してくれないようでギュッと腰を掴まれている。
ふと、オクモンド様とアーサーに視線を向ければ、オクモンド様も何かを考え込んでいるようだった。
アーサーだけは俺の視線に気が付いて、手をフリフリと振っている。
なんか、今のこの緊迫した状況にお前のその空気を読まない雰囲気は、逆にホッとするよ。
「城の者たちの教育をもっと徹底いたしましょう。それとその侍女たちには、侍女頭を通して軽い処罰を与えます」
「お兄様、それはやり過ぎです」
兄が側近モードでオクモンド様に話しているのを、思わず遮ってしまった。
やべっと気付くが、時すでに遅し。
だけどワインで汚れた俺を、彼女たちは嫌がる風もなく綺麗に磨いてくれた。
優しく楽し気に俺に似合う物をと試行錯誤して着飾ってくれた侍女たちに、俺に関わったことで罰が与えられるのは正直、辛かったのだ。
そんな俺の気持ちを察してくれた兄は、ニコリと微笑んだ。
「心配しなくてもいいよ。罰といっても軽いものだ。そうだな、例えば掃除とか片付けとか、別仕事を少し増やすだけだ。侍女頭と相談して決めるから無茶はしない」
その言葉に俺はホッとした。
流石は次兄。過度な大罰を与えるのではなく、ちゃんと理解させるために行う躾のようだ。
「申し訳ありません。余計な口出しをいたしました。お許しください」
俺がぺこりと頭を下げると、兄は慌てて頭を上げさせた。
「何を言ってるんだ⁉ むしろ私はセリーヌの優しさに感動したよ。やっぱり君は良い子だね。兄として誇らしいよ」
兄はギュウギュウに俺を抱きしめてくる。
く、苦しい。が、我慢だ。これは話を邪魔した俺への罰なのだ。
そろそろ窒息死するかも、といったところでアーサーの「もういいでしょう」という不満げな声で兄は手を緩めた。
助かったぁ~とゼハゼハと荒い呼吸を繰り返す。
そんな俺にオクモンド様は苦笑した後、真面目な顔で兄とアーサーに視線を送った。
「ルドルフ、使用人の件は君に任せるよ。あと、アーサー、君は噂があったのを知っていたのかい? それならば教えてほしかったのだが」
「噂は知らなかったよ。侍女の行動は一応あの時、セリーヌに関わった人間の監視を一定時間したから知っていただけ。それが噂になってセリーヌを虐めようとする女が現れるとは思わなかった」
アーサーが飄々と答えるのを、オクモンド様は驚いた表情で見ていた。
あの時、俺に関わった人間は多数に渡る。
全員を一定時間とはいえ、監視していたとは驚きだ。
そんなこともできるのか、魔法使いは? と思うものの何となくこんなことができるのはアーサーだけかもしれないとも思ってしまう。
人外は美貌だけではなかったのだ。
それにしてもそんな凄い魔法を使っておきながらも、噂になるとは思わなかっというのは、アーサーが人付き合いをしていないという証拠か?
もしかしたら、魑魅魍魎が渦巻く城には感化されていないということなのかもしれない。
どちらにしても人間は多かれ少なかれ無責任な噂話が大好きだし、悪意を持って広めることも平気でする。
そういった人間の本質を知らないのは、なんとも心配になってくる。
「……アーサーは、王族がちゃんと守ってくださっているのですよね?」
思わずオクモンド様に訊ねてしまう。
この人外の美しさと桁外れの魔法を使う男を、悪しき人間からちゃんと守っているのかと。
「ああ。魔法使いはアーサーに限らず全力で守っているつもりだ。ただ、アーサーはこんな感じだから、適当にあしらっていると思っていたのだが、なんか違うかも。アーサー、君は女性に言い寄られたらどうしていたんだ?」
オクモンド様が俺の問いに答えながらも、自分が考えていたこととは違うかもとアーサー自身に訊いた。
するとアーサーはキョトンとして、何を言っているのかと口を開く。
「男も女も言い寄られる前に近寄らせない。基本的には知り合いでなければ、見つかる前に姿を消す」
「「「……………………」」」
凄いな、この人。
なんか、もうね。ここまでくると、この魔法使いに人間の本質を話すのもどうかと思うんだ。
アーサーは唯一無二の魔法使いとして君臨してほしい、みたいな、ね。
俺が呆然としていると、オクモンド様がコホンと咳払いをされた。
「……君が噂を知らなかったのは、わかったよ。まあ、今更そんなことを言っても仕方がないしね。とにかく現実はどうあれ、令嬢たちは基本的に私たちの中の誰かに懸想して、その嫉妬をセリーヌに向けているとしか考えられない。それをどう躱していくか考えないとね」
「とりあえずは、このお茶会全て欠席いたします」
オクモンド様のこれからどうするかの課題を、兄がまずは目の前の誘いを拒否する形でまとめた。
元から断るつもりではいたが、侯爵令嬢のものまでいいのだろうか?
俺の視線に気が付いた兄は、ニッコリとそれはいい笑顔でこちらを見てきた。
「セリーヌは、デビュタントの前日まで病気で臥せっていることにするからね。可哀想だけど、それまでは外出禁止で」
「え~~~~~⁉」
まさかの外出禁止令が出た。
いや、もしかしたらそういうことになるかもと少しは懸念していたが、それにしてもせっかく王都にまでやって来たというのに、一歩も屋敷から出られないとは流石にムッとする。
ここ数日は仕方がないかと思っていたが、それも数日の出来事だろうと考えていたので我慢もできた。
だがそれがまだまだ続くとなると、流石にブチ切れる。
思わず不満の声が漏れるのは、仕方がないというものだ。